【第98話:未来からの影──時が暴れる夜】
夜の王都に、不穏な風が吹いていた。
街外れの塔の上。ロイは、月明かりに照らされた空をぼんやりと見上げていた。
「……なんか最近、体の調子が変だ」
肩の痛みが、妙に軽い。だが、その代わりに心臓の鼓動が時々ズレるように感じる。
「……おい、ロイ!」
クランが駆け寄ってくる。
「どうしたの? また肩が悪化?」
「いや、なんか……時間が、変な感じで止まったり動いたりするんだよ」
「……は?」
ルナも現れ、腕を組んで睨むように言った。
「もしかして、力の制御ができてないんじゃないの?」
「ちょ、待て! 俺そんな力、使ってねぇぞ!」
「でも、昨日の井戸の水、空中で止まってたけど?」
「えっ!? あれ俺のせい!?」
わちゃわちゃと慌てるロイたちの頭上で、風がざわめいた。
紫の光が塔を包み、空間がねじれる。
「来たか……」
ルナが呟く。
黒衣の女が、月を背にして姿を現した。
「やはり……“時の振動”が始まったわね」
「お前……また何をしに来た!」
クランが剣を構える。
女は静かに微笑んだ。
「今日は話に来たのよ。私は未来から来たの。この世界が滅びた“後”の時代から」
「なに……!?」
ロイの喉が鳴る。
女はゆっくりとロイを見据えた。
「貴方こそが、“時間を超える者”――私たちが探していた存在よ」
その瞬間、ロイの肩が激しく痛んだ。
「ぐっ……!?」
世界が震え、空気が歪む。
ミレイナが叫ぶ。
「ロイ殿、だめです! 力が暴走している!」
時の流れが、ぐにゃりとねじれる。
剣が止まり、風が止まり、すべてが静止した世界の中で――ロイだけが動いていた。
「……え、これ……本当に止まってる?」
目の前の火花すら、空中で止まっている。
「うわぁ、すげぇ……いや、すげぇじゃねぇ! どうすんだこれ!?」
そこへ、微かに声が届いた。
「……ロイ!」
止まったはずの世界で、ルナの瞳が震えていた。
彼女だけが、かろうじて時の中で揺らいでいる。
「早く……戻しなさい……! このままだと、貴方が“時間に喰われる”!」
「戻すってどうやって!?」
「……感じて! みんなの声を!」
ロイは深呼吸し、クラン、ルナ、ミレイナ――三人の顔を思い浮かべた。
あの笑顔、怒った顔、照れた顔。
それを思い出すうちに、ゆっくりと世界の色が戻っていく。
そして――“時間”が流れ出した。
「はぁ……っ!」
一瞬の閃光とともに、塔の空間が元に戻る。
ロイはその場に崩れ落ち、肩で息をする。
黒衣の女が伝える。
「時の遺跡を訪ねなさい……」
そう言い残し、去っていった。
クランが駆け寄り、叫んだ。
「バカおじさん! 何やってんのよ!」
「わ、悪い……なんか、勝手に……」
ルナは眉をひそめ、しかし微笑んだ。
「ふん、やっぱり制御できてない。でも……守ってくれたのね」
ミレイナは膝をつき、そっとロイの手を握る。
「……やはり貴方は、時に選ばれた人。
でも私は、貴方を“人”として守りたい」
その言葉に、クランが顔を真っ赤にする。
「ちょ、王女様! ズルいですよ!」
「事実を述べただけですわ」
「おじさんは私が守るの!」
「はぁ? あなたにできるの?」
「うるさい!」
二人が火花を散らす中、ルナがため息をついた。
「まったく、女の戦いも時間を止めてくれないかしら」
ロイはそんな三人を見ながら、ぽつりと呟く。
「……俺、ほんと、何者なんだろうな」
肩の痛みが、少しだけ和らいでいた。
その夜。
黒衣の女は、塔の残骸の中で薄く笑う。
「“時の檻”が壊れ始めた……運命は動き出したわね、ロイ」
月が沈み、夜明けが近づく。
四十肩おじさんの冒険は、まだ誰も知らない“未来”へと向かっていくのだった。




