異世界漫才グランプリ
「はぁ……またケンカしてるよ……」
一階の怒声と金切り声を、ヘッドホンで塞ぐ。
高校1年生の佐藤花音は、ベッドに寝転がり、スマホで漫才動画を見ながらため息をついた。
父は歯科医師、母は公務員。経済的には恵まれているが、両親の仲は最悪だ。
毎晩のように繰り広げられる言い争いを耳にしながら、花音は笑いに逃げていた。M-1グランプリのアーカイブ、YouTubeのお笑いチャンネル、テレビのネタ番組―――彼女の頭の中は、漫才師たちのリズムとキレのあるツッコミでいっぱいだった。
「いつか私も……漫才やってみたいなぁ」
そんなことを呟いた瞬間、スマホの画面が突然真っ白になり、花音の視界がブラックアウトした。
※※※※※※
「え、なにこれ!? どこ!?」
目を開けると、そこは見知らぬ森だった。
花音はパニックになりながら周囲を見回した。木々の間から差し込む光、鳥のさえずり、そして遠くで聞こえる川のせせらぎ。まるでRPGゲームの世界だ。
彼女の制服はボロボロで、スマホもどこかに消えていた。
「助けてー! 誰かー!」
叫び声に応えるように、茂みから現れたのは、ボサボサの髪にボロ着をまとった若い男だった。ギターのような弦楽器を背負い、笑顔がやたらと眩しい。
「やあ、お嬢さん! こんな森でどうしたんだい? 迷子かな?」
「え、誰!? ていうか、ここどこ!?」
「俺はルカ、吟遊詩人さ! この世界、アルテシアの森だよ。君、異世界から来たんじゃない?」
「は!? 異世界!?」
ニコニコした男―――ルカの説明によれば、花音は次元の裂け目に吸い込まれ、地球とは異なる世界「アルテシア」に飛ばされたらしい。次元の裂け目からやってきた人は異邦人と呼ばれていて、たまにあることらしい。異邦人は縁起がいいからお世話をするんだとルカは言い、行く当てのない花音を自分のボロ小屋に連れて行ってくれた。
「とりあえず、うちで休みなよ! 腹減ってるだろ? スープならあるぜ!」
心優しい男ではあったが貧乏なようで、具がほとんどない薄っぺらい野菜スープだった。しかし心がこもった優しい味で、花音はルカの優しさに感謝した。
ルカの小屋は、貧乏という言葉を絵に描いたような場所だった。屋根には穴、家具はガタガタ、食料はスープの材料しかない。ルカは吟遊詩人として村々を回り、歌や物語で僅かな稼ぎを得ていたが、気前が良すぎてほとんど手元に残らないらしい。
「ルカさん、いつもこんな生活なの?」
「ハハハ! 金はないけど、自由と夢があるさ!」
そのポジティブさに、花音は半分呆れ、半分感心した。
「でもさ、ルカさんに恩返ししたいな。私、できることないかな?」
花音は考える。この異世界で自分が持っているものは何か。魔法? ない。戦闘スキル? ない。知識? 高校生レベルの勉強なんて役に立たない。
でも、ひとつだけあった。
「お笑い……漫才!」
花音の頭に閃いた。彼女は日本で何百もの漫才ネタを見てきた。M-1やTHE MANZAIの名作は、ほとんど暗記している。
「ルカさん! 漫才って知ってる?」
「まんざい? なんだい、それ?」
「二人で話して、笑いを取る芸だよ! これ、アルテシアでも絶対ウケるって!」
花音の熱弁に、ルカは目を輝かせた。
「面白そうじゃん! よし、やってみよう!」
こうして、花音とルカの異世界漫才コンビ「カノン&ルカ」が誕生した。
花音は早速、ルカに漫才の基本を教えた。ボケとツッコミの役割、テンポ、リズム、そして「オチ」の重要性。ルカは覚えが早く、持ち前の明るさでボケ役にピッタリだった。吟遊詩人だからか、演技させたら抜群にいい。そして花音はツッコミ担当。ネタを分かりやすくするために説明系ツッコミを目指す。
ふたりは日本の漫才を参考に、異世界風にアレンジしたネタを作り始めた。
「よし、ルカさん、こんな感じでやってみよう!」
