【第1話:四十肩おじさん、転生しても肩だけは裏切らない】
四十二歳。
俺はごく普通のサラリーマン。いや、最近は“肩の可動域が終わった男”と言った方が早いかもしれない。
朝、シャツを着るだけで肩が悲鳴を上げる。
吊革が持てないせいで、通勤電車では毎朝、知らない女子高生にチラチラ見られる。
上司に怒鳴られ、部下にため息をつかれ、帰るころには肩に湿布を十枚くらい貼りたい気分だ。
「……もうやだ。肩さえ治れば俺はもっと優しく生きられたのに」
そんな独り言を漏らしながら夜道を歩いていた、その瞬間だった。
――キィィィッ!!
耳をつんざくブレーキ音。
視界に、異様に眩しいライト。
「あっ……これ……テンプレのやつ……?」
トラックのヘッドライトが迫る。
避けたくても肩が痛くて体が捻れない。
「四十肩のせいで……死ぬのか俺……!」
最後に浮かんだ願いはひとつだった。
「せめて……肩が上がる世界に……」
――次の瞬間、目を開けるとそこは森の中だった。
***
全身を草の匂いが包む。
鳥のさえずり、そよ風。
どう見ても異世界ファンタジーの景色だった。
「いやいやいや……夢? いや、チュニック着てる時点でアウトだろこれ!」
スーツじゃない。見たことのある冒険者風の服だ。
慌てて体を動かすと――。
足が軽い。
胃も軽い。
呼吸も軽い。
腹も……少しへこんでる!?
なんなら髪のボリュームも増えてないか?
「若返ってる……!? 異世界って最高じゃん!!」
希望に満ちた俺は、試しに右腕を上げる。
「せーのっ……ぬぉおおおお!?!?」
――痛い。めちゃくちゃ痛い。
「あがらねぇ!!! なんで肩だけ現代クオリティなんだよ!!」
異世界に来ても四十肩だけは付きまとってきたらしい。
俺は青空に向かって叫んだ。
「ファンタジーって肩治らねぇの!?」
そんな情けない声が森にこだました次の瞬間。
――ガサガサガサッ!
茂みが揺れ、巨大な影が飛び出す。
牙をむいた巨大ウサギ。目が完全に殺しにきてる。
「うわやべぇッ!? 嘘だろ!? 初手ウサギで死ぬの!?」
肩が上がらない。武器もない。逃げ足も自信ない。
「死んだ……俺、転生特典なしで死んだ……!」
そう悟った瞬間。
「――《フレイム・ランス》!」
轟音。赤い光の槍。
巨大ウサギが一瞬で炭化した。
煙の向こうから現れたのは――。
「間に合ったわね。怪我はない?」
長い金髪に紫の瞳、スラっとした体型の美少女。
杖を構えた“明らかに高レベルの魔法使い”。
その後ろからは銀髪の女騎士が歩み出る。
鎧姿がやけに似合う、無口そうでクール美人。
「……弱そう。風が吹いたら倒れそうだ」
さらに、一回転しながら着地する小柄な獣人少年。
「でもさ! 面白そうな匂いするよこの人! 仲間にしようぜ!」
いや、なんでだよ。
こっちは四十肩で右腕が90度どころか45度も上がらないおじさんだぞ。
「ちょっ……ちょっと待って! 俺ほんとに役に立たねぇから!!」
「大丈夫よ。弱い人を見ると放っておけない性質なの」
「守るべき対象があると、戦いやすい」
「うんうん。あと単純におもしろいし!」
強い。
全員、見たことないくらい強い。
そしてなぜか、そんな彼らに囲まれる俺。
「……マジで、俺を仲間にする気なの?」
「もちろん!」
「安心しろ。逃がさない」
「決まりだな!」
俺が否定する暇もなく、三者三様の理由でパーティ入りが決まった。
こうして――肩の上がらない最弱のおじさんの、異世界生活が幕を開けた。
このときの俺はまだ知らない。
この四十肩に“とんでもない秘密”があることを……。




