【第34話:仮面の徒、時を断つ】
その日、遠く離れた交易都市フェルメナは、一瞬で地獄と化した。
黒い霧と共に押し寄せる虚骸軍。
先行したのは幹部クラスを含む精鋭部隊で、街の守備兵は抵抗する間もなく倒されていく。冒険者たちでさえ、圧倒的な力の前に次々と崩れ落ちた。
「ハハハ!人間の街など紙細工だ!」
「無駄だ……絶望と共に沈め」
人々は逃げ惑い、祈り、泣き叫ぶ。
「だ、誰か……誰か助けてくれぇぇ!!」
◆ ◆ ◆
その時だった。
鐘楼の上に、黒衣の四つの影が静かに立った。
スッと夜風に揺れる白い仮面。無言のまま見下ろす異形の姿。
「なんだ……あいつらは……」
「仮面の徒……!ここに……!」
ざわめく群衆とは対照的に、四人の佇まいはあまりにも静かだった。
◆ ◆ ◆
最初に動いたのは、仮面の剣士シグラ。
「……一太刀」
淡々と呟いた次の瞬間。
幹部クラスの虚骸が踏み出そうとした時には――もう首が地に転がっていた。
誰も、その斬撃を「見て」いない。
「なっ……!?」
虚骸軍が動揺し、ざわつく。
◆ ◆ ◆
続いて前に出たのは、重力の仮面をまとう巨躯の男・ヴァルド。
彼が掌をゆっくりとかざす。
「沈め」
低く放たれた一言と共に、大地が悲鳴を上げた。
足場がひしゃげ、幹部クラスの巨体が地面ごと引きずり込まれる。
「ぐっ……な……動け……!」
まるで見えない重鎖に捕らわれたように、虚骸は完全に拘束されていた。
◆ ◆ ◆
続いて、笑顔の仮面を傾けるラヴィア。
「ふふ……踊りなさい」
甘い囁きが響くと同時に、虚骸兵たちの動きが止まる。
次の瞬間には、互いを斬りつけ合い、黒い霧と共に崩壊していった。
「や、やめ――やめろ!我らは同胞――ぎゃあああ!」
悲鳴すら哀れなほど虚ろに響いた。
◆ ◆ ◆
しかし、その三人をも凌ぐ威圧感を放つ影がひとつ。
仮面の頂点に立つ男――ゼイヴが、静かに前へ出る。
「時は……止まる」
その言葉と共に、世界が凍りついた。
人も、虚骸も、剣閃も、燃え上がる炎さえも。
全てが沈黙し、固まる。
動いているのは、仮面の徒だけ。
ゼイヴは静止した虚骸幹部の胸に、ゆっくりと指先を置いた。
「……ここまでだ」
指が離れた瞬間、世界が再び動き出し――
幹部の胸から黒い血が噴き出す。
「……な……にが……おこ……」
断末魔を残し、巨体は崩れ落ちた。
◆ ◆ ◆
圧倒的――。
それ以外に言葉はなかった。
呆然とした沈黙が街を包み、やがて歓声が爆発する。
「仮面の徒だ!あの人たちが救ってくれたんだ!」
「万歳!仮面の徒!!」
だが、ゼイヴは群衆に背を向け、冷たく告げる。
「歓喜は不要。秩序は守られるべきもの……それだけだ」
四つの影は夜霧へ溶けるように消え、後には静寂だけが残った。
◆ ◆ ◆
薄暗い遺跡。
仮面の徒が再び一堂に集う。
ゼイヴの仮面が、鋭くクルヴァを向いた。
「……本当に街を襲ったのか?」
クルヴァは舌打ちし、肩をすくめた。
「……ちょっと力を試してみたかっただけだよ。まあ、四十肩のおじさんに邪魔されたがな」
シグラが剣に手をかける。
「……勝手な侵攻は、我らの正義に反する」
刃が抜かれようとしたとき、ゼイヴが前に出た。
「クルヴァ。お前は――仮面の徒失格だ」
「う、うわぁぁぁぁ!!」
クルヴァは空間をねじ曲げ、ゼイヴを襲う。
他の仮面の徒が動こうとするが、ゼイヴが静かに制した。
「……そのままでいい」
「気に食わなかったんだよ、その余裕が!空間を歪められる俺に攻撃は通らねえ!死ねえぇ!」
クルヴァの全力が、ねじれた空間ごとゼイヴを叩き潰そうとする――が。
ゼイヴは一歩も動かず、するりと避けていた。
「な、なんで……!?空間は俺のものだぞ、なぜ……避けられる……!」
クルヴァの視界が――反転する。
「…………え」
次の瞬間。
ゼイヴの一太刀が、クルヴァの首を断っていた。
「時は空間をも包含する。……正義なき者は不要だ」
仮面が静かに伏せられる。
クルヴァの身体は、音もなく崩れ落ちていった。
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