第39話 美女行列への招待
計画が固まった数日後、春風が診療所の窓辺を揺らす午後のことだった。玄関の鈴の音に顔を上げると、町の役人が正装で訪れていた。彼は入口で帽子を脱ぎ、丁寧に一礼した。
「収穫祭の美女行列に、ぜひお二人にも参加していただきたいのです」
役人の言葉に、スイリアと陽菜が顔を見合わせる。タジマティア収穫祭の目玉は、「美女行列」「野菜舞」、そして野菜の奉納祭だという。
特に美女行列は周辺の村々から集められる美女たちが華やかな衣装で町を練り歩く、祭りの華とも言える行事だった。
「お祭り!? 私も出ていいの???」
陽菜はオファーを聞くと、両目を輝かせて飛び上がらんばかりの勢いで喜んだ。まるで星が瞳の中で踊っているかのような輝きだ。
「やったぁ~!! ってことは、うちって美人認定されてるってことだよね? ね? 超うれしい!!!」
彼女は嬉しさのあまり、まるで小さな子供のようにぴょんぴょん跳ねて回った。春色のワンピースが風のように舞い、診療所の中に桜が舞い込んだかのような華やかさを添えていた。
その様子に、役人も俺も思わず笑顔がこぼれる。彼女の喜びは伝染するように周囲を明るくしていた。
「よーし!! はりきって衣装を選ぼうっと!!!」
手をぎゅっと握りしめ、目を輝かせる陽菜の横顔は、まるで絵のように美しい。
一方、スイリアは複雑な表情を浮かべていた。銀紫色の髪が顔を覆い隠すように垂れ、その陰から不安げな瞳が覗いていた。
「うーん、私はそんなにきれいじゃないし、目立つの嫌いですし……。お断りしようかしら……」
彼女は困ったように眉を寄せる。小さな指で自分の長袖を無意識に摘んでいる。どうやら小さい頃のいじめがトラウマになっているらしい。その不安げな表情に、俺は思わず優しい言葉をかけた。
「スイリアはとっても魅力的な女の子だよ、だから自信を持ちなさい。それに、戦闘力を持つ君が町の女性たちの護衛としていてくれると心強い」
言葉を選びながら、さらに続けた。屋外から差し込む春の陽光が、スイリアの銀紫色の髪を神秘的に照らしていた。
「それに、美しく着飾った君も見てみたい」
その言葉を聞いた瞬間、スイリアの表情が凍りついた。空気が一瞬止まったかのような静寂。
次いで、彼女はぷいっと顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。赤い耳まで見えたような気がする。
(しまった、怒らせてしまったか?)
海軍兵学校に入って以来、女性と会話する機会がほとんどなかった俺にとって、女性の機微を読むのは難しい。自分の不器用さを呪いながら、困惑した表情で立ち尽くした。
空気が重くなった診療所の中で、木製の床がきしむ音だけが響く。
そんな俺の様子を見た陽菜は、スイリアの顔を見てから、やれやれとため息をついた。彼女の表情には、「この人は本当に……」という言葉が浮かんでいたように見えた。
「さだっち、女の子をたぶらかしてどうする気?」
「あ、いや、すまん、そんなつもりはなくてだな」
慌てて弁解する俺に、陽菜はからかうような笑みを浮かべた。その瞳に遊び心が宿っている。
「うちも、かわいい女の子だと思うんだけどなぁ~?」
唇を少し尖らせながら、彼女は上目遣いでそう言った。
目の前の状況をどう収拾すべきか、俺の頭はパニックに陥りそうになる。
思わずその問いに正直に答えてしまう。
「な、何を言う、陽菜はかわいいと思うぞ。でも、陽菜はかわいい系、スイリアは美人系だから、それぞれに良さがあるな」
陽菜の表情が一瞬こわばった。桜色に染まっていた頬が、さらに濃い紅色に変わる。
「なっ、この人はどうしてそういう言葉がぽんぽんと……」
最後の言葉は聞き取れなかったが、彼女もまたプイっとそっぽを向いてしまった。
(どうやら二人を不快にさせてしまったようだ……女心は難しい……)
俺が反省の念に駆られていると、診療所の窓から差し込む光が少し動いた。
春の雲が日差しを遮ったようだ。その一瞬の影の中で、スイリアが黙りこくった後、赤い顔のまま決意のこもった目で俺を見つめてきた。
「芦名さんがそこまで言うのなら、私も出ます。でも、おしゃれとか、あんまりしたことないから、陽菜さんに衣装とかはお願いしたいのですが、可能でしょうか」
スイリアの言葉に、陽菜の表情が明るくなった。まるで曇りが晴れたように、彼女の顔に笑顔が戻る。
「うん、じゃあ、一緒に選びに行こう? さだっちは、ついてきちゃだめだからね?」
そう言いながら、彼女は人差し指を立てて俺に向けた。まるで子どもを諭すような仕草に、思わず苦笑する。
「はは、俺は興味ないから大丈夫だ」
その言葉に陽菜はきっとした顔で睨みつけてきた。彼女の瞳が鋭く光る。
「興味ないってどういうこと? うちらへのさっきの言葉は嘘ってこと?」
まるで尋問にかけられているような鋭い視線に、俺は慌てふためいた。
「あ、いや、そうじゃなくって、俺は服に興味ないっていう意味だ!」
慌てて弁明すると、陽菜はいたずらっ子のような笑顔を見せた。ほっとする間もなく、彼女は片手を腰に当て、もう片方の手をスイリアの肩に回した。
「ま、そうだよね。冗談冗談。じゃあ、スイリア、あたしたちはこんなさだっちほっといて、ファッションショーと行きましょうね!」
そう言って彼女はスイリアの背中をバンバンと叩いた。スイリアは痛そうな顔をしながらも、苦笑いを浮かべていた。彼女の繊細さを考えると、陽菜のあの豪快なスキンシップはどんな感じなのだろう。
「は、はい、よろしくお願いします」
スイリアのおずおずとした返事に、陽菜は満面の笑みを見せた。そして二人は診療所を出ていった。
二人の女性が去っていく後ろ姿を見送りながら、俺は深いため息をついた。窓から差し込む光は、再び明るさを取り戻していた。だが、俺の心の中には小さな混乱が残っていた。
(海戦よりも女心の方が難解だ……軍艦艦長として幾多の戦場を経験しても、女性の気持ちだけは理解できそうにない。)
春の風が窓を通り抜け、軽く髪を揺らす。このタジマティアの町で、俺はまた新しい「戦い」に臨むことになりそうだ。
それは怪物との戦いではなく、自分の不器用さとの闘いだった。
芦名さんの女心への戸惑いを描いてみました。
相手を褒めたつもりが、思わぬ反応を引き出してしまうなんて、男性あるあるですよね(笑)
次回は収穫祭本番! 美女行列に参加する陽菜とスイリアの姿や、アカブトマガスとの再戦に向けた準備が進んでいきます。果たして今度こそ町を守り切れるのか? どうぞお楽しみに!
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