【第30話:聖なる泉と神龍】
西の町での激戦から一夜。
崩れた家屋の影で焚き火を囲み、三人は疲れた身体を休めていた。
「……にしてもさ」
ロイは肩をぐるぐる回す。
――ギギギ……
「イッッッてぇ! なんだよ昨日のアレ、絶対おかしいだろ……。ただ四十肩こじらせただけで衝撃波とか……おっさんの扱い雑すぎんだろ」
自虐気味に言うロイとは対照的に、エリスは真剣そのものだった。
火の揺らめきに照らされた横顔は、いつもより大人びて見える。
「ロイさん……その力は、偶然なんかじゃありません」
「いやいや、あれは偶然だろ。俺だぞ? 肩痛いおっさんだぞ?」
「いえ。聖女としての感覚が……“何かが覚醒している”と告げています」
ロイは思わずまばたきした。
エリスの瞳には、不安と決意が宿っていた。
「……エリスがそこまで言うなら、聞くよ。何をすればいい?」
「近くに“聖なる泉”があります。古くから神秘が宿ると伝えられています。そこでなら……ロイさんの力の正体が分かるかもしれません」
ルカが焚き火に枝を放り込み、ぱちぱちと火の粉が跳ねた。
「調べねぇと始まらねぇよな。虚骸軍が狙ってるんなら、なおさらだ」
「……狙われてる実感はめちゃくちゃあるんだよなあ……」
(できれば美味い飯食って、温泉入って、肩揉まれて……くらいの生活を望んでるんだが)
こうして翌朝、三人は森の奥へと向かった。
◆ ◆ ◆
木々を抜けた先に――
世界から切り離されたような静寂の泉が広がっていた。
空と大地の境界が曖昧になるほど澄んだ水面。
小鳥の声すら遠く、時が止まったかのような神聖さが漂っている。
「……すっげぇ……」
ロイは思わず片手で帽子を上げた。(※帽子は被ってない)
エリスは泉の前で膝をつき、静かに祈りを捧げる。
「どうか……ロイさんに道を示してください」
その瞬間――
泉の底から光が爆発したように湧き上がり、水柱が立ち昇る。
「うわっ!? な、なに!?」
ルカが翼を広げて身構える。
水柱の中から、ひょこっと小さな影が飛び出した。
「ふぉっふぉっふぉぉ〜〜〜い!」
――掌サイズの小さな龍だった。
「ちっさ!!」
「かわいいっ!!」
「いや俺はもっとこう……画面いっぱいのドラゴンを期待してたんだけど!?」
金色の鱗。もふっとしたひげ。
見た目はマスコット。声だけは長老。
「拙者は神龍ラグナ! 本気を出せば天も地も割る大龍よ! 普段はこれで燃費節約じゃ!」
「燃費って言っちゃうの!?」
「この姿、戦には向かぬが散歩には最高じゃ!」
「ドラゴンの生活スタイル、意外と庶民的だな!」
ルカは笑い転げ、エリスは星のように目を輝かせていた。
◆ ◆ ◆
ラグナはちょこんとロイの肩に乗る。
「痛っ……おい、肩に乗るな! 今デリケートなんだよ!」
「知っておるとも。その肩には“楔の力”が封じられておるからな」
「……楔?」
「お主は選ばれし者ではない。だが“在り方”がその力を呼び覚ましたのじゃ」
エリスが息を呑む。
「やはり……ロイさんは運命に導かれて……」
(ロイさん……私が導かなくては……!)
「虚骸どもはその力を狙っておる。つまり、お主は“鍵”そのものよ」
「鍵……俺が……?」ロイは目をそらした。「いや、もっとこう……ビジュアル的に主人公っぽい誰かがいるだろ?」
「お主でなければならぬのじゃ」
ラグナは断言した。
その言葉に、ロイは笑いながらも、ほんの少し胸が重くなる。
「……で? 俺はどうすりゃいいんだ」
「拙者と契約せい。力を分け与え、お主の楔を制御しよう」
「契約って……本当に俺で大丈夫なのか?」
「大丈夫でなくともやるのじゃ!」
「理屈がひでぇ!」
ルカが肩を叩く。
「まぁ、ロイ。どうせ狙われてんだ。力持ってた方が生存率上がるだろ?」
「……はあ……確かにそうだな」
◆ ◆ ◆
エリスの祈りとともに、泉が光り輝き始める。
ロイの肩に淡い紋様が浮かび上がった。
熱が走る。
痛みが――少しだけ軽くなる。
「これが……契約……?」
「うむ! 今より我はお主の眷属! 存分に使うがよい!」
「いや、使うっていうか……肩に乗るな! 重い!」
「重いとは失敬な! 拙者は軽量化しとる方じゃぞ!」
「龍の軽量化って何だよ!」
ルカは腹を抱え、エリスは嬉しそうに微笑む。
(ロイさん……どんどん遠くへ行っちゃう……
でも、そばにいられるのなら……それでいい……)
ロイは肩を押さえつつも、どこか吹っ切れたように立ち上がった。
「……よし。行くしかねぇな。
神龍ラグナ、頼りにしてるぜ」
「任せるがよい、小僧よ!」
「だから小僧じゃねえって!」
こうして、ロイの肩の痛みは新たな意味を持った。
世界の命運は、ますます四十肩のおっさんを中心に回り始める――。
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