第46話 起き上がり小法師に込めた絆 ~夜の市場で誓う想い~
スイリアは手のひらに収まるくらいの小さな包みを俺に渡した。
薄い和紙に包まれたその感触は、何だか優しくて温かい。
三人が一緒に選んでくれたものなんだな、と思うと胸の奥がじんわりと熱くなる。
包みを開けると、手のひらサイズの白と赤のにっこり笑っている達磨みたいな置物が出てきた。
「これは……?」
俺が首を傾げると、スイリアが優しく説明してくれた。
「これは起き上がり小法師と言って、この地方の民芸品です。どうやら陽菜さんの世界でも、この民芸品は存在するらしいのですが——」
その時、陽菜が横から口を挟む。
「そう! 会津では有名なお守りなんだよ! 私も子供の頃、おじいちゃんから一つもらったことがあるよ」
陽菜の懐かしそうな表情を見て、スイリアが続ける。
「何度倒しても起き上がることから、七転び八起きを掛けて、苦難に遭遇しても必ず立ち上がるように願掛けしているものです。芦名殿、どうか元の世界に戻れるまでは、あきらめずに頑張ってくださいね」
スイリアはそう言いながら、俺の手のひらの起き上がり小法師を人差し指で倒しては起き上がらせ、倒しては起き上がらせをしてみせた。
その優しい仕草に、思わず胸が締め付けられるような感覚になる。
俺も試しに、いろんな角度で転ばせてみるも、本当にすぐ起き上がる。まるで俺に「諦めるな」と言っているかのようだ。
「おお、これはすごいな。なかなか縁起がいい。海軍軍人ってのは、縁起を担ぐものでね。こういうのは大好きなんだ。どうもありがとう」
俺は心からの感謝を込めて三人を見回した。
「いいえ、気に入ってくれてよかったです」
スイリアの笑顔が、提灯の明かりに照らされて優しく輝く。
その時、ぐうぅ~と誰かのおなかが鳴った。
見回すと、スイリアが顔を真っ赤にしている。
「ぷっ……」
最初に吹き出したのは陽菜だった。
「はははは、スイリア、せっかく今、いい感じで終わったのに、締まらないでやんの~!!」
と陽菜が爆笑しながらからかった。
スイリアはむぅという顔をして、
「し、仕方ないじゃないですか! おなかがすいちゃったんですから! もう! からかわないでください!」
と陽菜をぽかぽかとやわらかく叩いて怒りだした。
(でも、その手加減された叩き方が何だか可愛いな……)
そんな二人の様子を見て、俺とミアは顔を見合わせてくすりと笑った。
「芦名様も笑っているじゃないですにゃ~」
ミアにまで言われて、俺は慌てて顔を引き締める。
「いや、別に笑ってなんか……」
「嘘つきにゃ~」
ミアのからかうような視線に、思わず苦笑してしまう。
(こういう何気ない日常が、実はとても貴重なものなのかもしれないな)
海軍時代は、こんな風に笑い合える仲間なんていなかった。上官は上官、部下は部下と、常に一線を引いていた。でも今は――
「じゃあ、祭りの時間も残り少ないから、何か食べ歩きをして腹を満たそう。ほら、行こうか」
俺がそう言うと、四人は自然と歩き出した。
夜の市場は昼間とは違った表情を見せている。提灯の明かりが石畳に揺れる影を落とし、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。
「あ! さだっちまってよう!」
陽菜が小走りで追いかけてくる。
振り返ると、髪飾りや簪、ネックレスが月光の下で揺れて、三人ともとても美しく見えた。特に、俺が選んだプレゼントが三人に似合っているのを見て、何とも言えない満足感が胸に広がる。
(プレゼントが三人に似合っていてよかった……)
そんな心の声は口に出さず、俺たちは屋台街へと向かった。
道すがら、三人の楽しそうな会話が耳に入ってくる。
「今度はたこ焼きにしようよ!」
陽菜が弾むような声で提案する。
「いやいや、焼き鳥でしょ!」
スイリアが対抗するように言い返す。
「甘いものも食べたいですにゃ~。診療所の近くに美味しい大福屋があるって聞いたにゃ」
ミアまで参戦して、三人の楽しそうな議論が続く。
その様子を見ていると、俺は自然と微笑んでいた。
手の中の起き上がり小法師を握りしめながら、俺は心の中で呟く。
(何度倒れても立ち上がる、か。俺たちのこれからの旅もそうありたいものだな)
ふと、俺の口から独り言が漏れた。
「まったく、今日は戦いもあったから疲れたが……こういうのも、悪くないな」
その言葉を聞いた陽菜が、くるりと振り返って吹き出すように笑う。
「さだっち、たまにはそういう素直なこと言うのね!」
「え? いや、別に……」
「そうですよね」
スイリアが優しく微笑みながら続ける。
「戦ったりばかりじゃ疲れちゃうから、こうやってお祭りとかでリフレッシュするの、大事ですよね」
ミアも尻尾をぱたぱたと揺らしながら同意する。
「そうですにゃ! 戦いも大事だけど、こういう時間も大切にしないとにゃ」
三人の言葉に、俺の胸が温かくなる。
(ああ、そうだな。これも大切な時間なんだ)
夜の市場を歩きながら、俺たちは仲良くおしゃべりを続けた。月明りがオレンジ色の光を石畳に落とし、四人のシルエットが長く伸びた。
その影は、まるで一つの大きな絵のようで、いつまでも見ていたくなるような温かさがあった。
俺は手の中の起き上がり小法師を感じながら、心の中で静かに誓った。
(この絆を大切にしたい。そして、必ずや元の世界に戻る方法を見つけてみせる)
起き上がり小法師を握る手に、自然と力が入った。
祭りの夜は更けていく。でも俺たちの冒険は、まだまだ始まったばかりだ。
屋台から漂う美味しそうな匂いに導かれながら、俺たちは笑い声を響かせて歩いていく。
こんな日が、いつまでも続けばいいのに——そんな願いを胸に秘めながら。
今回は、プレゼント交換を通じて深まる四人の絆を描きました。起き上がり小法師に込められた「何度倒れても立ち上がる」という意味が、これからの彼らの旅の指針になりそうです。
特に、スイリアのお腹の音で一気にほのぼのした雰囲気になる場面は、キャラクターの人間味を感じていただければと思います。
次回からは新章突入! より本格的な冒険が待ち受けていますが、この温かな絆を胸に、前へ進んでいきたいと思います。
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