【第101話:止まった夜の約束】
夜の森は静かだった。
焚き火の火が小さく揺れ、ルナはすでに眠り、
ミレイナは星を見上げて祈りの言葉を口にしていた。
その少し離れた木陰で、ロイはひとり、肩をさすっていた。
「……あの時も、こんな夜だったな」
誰にともなく呟く。
その声に気づいたのは、眠るはずのクランだった。
「ねぇ、起きてるでしょ」
「お、おう……肩がうずいてな」
「もう。ほんとに四十肩なの、それ」
そう言いながら、クランは隣に腰を下ろした。
沈黙。
焚き火の音だけが二人の間に落ちていく。
「……クラン。俺に、“消えた三年”があるらしい」
「リゼリアの言ってたこと、信じてるの?」
「わかんねぇ。でも、妙にリアルなんだ。
夢の中で、誰かの声がする。
“止めて。あなたはもう充分に戦った”って」
クランは小さく息を呑んだ。
ロイは焚き火を見つめながら続ける。
「多分……俺は、誰かを守ろうとして“時”を止めた。
でもその代償で、何かを……失ったんだと思う」
「失ったって……命、じゃないよね」
「いや。もっと、深いものだ。
記憶も、絆も、全部……時間の外に置いてきたような感覚だ」
風が吹く。
火の粉が二人の間を漂い、夜空に消えた。
「……その“誰か”って、女の人?」
クランの声は、少し震えていた。
ロイは苦笑し、肩をすくめた。
「たぶん、そうだな」
「ふーん……」
「……いや、違うかもしれん。
その声、泣いてたんだ。俺の名前を呼びながら。
それだけは、はっきり覚えてる」
しばらく沈黙。
やがて、クランがぽつりと呟いた。
「ロイ……あんた、泣いてる」
ロイは無意識のうちに目元を拭った。
指先が濡れていた。
「……覚えてないはずなのにな。
なんで、こんなに苦しいんだろうな」
「それは、覚えてるんじゃない? 心で」
クランは微笑んだ。
少しだけ、照れたような笑み。
ロイは視線を落とし、ぽつりと呟く。
「ありがとな、クラン」
「な、何よ。急に」
「お前がそばにいると、ちょっと楽になるんだ」
「バ、バカ……そんなこと言うから、余計気になるじゃない」
ロイが笑った。
その笑顔は、どこか悲しげで、どこか救いのようでもあった。
――その時。
遠くの夜空に、光の線が走った。
まるで流星のように。
ミレイナが気づき、静かに祈りを捧げる。
「……願いを、込めましょう」
ロイは目を閉じた。
(もう一度、あの“声”に会えるなら――)
その願いは、星に溶けていった。
そして森の奥で、リゼリアがそっと呟く。
「貴方の“時”は、まだ終わっていない。
でも……また止めたら、今度は貴方が消える」
風が鳴る。
彼女の頬にも、ひとすじの涙が流れた。
それは過去への涙なのか、未来への祈りなのか。
夜が明ける。
ロイは誰にも気づかれぬまま、ひとりで夜明けを見上げていた。
肩の痛みとともに、
止まった時間の奥で、確かに“誰か”の声が、もう一度囁いた。
「ロイ……約束、守ってね」
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