花音が書いたネタは、M-1で見たランジャタイの「ダブル将棋ロボ」ネタをベースに、アルテシアの文化に合わせて改変したものだ。しゃべくり漫才のない世界のため、まずは動きも使って笑わせようと考えたのだ。猫はこの世界でもよくティムされる「ケット・シー」に、ロボットを「ゴーレム」に、将棋をこの世界の「チェス」に置き換え、異世界らしいユーモアを加えた。
「ルカさん、ボケは大げさに! ツッコミは私がバシッと決めるから!」
「了解! 任せなよ、カノン!」
二人は村の広場で初舞台を踏むことにした。村人たちは「吟遊詩人の新しい出し物」だと聞きつけ、興味津々で集まってきた。
「えー、みなさん、こんにちは! カノン&ルカでーす!」
花音の挨拶に、村人たちはポカン。ルカがすかさずボケる。
「カノン、俺、昨日すごい風吹いていたでしょ?家から一歩も出れないくらいに!こうやって……ブルブルブルブル!!!!」
「えっすごい風すぎる!? ケット・シー飛んできた!! なんで耳からケット・シー入るの?!」
花音の鋭いツッコミに、村人たちがクスクス笑い始めた。ルカがさらに畳み掛ける。
「頭の中のケット・シーが『右手を動かせ!』って言うからさ!」
「ケット・シーがルカ・ゴーレムを動かしてるんかよ! そんなもんあるかい!」
会場がドッと沸いた。異世界の村人たちは、こんな掛け合いに初めて触れたのだ。花音は内心ガッツポーズ。
「よし、ウケてる! この調子だ!」
初舞台は大成功。村人たちはコンドルコイン(アルテシアの通貨)を投げ入れてくれ、ルカの小屋にも少しだけ食料が増えた。
しかし、花音は満足していなかった。
「ルカさん、この村だけじゃなく、もっと大きな舞台で漫才やりたい!」
ルカが目を丸くする。
「大きな舞台? まさか…I-1グランプリ!?」
I-1グランプリ――それは、アルテシア全土の芸人たちが集まり、最高のエンターテイナーを決める大会だ。優勝賞金は1000万コンドルコイン。ルカの貧乏生活を一発逆転できる額だ。
「それ! それに出ようよ! ルカさんの生活も楽になるし、私も本気でお笑いやりたい!」
ルカは少し悩んだが、花音の熱意に押され、こ
う言った。
「よし、カノン! 俺たちでI-1優勝しようぜ!」
二人はI-1の予選に向けて猛特訓を開始した。花音は日本の漫才をさらにアレンジし、アルテシアの魔法やモンスターをネタに取り入れた。ルカは持ち前の演技力で、ボケをどんどん派手にしていった。
I-1グランプリの予選会場は、アルテシアの首都にある巨大なコロシアムだった。魔法で作られた光るステージ、観客席には貴族から平民までぎっしり。花音は緊張でガチガチだったが、ルカはいつもの笑顔で励ました。
「カノン、大丈夫! 俺たちの漫才、絶対ウケるって!」
予選のライバルたちは手強かった。火を吐くジャグラー、魔法で幻影を見せるストーリーテラー、歌で観客を魅了するバード。それに比べ、カノン&ルカの漫才は異質だった。
「次、カノン&ルカ、登場!」
二人がステージに立つと、観客がざわついた。
「なんだ、あのボロい服の二人?」
花音は深呼吸し、魔水晶(風魔法を付与した音が遠くまで聞こえる魔道具)に向かって叫んだ。
「みなさん、こんにちは! カノン&ルカでーす!」
「カノン、俺、昨日ゴブリンに借金返せって言われたんだけどさ、ゴブリンが持ってきた借用書が羊皮紙じゃなくてスライムの皮だったんだよ!」
「スライムの皮!? って、なんでよ! そんなヌルヌルした借用書、読めるか!」
観客が一瞬静まり、すぐに爆笑が巻き起こった。異世界の観客は、こんなテンポの速い掛け合いに慣れていない。だが、それが新鮮だった。
「でさ、カノン、ゴブリンが『利子はマジッククリスタルで払え』って言うんだよ!」
「マジッククリスタル!? ルカ、一体、どんだけ借りてるのよ!」
笑いが波のように広がり、審査員の魔法使いまで笑い転げていた。
