第41話 精霊の怒り、里山の叫び
タジマティア豊穣祭――。
この村では毎年、特産物の収穫に感謝し、里山の精霊たちへの感謝を捧げる賑やかな祭りが開かれてきた。しかし、今年は違った。昨日の会議で明らかになった事実が、俺の胸に重くのしかかっていた。
午前中の美女行列が、約1.5キロのメインストリートをゆっくりと練り歩いている。
およそ30名の乙女たちが、この日のために精魂込めたおしゃれで臨んでいた。
華やかな振袖、洋風のドレス、和洋折衷の衣装……色とりどりの装いが行列を彩る。
だが、その美しさとは裏腹に、俺の心は不安で満ちていた。防衛隊の指揮台から全体を見渡しながら、スイリアの言葉が耳に残る。
「祭りが形骸化し、精霊への感謝の心が失われている……」
「里山が荒れ放題で、精霊たちの怒りが高まっている……」
その警告が現実になる時が、今まさに来ようとしていた。
行列は10時ごろから華々しくスタートした。春の陽光が降り注ぎ、桜の花びらが風に舞っている。一見、何事もなく進んでいるようだが、俺の軍人としての直感が警告を発していた。
(精霊の怒りは、単なる魔物の襲撃とは違う。彼らは何かを伝えようとしているはずだ)
10時半ごろ。行列がちょうど行程の半分ほどを進み、最も里山に近いところに差し掛かった。
ここが一番の警戒ポイントだ。あらかじめ重点的に守れるように防衛隊本部を配置したのは正解だった。
「最後尾が通過したな。無事に……」
その瞬間だった。
ゴォォォォォ……
耳をつんざくような地響きが里山から伝わってきた。まるで里山全体が怒りを表すかのように、大地が震えた。
「これは……! 精霊の怒りか!」
木々が激しく揺れ、地面がうねり、土煙が立ち上がる。荒れ放題になった里山の奥から、怒りのうめき声のような風が吹き抜けた。観客たちが悲鳴を上げ、美女行列から離れて逃げ始める。
「全員、防衛体勢! だが、これは単なる魔物の襲撃ではない! 精霊たちの警告だ!」
俺の号令で、槍兵たちが即座に楔形の防衛線を形成し、弓隊が後方に構えた。警報の鐘が町全体に緊急事態を告げる。
里山の木々が一際激しく揺れ、大木が三本、まるで巨人に引き抜かれたかのように倒れた。その向こうから姿を現したのは——
「来たぞ! アカブトマガス三兄弟だ!」
赤いアカブトマガス——赤カブの胴体にトマトの頭部。その背後から二体目——青い大根の胴体に紫玉ねぎの頭。そして三体目——黄色いかぼちゃの胴体に緑色のキャベツの頭。
三体は一列に並び、まるで軍隊のような威厳を放っていた。だが、その瞳には単なる魔物とは違う、深い悲しみと怒りが宿っているのが見て取れた。
「フハハハハ! 人間どもよ、覚悟しろ!」
赤いアカブの声が響く。その声には、俺たちが昨日の会議で学んだ、精霊たちの苦悩が滲み出ていた。
「我らは里山の精霊たちの怒りの化身! 長年に渡る人間たちの忘恩に、ついに堪忍袋の緒が切れたのだ!」
三体が順番に名乗り始める。
「私はアカブ! 形骸化した祭りへの怒りを背負う者! 精霊への真の感謝を忘れた人間たちよ、思い出せ!」
「私はアオネ! 荒れ果てた里山の悲しみを背負う者! 手入れを怠り、精霊たちの住処を奪った人間たちよ、償え!」
「私はキボキャ! 精霊への感謝を忘れた人間への憤りを背負う者! 利益ばかりを追い求める姿勢を改めよ!」
赤いアカブが威圧的に一歩前に出た。
「我らアカブトマガス三兄弟、里山の精霊たちに代わってお前たちを裁く! この形だけの祭りに、真の意味を思い出させてやる!」
その宣言と同時に、観客たちからは悲鳴が上がり、美女行列は完全に崩壊した。華やかな衣装に身を包んだ女性たちが散り散りに逃げ出す。
「民間人は避難! 兵士たちは所定の位置に!」
俺は冷静さを保ちながら指揮を執る。だが、心の中では葛藤が渦巻いていた。
(これは単なる戦いではない。精霊たちの訴えに耳を傾ける必要がある)
「弓隊、放て! だが、彼らは精霊の使者であることを忘れるな!」
