第7話 昭和の軍人と令和の女子高生 ~時を超えた邂逅~
次々と危機に見舞われる異世界での冒険。
狼に襲われた陽菜を救った元軍人の芦名は、彼女が現代日本からきた"時間を超えた存在"だと知る。
大切なものを失った男と、不安に包まれた少女——時代も価値観も違う二人の出会いが、この異世界にどんな物語を紡ぎ出すのか? 今回もお楽しみください!
俺は座り込んだまま放心状態の陽菜に近づいた。
彼女の表情には、まだ先ほどの狼との死闘の緊張感が残っていた。
俺自身、久しぶりの陸戦で体がやや強張っている。だが、こんな陽菜を不安にさせるわけにはいかない。
「やっぱりけがをしているのではないか?無理をする必要はないぞ?」
できるだけ穏やかな声で問いかけると、陽菜は肩をビクッと震わせた。
細い腕で自分自身を抱きしめるようにして、戸惑いがちに俺を見上げる。瞳には恐怖と安堵が交錯していた。
「は、はい、大丈夫です。えっと……」
陽菜は右足をそっと撫でながら、不思議そうに続けた。
「さっき狼に噛まれたんですけど、気づいたらもう傷がなくなってて……普通じゃ絶対ありえないですよね?」
俺は注意深く彼女の白い足を確認する。確かに、血の跡も傷跡も、服の損傷すらない。
「確かにおかしな話だな。突然この不思議な世界に放り込まれ、奇妙な獣に襲われ、傷まで瞬時に消える……」
俺は小さく息を吐いた。
「まるで夢の中の出来事のようだ」
先ほどの戦闘であのような獣と対峙したことで、この場所が自分の知る世界とは異なることを改めて実感していた。気持ちを落ち着けるため、深く息を吸い込む。
ふと顔を上げると、初めて見る植物のように、目の前の陽菜を観察したくなった。
彼女の茶色く染められた髪は、僅かに差し込む木漏れ日を受けて、柔らかな輝きを放っている。
透き通るような白い肌、そして恐怖に震えながらも何かを探ろうとする好奇心に満ちた瞳。
服装は……見た目はどこか学生服に似ているが、昭和初期に見慣れた女学生の服装とは明らかに違う。ブレザーにチェック柄のスカート。
それも、膝上の短い丈だ。胸元には小さなネクタイが結ばれ、都会的で洗練された印象を受ける。
(昨今の女性像とはかけ離れた風貌だな……いったい何者なんだ?)
「お嬢さんは日本人か?」
俺の問いかけに、彼女はまぶしそうに目を細め、少し頬を赤らめて答えた。
「はい、日本人です。本当に助けていただいて、ありがとうございました」
礼儀正しい言葉だが、その声には微かに震えが残っている。それでも俺をしっかりと見つめるその瞳には、不思議な強さが宿っていた。
「日本人という割には髪色が欧米人のようだし、もしかして混血なのか?」
思わず近づいて尋ねると、陽菜はムッとした表情を見せた。
「混血って……。私は純粋な日本人ですよ! 髪はオシャレで染めてるだけです」
彼女は額に落ちた髪を指で払いながら、少し不満げに言った。
「そうだったのか。綺麗な髪だから地毛かと思ったんだが……」
陽菜は意外そうな表情をした後、クスリと笑った。その表情が急に柔らかくなり、頬の赤みがさらに増す。
「きれいって……意外にお世辞が上手ですね」
彼女は髪をいじりながら少し照れて答える。
「でも、その軍人コスプレって、今どき全然流行ってないですよ」
呆れたような響きの言葉に、俺は微かに眉をひそめた。
言いながら、ふと彼女の使った言葉に引っかかる。
「『コスプレ』とは何だ?」
「『コスプレ』って仮装や変装みたいなことですよ? 自分の好きなキャラや職業の格好をして楽しむっていうか……」
俺は考え込むように顎に手をやり、小さく頷いた。
「なるほどな……。最近の若者言葉はよくわからんな。ちなみにこれは正式な帝国海軍の軍服だが、君はこれを見たことがないのか?」
彼女は俺の軍服をじっと見つめた後、首を横に振った。
「見たことないです。それに刀を持ってるなんて物騒ですよ。普通だったら警察に捕まります」
まるで当然のように言い、さらに続ける。
「それに日本の海軍って、ずいぶん前に解散しましたし」
その言葉を耳にした瞬間、全身を電流が走るような衝撃が走った。心の奥底にある確固たる常識が、目の前で砕け散るような感覚だ。思わず足が震える。
「帝国海軍が解散しただと? 一体どういうことだ……?」
声が自分のものとは思えないほど震えていた。陽菜は俺の様子に小さく息を呑み、言葉を選ぶように慎重に答える。
「本当に知らないんですか? 小学校で習いますよね?日本は戦争に負けて、軍隊も全部解散させられたって」
戦争に負けた?海軍が解散?
俺の頭は真っ白になった。
脳裏にはビスマルク海海戦で散っていった仲間たちの顔が次々と思い浮かぶ。
木村司令官の勇敢な姿、最期まで任務を全うした伊藤、村上、そして若かった中村……。厳しい戦況の中、互いに励まし合い、誇りをかけて戦ったあの姿が脳裏に焼き付いている。
いやいや、わが日本が、負けるはずがない。
今だって多少劣勢だが、最終的にはきっと日本海海戦の時のように、無敵の連合艦隊が敵艦隊に一大決戦を挑み、逆転勝利を飾ってくれるはずだ。
日清日露の役だって、清国やロシア帝国という大国相手に苦しめられたが、最後は必ず勝利したではないか。
この娘にはきっと妄言癖があるのだ。きっとそうだ。
でも、この陽菜を見ると、とても嘘を言っているようには見えない。なんなのだ、この違和感は。彼女はいったいどこでそんなことを吹き込まれたのか。
「日本が負ける?軍隊が解散?そんなわけないじゃないか。全く、冗談にしてはたちが悪い」
はははと俺は乾いた笑いをするが、陽菜は真剣なまなざしのままだった。
皆様、ご愛読ありがとうございます!
芦名と陽菜の出会いのシーン、じっくり描いてみました。
時代も価値観も違う二人が異世界で出会うことで生まれる微妙な緊張感と共感。
そして、芦名が敗戦を知るシーンは書いていて胸が痛くなりました。でも、この衝撃が彼の成長のきっかけになるはず……!
次回もご期待ください。コメント、評価、ブックマークしていただけると嬉しいです♪