第40話 美女たちと収穫祭
タジマティア収穫祭の当日、朝から町は活気に満ちていた。
澄み渡る青空の下、各地から集まった商人たちが千載一遇のチャンスとばかりに出店を構え、色とりどりの装飾が町中を彩っている。
俺は臨時の防衛司令官として現場を指揮することになった。正直、艦長はともかく司令官の職務は未経験だ。
だが、この町でまともな実戦経験があるのは俺だけということで、渋々引き受けた形になる。
「司令官、見回り隊からの報告です」
副官を務める青年が地図を手に俺の元へ駆け寄ってきた。
その表情には若干の緊張感が漂っているが、目には頼もしさも宿っている。
「ご苦労。状況はどうだ?」
「はい、現在のところ異常なしです。町の入り口には予定通り警備を配置しました」
俺は頷いて青年を見送ると、改めて本部のテントから町の様子を眺めた。
(木村少将なら、こういう時どうするだろうか……)
ビスマルク海での海戦を思い出す。あの時、尊敬する木村司令官が言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。
「芦名君、大将たるもの、でんと座って威厳を見せることが大事だ。現場指揮は現場に任せて、全体をよく見て現地部隊にとって最適な部隊指揮ができるよう常に冷静にならなくてはならないよ。そこが現地指揮官と司令官の違いかな」
今の俺にできることは、情報を集約し、冷静な判断を下すことだ。それが今日一日、町の安全を守るための最善の方法なのだろう。
午前中のメインイベントは美女行列だという。
美女行列と野菜への感謝祭がどう結びつくのかよくわからず、ミアに話を聞いてみたところ、「野菜の神様は美人が好きだから喜ぶのにゃ」とのこと。本当にそうなのか、疑わしいところではあるが……。
さらに、周辺の村々の自慢の美人が参加するため、嫁探しをするという実用的な目的もあるらしい。遠方からの観光客も美女を一目見ようと訪れるため、最も賑わうとのことだ。
陽菜にその話をしたら、「ああなるほど、ミスコンと婚活を兼ねているんだね!!」と言っていた。
未来の日本ではそれほど結婚のハードルが高いのだろうか。
本部の前で物思いにふけっていると、三人の女性が近づいてくるのが見えた。
メイド服を着た一人は遠目でもミアだとわかる。しかし、残りの二人は見慣れない姿で、一瞬誰なのか認識できなかった。
「さだっち~!」
そのうちの一人が声を上げて駆け寄ってきた。それが陽菜だと気づいたのは、彼女の笑顔を見た瞬間だった。
「えへへ、さだっち、今日、頑張ってみたんだよ? 似合う?」
そう言って、陽菜はくるりと一回りした。桃色を基調とした振袖が朝の光を受けて鮮やかに輝いている。
ピンク色の花々が着物全体に散りばめられ、黒地に金色の詩袋が入った帯が華やかさを引き立てていた。
髪には深紅の椿の髪飾りをつけ、普段よりも少し大人っぽい雰囲気を醸し出している。
その佇まいは、まるで桜の精のように愛らしく、俺の胸に小さな衝撃が走った。
「びっくりした。かわいすぎて一瞬誰かと思ったよ」
言葉が自然と口から溢れ出た。
「よく似合っているぞ。陽菜は赤系の色が似合うな」
陽菜の顔がぱぁっと明るくなり、頬を赤らめながら嬉しそうに微笑んだ。
「えへへっ、そうでしょ? 私って赤系統の服好きなんだよね! この世界にも着物があるって聞いて、前から着物着たかったから、挑戦してみたんだよ! さだっち、褒めてくれてありがと!」
そう言うと、陽菜はウインクをしてみせた。その無邪気な仕草に思わず胸が高鳴る。
世が世なら、この一撃で靡いた男性も多かったことだろう。
(おっと、危ない)
いかん、いかん。変な方向に考えるのは止めよう。
陽菜は満足げに、自分の後ろに隠れているもう一人の女性を前に押し出した。
「さだっち、スイリアも頑張ったんだよ? 見てあげて?」
そう言って、ぐいっと俺の前にドレス姿のスイリアを押し出す。
「あっ、ちょっと、恥ずかしいよう……」
スイリアは恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、陽菜に促されるまま俺の前に立った。
前丈ショート後ろロングのパーティードレスは水色を基調としており、銀紫色の髪と青緑色の瞳を完璧に引き立てている。「スイリア」という名前が示す通り、まさに彼女のための装いだった。
いつもは緑を基調とした服を着ているスイリアだが、水色の装いもこれほど似合うとは思わなかった。すらりと伸びた、適度に筋肉の付いた細い脚が、その水色のドレスから覗き、みずみずしい輝きを放っていた。
「スイリアも、そのドレス、とっても似合っているよ」
率直な感想を口にした。
「そんなに恥ずかしがることないんじゃないかな」
スイリアはドレスの前の部分をぎゅっと握り締め、顔を赤らめながら俯いた。
「あああ、ありがとう……ございます…… でも、このドレス、前が短すぎてちょっと恥ずかしい…… 私、もう帰ろうかな……」
その仕草があまりにも愛らしく、普段の毅然とした医師の姿からは想像もつかないほどだった。
「だ、だめだよ、せっかく着飾ったんだから、出ないともったいないよ! ね、さだっちも似合ってるって言ってるんだから、一緒に出よ?」
陽菜が必死に説得する。そばに控えていたミアも加勢した。
「そうですよ、スイリア様、よくお似合いですにゃ。ここはせっかくの晴れ舞台なのですから、堂々としていればよいのですにゃ」
猫耳を揺らしながら頷くミアの姿に、ふと思い付いて質問してみた。
「そういえば、ミアは出ないのか?」
「私はスイリア様のお世話係なので、こういったものは遠慮いたします。いざというときにスイリア様を守れなければ怒られてしまいます」
ミアは忠実な従者らしい返答をした。その真面目さが何とも微笑ましい。
「そうか。ミアの着飾った姿も見てみたかったのになぁ…… 残念だ……」
素直な感想を口にしたところ、ミアの猫耳がぴくりと動いた。
「おや、芦名様は私に興味がおありですにゃ? いいでしょう、今度二人きりの時に……ね?」
ミアが意外な反応を示し、茶目っ気たっぷりに瞳を細めた。
「ちょちょちょ、何ナンパしているの!? えっちなことはだめなんだからね!! ぷんすか!」
陽菜が突然怒り出した。
頬を膨らませ、両手を腰に当てたその姿は、まるで怒った子猫のようだ。
何をそんなに怒っているのだろうか。しかも「ぷんすか」などと言いながら怒る人間など見たことがない。
思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
「まぁまぁ、とりあえず、改めてだが、二人ともよく似合っているぞ」
そう言って、場を和ませようとする。
「それから、一つだけ。もしかしたら、いろんな男が言い寄ってくるかもしれぬが、男を見る目は慎重にな。いざとなれば、俺が見極めてやるから」
知らず知らずのうちに、保護者のような口調になっていた。二人の姿があまりにも美しく、他の男たちの視線を引くことは間違いないからだ。
「わかったよ」
「はい、承知いたしました」
二人は素直に頷いた。
「それからミア、俺は本部から動けないから、お嬢さんたちをよろしくな」
「はい、かしこまりましたにゃ」
かくして祭りは幕を開けた。二人の美しい姿が人ごみの中に消えていくのを見送りながら、俺はいつもと違う感情の芽生えに戸惑いを覚えていた。
(まったく、守るべきものが増えたもんだ……)
そう思いながらも、心のどこかで温かいものが灯っているのを感じた。
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