【第31話:虚骸軍の再襲来】
聖なる泉での契約を終えた直後だった。
森を渡る風が、さっきまでの神聖な静けさを嘘のようにざわつかせる。湿り気のある空気が、皮膚に貼りつくように重くなった。
「……なぁ、これ絶対なんか来るやつだよな?」
ロイは自然と剣の柄に手をかけた。肩の上には、小さな龍――ラグナがちょこんと座り、ひげをふぁさっと揺らす。
「ふむ、来おったぞ。虚骸の匂いじゃ」
「匂うの!? お前そんな機能あったの!?」
「当然よ。神龍じゃからな」
(その割に見た目マスコット級なのが気になるんだが……)
エリスとルカもすぐに異変に気づいた。
エリスは杖を握りしめ、眉をひそめる。
「ロイさん……気配が強いです。来ます!」
「やっぱか……もうちょい余韻味わわせてくれよ……」
次の瞬間、森の奥から黒い霧がじわりとあふれ出し、地面を舐めるように広がる。
木々の隙間から、異形の影がぞろりと姿を現した。
虚骸兵――腐った皮膚に虚ろな眼窩、まるで魂の抜けた死者。
「おいおい……数多くねぇ!? こういうのは一匹ずつ順番待ちしてくれよ……!」
(こちとら四十肩なんだぞ! 数で攻めるのやめろ!)
◆ ◆ ◆
「ロイ! 私が囮になる!」
ルカが風を切って突っ込むが――
「ッ……! くそ、霧が厚い! 視界が……!」
虚骸たちは霧そのものと同調しているかのように、影がふっと消え、別のところから攻撃してくる厄介さ。
「奴らは人の動きを鈍らせる瘴気を放つ。正面から戦うのは分が悪いぞ」
ラグナが渋く忠告をする。
「じゃあどうしろってんだよ! こっちは肩痛いんだぞ!」
「痛いのは“楔の力”が目覚めておる証じゃと言ったじゃろう」
「いや、俺の四十肩と区別つかないのが問題なんだよ!」
エリスが祈りの言葉を紡ぎ始めた。温かな光が三人を包む。
「癒しの加護を! これで傷はすぐ治せます!」
「助かる……! よし、やるか!」
ロイは剣を抜き、虚骸の群れへ走り出した。
◆ ◆ ◆
斬っても斬っても、黒い霧が形を維持して再生する。
ロイは舌打ちしながら剣を振り上げ――
「いってぇぇぇぇッ!?」
肩に電撃のような痛みが走り、思わず変な声が出た。
(おい、今!? なんでよりによって今!?)
「ロイ! その痛みじゃ!」
ラグナの小さな声が、妙にデカく響く。
「痛みこそ、楔の力! 我を呼べ!」
「呼ぶってどうやんだよ!?」
「さっきみたいに魂で――」
「魂の操作マニュアルなんかねぇよ!!」
だがもう考えている暇はない。
ロイは痛みを押し殺し、肩に意識を集中させた。
「うおおおおおッ!! もう勢いだぁぁぁ!」
肩の紋様が一気に輝き――ラグナの身体が爆発したように巨大化する。
「グオオオオオオオッ!!!」
天地を揺るがす咆哮。
黄金の龍が翼を広げた瞬間、衝撃波が虚骸の霧を一掃した。
虚骸たちは悲鳴もあげず霧散する。
森に穴が開いたかのように視界が開けた。
「すげぇ……規模が桁違いだろ……」
ルカは口を開けたまま固まり、エリスは震える手を胸に当てていた。
「ロイさん……本当に……」
(いや、俺もビビってるからな!?)
◆ ◆ ◆
だが安堵したのも束の間。
残された黒霧がゆらりと揺れ、大柄な影が姿を現した。
黒い甲冑をまとい、巨大な大剣を引きずる虚骸の幹部――ギース。
「……神龍との契約。どうやら噂は本当だったようだな」
「ったく、お前か……また来たのかよ」
「また、とは失礼だな。貴様を“回収”しに来ただけだ」
(いやな言い方すんなよ! 俺は粗大ゴミか!?)
ギースはひと振り大剣を振る。
衝撃波が地面を裂き、木々を弾き飛ばしながらロイに迫る。
「……ッ!」
ロイは咄嗟にラグナの加護を呼び、黄金の障壁を作り出した。
衝撃波がぶつかり、激しい光が弾ける。
「ほう、受けたか。だが未熟だ」
ギースは霧に溶けるように姿を消した。
「待てッ……!」
ロイが追いかけようとするも、霧はすでに森の奥へと消え去っていた。
◆ ◆ ◆
静寂が戻ると、ロイはその場にへたり込みそうになりながら深く息を吐いた。
「……なんとか、生きたな……」
ラグナは小さい姿に戻り、ロイの肩にぽすっと着地した。
「ふぉっふぉ。だが今のが序章に過ぎんぞ、ロイ」
「……お前、もうちょい安心させてくれてもいいんだぞ?」
ラグナは楽しそうにひげを撫でる。
「お主はもう、ただの四十肩のおっさんではない。世界が動き始めておる」
「いや、四十肩は普通に残ってるんだけど!?」
ルカは呆れたように笑い、エリスは顔を赤らめながらロイを支えた。
(……ロイさん。あなたはやっぱり……特別な人です)
こうしてロイは、世界の闇にさらに深く踏み込むことになる。
四十肩を抱えたまま――神龍とともに。
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