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第6話 軍刀vs狼

皆様、いつもお読みいただき、ありがとうございます!

前回は、芦名と陽菜の出会いの場面でした。


今回はいよいよ二人の協力による初めての戦闘シーン!


海上ではなく陸上で戦う芦名の活躍をお楽しみください。

 残りの4匹の狼たちは、俺と少女に向かって今なお敵意をむき出しにしていた。

挿絵(By みてみん)

先ほどの一撃で一匹を斬り伏せたとはいえ、簡単に引き下がるほど甘くはないらしい。


血走った狼の瞳には警戒と殺気が宿り、奴らは俺たちをぐるりと取り囲むように陣形を変えていった。


「下っ端の1匹がやられたくらいでは退いてはくれないか……」


 俺は低く呟きながら、鋭い眼光で狼たちの動きを観察した。胸の奥に焦燥感を感じつつも、自分を奮い立たせるように握り締めた拳を軍刀の柄に戻す。


海軍軍人として数々の戦場をくぐり抜けてきた俺だが、こんな小競り合いで命を落とすわけにはいかない。


 狼たちの動きはただの野生動物のそれとは一線を画していた。


いや、まるで軍事訓練を受けたかのように、実に洗練された足取りで俺たちを完全包囲する態勢を取っている。


右に逃げても左に逃げても、どこかの狼が必ず噛みついてくるような計算された陣形だ。


「動くな。抵抗すれば一斉に狙われる」


 俺は少女に小声で指示を出した。彼女は黙ってこくりと頷く。


先ほどの一瞬の戦いで、俺の実力を理解したのだろう。


 それと同時に、自分が余計な行動をして俺の動きを乱すことへの危険性も感じ取ったようだ。賢い子だ。


 森の空気が一気に張り詰める。葉のこすれる音さえ耳障りなほどの静寂の中で、少女の速い心拍が聞こえる気がした。いや、もしかしたら俺自身の心臓の鼓動かもしれない。


 敵艦隊との遭遇直前にも、こんな緊張感を味わったものだ。


だが今回は何か違う。


ああ、そうか——この少女を守らねばならないという責任感が、胸を締め付けているのだ。


民間人を守るという使命感が、俺の背中を奮い立たせる。


 頭の中で戦術を組み立てながら、俺は狼たちの陣形を冷静に分析していく。


 (なるほど、これは追い込み猟の戦法に似ている。こいつらは野生動物でありながら知性を持っている。さっきの失敗から学んで、各個撃破されないように戦法を変えてきた。こんな狼、地球上にはいないはずだ……)


 敵が集団戦に移行するなら、こちらも頭を使うまでだ。狼などの知性に負けてはいけない。こちとら、栄光ある日本海軍の将校様だぞ。帝国海軍の底力、見せてくれるわ。


 (日本海海戦でもそうだったが、リーダーを見つけてそいつをやっつけるのが一番手っ取り早い。


どんな集団でも、指揮官を失えば統率が崩れる。訓練された軍隊ですら司令官を失えば士気が下がる。


心理的動揺が生まれれば、奴らも撤退するはずだ……)


 俺は目を細め、素早い動体視力で4匹の狼を観察した。駆逐艦の艦長として、敵艦の動きを瞬時に見極める訓練は十分に積んでいる。


 右から二番目にいる狼——こいつだ。他より一回り大きい体躯で、周囲の仲間の動向を常に目配せしている。鋭い爪が地面に半分めり込み、慎重に足場を確かめているその姿は、まさに指揮官のそれだ。


 (こいつがリーダーだな……)