予選を突破したカノン&ルカは、決勝戦へと進んだ。決勝の相手は、アルテシア最強の吟遊詩人コンビ「シルバーハープ」。彼らの歌と魔法の融合は、観客を魅了する圧倒的なパフォーマンスだった。
「ルカさん、正直、勝てるか不安……」
花音が弱音を吐くと、ルカは笑った。
「カノン、俺たちは笑いで勝つんだ。シルバーハープにはない、俺たちの武器があるだろ?」
その言葉に、花音はハッとした。自分たちの漫才は、魔法や派手な演出に頼らない。純粋な「笑い」で勝負する。それが彼女の信念だった。
決勝のステージ。シルバーハープが華麗なパフォーマンスで会場を沸かせた後、カノン&ルカの出番がやってきた。
「よし、ルカさん! 私たちの集大成、見せてやろう!」
二人は新ネタを披露した。タイムマシーン3号の「太る漫才」を参考に、魔法やダンジョン、モンスターを太らせるネタだ。
「お前、最近なんかすごい呪文を覚えたって聞いたんだけど」
「ああ、覚えた覚えた! 俺、すごい魔法を手に入れたんだよ。この異世界のありとあらゆるものを、一瞬で肥大化させる魔法!」
「意味わかんねーよ! 頭おかしくなったのか? ダンジョンで変なキノコ食っただろお前!」
「どんな言葉も、嫌味な貴族のように太らせてやるぞ!むしゃむしゃ!」
「むしゃむしゃ食べる動き……じゃあその手に持っていそうな、フォーク」
「オーク!! サシの入ったオークの赤身に衣つけてさっくり揚げたらジューシーでしょう??」
会場は爆笑の渦。貴族も平民も、魔法使いも戦士も、みんなが腹を抱えて笑った。シルバーハープの華やかさとは対照的な、泥臭くて人間味のある笑い。それがカノン&ルカの武器だった。
結果発表。
「I-1グランプリ、優勝は……カノン&ルカ!」
歓声がコロシアムを揺らした。花音は涙ぐみ、ルカと抱き合った。
「ルカさん、勝ったよ…! 私たちの漫才、届いたんだ!」
「ハハハ! カノン、最高の相方だぜ!」
賞金の1000万コンドルコインで、ルカの生活は一変した。ボロ小屋は立派な家になり、食卓にはスープ以外の料理が並んだ。
さらに酒場で行うルカたちのステージを観るために、多くの人が町にやってくるようになった。
今ではルカ&カノンの漫才を真似した吟遊詩人も増え、いつもの酒場はルミネや花月みたいになっていた。
そんななか、花音は気づいていた。自分はもう、この世界に長くはいられない。次元の揺らぎを感じ、身体が違う世界に引っ張られてい行く感覚。元の世界に戻る時期が近いことを察した。
「ルカさん、私……帰らなきゃいけないみたい」
手足がぶれて見える時間が増え、もうその時が来たことを悟る。
花音が言うと、ルカは少し寂しそうに笑った。
「カノン、俺に漫才を教えてくれてありがとう。君のおかげで、俺の人生変わったよ」
「ううん、ルカさんのおかげで、私も夢を追いかける勇気をもらったよ。帰ったら、私も本気で漫才師目指す!」
二人は最後に、ルカの自宅で漫才を披露した。観客は誰もいなかったが、笑い声は森中に響いた。
※※※※※※※※
花音が目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。いつもと同じように、スマホで漫才動画を見ながら寝落ちしていたみたいだった。作業用千鳥の漫才YouTubeで、大吾の岡山弁が鳴り響いていた。
「……夢、……だったのかな?」
そうつぶやきながら、ヘッドホンを取ろうとすると手のひらに金属の感触があった。
ハッとして手を開くと、ころりと小さなコンドルコインが転がり落ちる。
あれは、夢じゃ、なかった!
「―――ルカさん、ありがとう。私、絶対漫才師になるよ!」
花音は立ち上がり、ノートに新しいネタを書き始めた。将来の夢の道筋が見えてきたような気がする。
その目は、かつてないほど輝いていた。
※カクヨム版と少しだけ違う漫才にしてあります。
※今年の三連単まだ迷っています