毒矢が一斉に放たれるが、三体のアカブトマガスは驚くべき反射神経で身をひるがえし、矢を避けたり武器で弾き飛ばしたりした。
「ふん! 人間の小手先など効かぬわ!」
アカブが嘲笑う。
「我らは精霊たちの怒りを受けた存在! 真剣に里山を敬う気があるなら、その心意気を見せてみよ!」
横にいたアオネが前に出る。
「我が番だ! 突きの大根!」
アオネの腕が、まるで生き物のように急速に伸びた。青白く光る大根が弓兵の陣形を一直線に突き破る。
「ぐわあああっ!」
兵士たちの悲鳴が響く中、キボキャも動き出した。
「回転キャベツ(スピニング・キャベジ)!」
キャベツの頭が高速回転し、何枚もの葉を刃のように飛ばしてくる。葉は金属のような鋭さを持ち、槍兵たちの武器を弾き飛ばした。
「くそっ! 思ったより強い!」
俺は歯を食いしばりながら、次の一手を考える。そのとき——
「芦名殿!」
背後から聞き慣れた声がした。振り返ると、水色のパーティードレスに身を包んだスイリアが走ってくるのが見えた。銀紫色の髪が風になびき、青緑色の瞳が決意に満ちている。
「スイリア、来てくれたか!」
「はい。精霊たちの怒りを感じました。彼らは私たちに何かを伝えようとしています」
スイリアの後ろには、桃色の振袖姿の陽菜も続いていた。
「さだっち! 私も来たよ! 昨日の話を聞いてから、気になって仕方なかったの!」
「陽菜も……助かる」
さらに猫耳をぴくぴく動かしたミアもやってきた。
「遅れてごめんなさいですにゃー! 精霊たちの声、私にも聞こえるにゃ……」
四人が揃った瞬間、アカブトマガス三兄弟の攻撃が一段と激しくなった。
「人間が集まったところで何ができる! 受けよ、三連野菜砲!」
三体が同時に攻撃を仕掛けてくる。トマト弾、大根の突き、キャベツの回転刃が同時に襲いかかった。
「全員、防御!」
俺が軍刀を構え、その他の三人も魔法を準備する。陽菜の金色の光が四人を包み込み、スイリアの水の結界が展開される。
だが、精霊の怒りは想像以上に強かった。結界が次々と崩れていく。
「まずい! このままでは……」
そのとき、アカブの瞳に一瞬、優しい光が宿ったのを俺は見逃さなかった。
(彼らは……単に破壊したいわけじゃない)
「みんな! 精霊たちは俺たちの態度を試している!」
俺の言葉に、三人が驚いた表情を見せる。
「単に戦って終わりじゃない。精霊たちの怒りの理由を理解し、心から向き合う姿勢を示す必要がある!」
しかし、その後に続く言葉を発する前に、アカブトマガス三兄弟が再び動き出した。
「受けよ、精霊の怒り! 野菜の雨あられ(ベジタブル・ストーム)!」
空が暗くなるほどの野菜の雨が降り注ぐ。トマト、大根、キャベツの破片が無数に飛び交い、四人はそれぞれの持てる力で防御するのが精一杯だった。
「これは……試練だ!」
俺は確信した。精霊たちは俺たちが本気で向き合う覚悟があるのか、その心意気を確かめているのだ。
そして次の瞬間、予想だにしない展開が待っていた——。
今回は、精霊の怒りの化身として現れたアカブトマガス三兄弟との初戦を描きました。単なる戦いではなく、精霊たちからの問いかけ、試練としての意味があることを示唆しています。
芦名の葛藤、四人の連携の準備、そして精霊たちの真意への気づき……戦いの中にも心理描写を重視しました。
次回は、本格的な連携戦と、精霊たちとの対話への糸口を見つける展開へと続きます。お楽しみに!
お読みいただき、誠にありがとうございます!
皆さんの応援が私の創作の原動力となっています。
少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや感想、評価ポイントなどをいただけると大変嬉しいです。
「良かった」「このキャラクターの言動が印象的だった」など、ほんの一言でも構いません。
読者の皆さんの声を聞くことで、より良い物語を紡いでいけると思っています。
よろしくお願いいたします。