 瞬時に判断し、俺は迷わず一歩を踏み出した。「先手必勝」——艦長時代に部下たちに言い聞かせていた言葉だ。


バタビア沖海戦でも、先制攻撃に出たことで勝利を掴んだ。時に最大の防御とは、鋭い攻撃にあるのだ。


 狼の群れは俺の不意の動きに一瞬遅れを取った。リーダー格の狼も咄嗟に身をひねって俺の軍刀の斬撃を避けたが、その隙に俺は間合いを詰め、逆襲の鋭い牙に備えて身構えた。


 同時に、残りの狼たちも一斉に動き出す。まるで電信で合図が送られたかのように、鋭い唸り声が重なって轟音となり、森の静寂を引き裂いた。



「危ない!!」


 俺が声を張り上げた瞬間、背後から少女の大きく息を吸い込む音が聞こえた。


次の瞬間、彼女の口から飛び出した言葉は、予想を遥かに超える驚きの叫びだった。



「おらおらーっ! あたしのほうがうめぇぞー! 高級黒毛和牛級のピチピチのJKじゃい!!」



 なにを言っているんだこの子は——そう思った瞬間、狼たちの動きが一瞬乱れた。まさかの展開だったのだろう。


獲物のはずの少女がこんな緊迫した状況で意味不明な挑発をするなど、奴らにとっても想定外だったに違いない。


 この隙を見逃すな! 俺の脳裏に兵学校時代の教官の声が響く。


「今だ!」


 俺は強く地を蹴った。リーダー狼の頭部めがけて迷いなく軍刀を振り上げる。


身体の重心を低く保ち、兵学校と実戦で鍛え上げた足腰の力を総動員して一気に斬り下ろす。


その動きに無駄は一切なく、刀の軌道は空気を割く鋭さで狙い通りの標的へと伸びていった。



「はああっ!」


 キィン! という鋭い金属音とともに、軍刀の切っ先が狼の骨を断ち切る感触が手に伝わってきた。


日本の鍛冶師が丹精込めて作り上げ、俺が毎日手入れしてきた軍刀は、この異世界でも真価を発揮していた。


刃は真っ二つに狼の頭蓋を切り裂き、まさしく一撃必殺の威力を示した。


 返り血が飛び散るのを覚悟したが——奇妙なことに、倒れた狼の身体からは黒いもやのような物質が立ち上り、死骸ごと闇へ溶けるように消滅していった。


一瞬前まで唸り声を上げていた狼が痕跡すら残さず消え、戦場に異様な静寂が訪れる。


「何だこれは……」


 リーダーを失った残りの狼たちは、キャンキャンと怯えた声を上げながら一目散に森の奥へと逃げ去った。


「ふぅ……」


 俺は胸に溜まった息を吐き出し、再び敵が襲ってこないか警戒しながら周囲を見回した。もう殺気は感じられない。冷たい森の空気だけが残り、戦いの痕跡がまるでなかったかのようだ。


 手に持つ軍刀を確認すると、刃こぼれこそあるものの、血液の一滴も付着していない。


通常なら獲物を仕留めた後は刀身に体液が付くものだが、黒い靄とともに死骸そのものが消失した。

まるでこの世界の生物は倒されると分解されるかのようだ。


「これが異世界の法則なのか……」


 俺は唇を引き結び、刀身を見つめた。光を反射する刀には、かすかに禍々しい気配が残っているような気がする。


日本近海から南方まで、戦場を転々としてきた俺だが、この場所が自分の知る地球とまったく違う別の世界であることを、今更ながら実感していた。


「そうか、本当に違う世界なのか……どうして俺が……」


 問いかけても答えは返ってこない。しかし今は生き延びることが最優先だ。そして、この少女を守らなければ。


「あっ、そうだ!女学生は!?」


 ふと我に返り、俺は背後を振り返った。


少女——よく見ると女学生のような服装をしている——は先ほどの緊張で力が抜けたのか、膝をついて地面に座り込んでいた。


肩が荒い呼吸とともに上下し、その瞳にはわずかに涙が光っている。肌は白く、見たところ日本人のようだ。


 俺は急いで少女に駆け寄り、彼女の顔を覗き込むように優しく声をかけた。


「大丈夫か? どこか怪我はないか?」


 真珠湾からビスマルク海まで、戦場では小さな傷でさえ命取りになる。死者も負傷者も数多く見てきた俺は、まず少女の身体に目立った外傷がないか確認した。


幸い、傷は見当たらない。これは不幸中の幸いだ。


「は、はい、だ、大丈夫です……ありがとうございます……」


 少女は震える声で言った。まだ緊張の残る表情で笑顔を作ろうとするが、その目からは安堵の涙がこぼれそうになっていた。


「それにしても、さっきの叫び声、とっさの機転だったな。おかげで勝機を掴めた」


「あ、あはは……なんか、とっさに思いついちゃって」


 少女は照れくさそうに頬を掻いた。戦場で突然の判断を的確に下せるとは、なかなか優秀だ。どこか若い士官候補生を思わせる。


 森の木々が風にそよぎ、葉の擦れ合う音が穏やかな旋律を奏でている。さっきまで死闘が繰り広げられていたとは思えないほど、静かで平和な時間が流れ始めていた。


「本当によかった。ありがとう、助かった」


 俺はそう言って微笑み、少女の肩に軽く手を置いた。肩の小ささに驚きながらも、自分自身への決意を心の中で新たにする——この少女を、そして自分自身をこの不条理な世界から必ず生還させるのだと。


 「俺は芦名定道だ。君は?」


 少女は涙を拭いながら、元気を取り戻したように答えた。


 「天音陽菜です! 助けてくれてあんがとなし!」


 俺はほっと胸をなでおろした。これからの旅路はまだ見えないが、少なくとも二人で歩めるという安心感があった。

挿絵(By みてみん)

いかがでしたでしょうか?


芦名の軍人としての経験が活きる戦闘シーンでした。


次回は、芦名と陽菜が互いについて知る時間になります。この二人はなぜ異世界に来たのか?


そして、どうやって元の世界に戻るのか? 謎は深まるばかりです。


次回もぜひご覧ください! 応援コメントやブックマークをいただけると励みになります。

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