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第38話 陽菜の隠れた才能

 町を歩きながら、俺は頭の中で防衛計画を練っていた。




タジマティア収穫祭のリベンジに向けて、今度こそ町をあの怪物「アカブトマガス」から守り抜きたい。


しかし、兵力は限られている。少ない戦力でいかに効率的に町を守るか——それが今回の課題だった。


 初春の柔らかな日差しが頬を撫でる中、俺は立ち止まって町の地形を眺めた。


白雪艦長だった頃なら海図を広げて作戦計画を立てるところだが、ここには海はない。


代わりに見えるのは、朝靄にうっすらと包まれた山々と、その間を縫うように流れる川の煌めき。


「やはり地形を活かすしかないか……」


 俺は思わず呟いた。タジマティアは守るには理想的な地形をしている。


三方を川に囲まれた町は、その川を天然の防衛線として利用できるからだ。


まるで自然が造った要塞のようだ。






 風に舞う桜の花びらが頬をかすめ、ふと振り返ると、陽菜が元気な足取りで駆けてきた。


風に揺れる彼女の茶色い髪が、春の陽射しをいっぱいに浴びて輝いている。


制服のスカートが風に舞い、元気に手を振る姿に、心がほっと和らぐのを感じた。


「さだっち! 計画立ててるの? 手伝おっか?」


 彼女は俺の横に立ち、キラキラした瞳で見上げてきた。


少し息が上がっている様子で、頬が桜色に染まっている。


「ああ、助かる。実は陸戦は得意じゃなくてな」


 そう言うと、陽菜はにっこりと微笑んだ。その笑顔には太陽のような温かさがあった。


「うち、地理は得意だから、地図を作りながら一緒に考えよ?」


 陽菜は胸を張って自信たっぷりに言った。その姿がどこか誇らしげで可愛らしい。


「そうなのか?」


「えへへ……実は小学生の時から国土地理院の地形図とか地図帳が大好きで、穴が開くほど見てたの。将来の夢は伊能忠敬みたいな測量家になることだったんだぁ」


 意外な一面に俺は目を丸くした。


いつもの天真爛漫な陽菜からは想像もつかない趣味だ。そのギャップに、思わず見直してしまう。


「へえ、そんな人もいるんだな」


 思わず声に出してしまい、陽菜は頬をふくらませた。


リスのようにほっぺたを膨らませる姿が愛らしくて、思わず笑みが零れそうになる。


「もー! そんな変わってるみたいに言わないでよー!」


「いや、褒めてるんだ。そういう特技は貴重だぞ」


 俺の言葉に、陽菜は少し照れた表情を見せた。長い睫毛が揺れて、なぜか胸がじんわりと温かくなる。


「じゃあ、さっそく地図作りから始めよっか!」


 そして俺たちは、祭りの日までタジマティアの町の隅々まで歩き回り、地形図の作成と防衛計画の検討に取り掛かった。


マルシェで買った羊皮紙に、陽菜の細い指が丁寧に線を描いていく様子を、俺は少し感心しながら見つめていた。



   *   *   *



 陽菜との町歩きは予想以上に楽しかった。


彼女の地理への情熱は本物で、あちこちで立ち止まっては地形の特徴を熱心に説明してくれる。


普段の天然な様子からは想像もつかない、知的で冴えわたる解説に、俺はただただ感心するばかりだった。


 春の木漏れ日が差し込む小道で、陽菜は両手を広げて興奮気味に説明する。


「ここ見て! これは教科書で見た典型的な扇状地の地形だよ! このあたりの土は果樹園に適してるのに、何も作ってないのはもったいないなぁ……」


 陽菜は両手を広げて身振り手振りを交えながら説明する。


春の風で揺れる彼女のスカートと、生き生きとした表情が妙に絵になっていた。


彼女の目がキラキラと輝き、普段の無邪気な少女から一転、情熱に満ちた女性へと変わる様子に、俺は少し見とれてしまう。


「ここに砦を築けば、戦国時代だったら戦いを優位に進められたのに。ねえ、見て見て! この尾根線と谷の配置!」


 そう言って陽菜は興奮気味に指さした。


ハイキングシューズを履いた足でぴょんぴょん跳ねながら、まるで子供のように無邪気に飛び回る。


その姿があまりにも夢中で、思わず顔がほころんだ。


「本当に好きなんだな」


「え? なんか言った?」


 陽菜が首をかしげる。その仕草が猫のように愛らしい。


「いや、陽菜の専門知識が役に立っていると思ってな」


 俺の言葉に、陽菜はまるで太陽のような笑顔を見せた。その輝きが眩しくて、思わず目を細めてしまう。


「えへへ……ありがと」


 少し照れた様子で頬を掻く陽菜。彼女の笑顔を見ていると、過去の戦争の記憶も和らぐような気がした。


 陽菜と検討を重ねた結果、俺たちはいくつかの扇状地や谷に兵を配置する計画を立てた。


陽菜は地図の上に印をつけながら、戦略家のように説明する。


「陸戦において、軍勢を相手にするなら谷に軍勢を置くのはNG。両方の嶺から挟み撃ちにされる危険があるからね」


 陽菜はペンを口元に当てながら、真剣な表情で説明した。いつもの天然さはどこへやら、鋭い目で地図を見つめる姿は、まるで別人のようだ。


「だけど今回は相手は単体だから、挟み撃ちの心配はないし、とにかく早く見つけることが最優先! 発見次第、増援が来るまで遅滞戦術で町への侵入を阻止。増援が来たら総攻撃で一気にたたく……というのはどう?」


 兵法書を読み上げるような口調に、俺は思わず驚いた。海軍軍人の俺でさえ、陸戦の戦術については及ばないところがある。令和の女子高生がこんな知識を持っているとは。


「驚いたな。女子学生がどこでそんなことを習ったんだ?」


 陽菜は少し恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた。風に舞う髪を耳にかける仕草が、妙に色っぽい。


「えへへへ、うち、戦国時代とかの戦史を読むの好きなんだぁ……。それで、どうかな……?」


 少し不安そうに俺の反応を窺う瞳。彼女の計画は実際、非常に練られていて、実戦でも効果がありそうだ。俺は彼女の案に感心しながら頷いた。


「いや、完璧だと思う。事前偵察も海戦においても大事だからな。陽菜の案で行こう」


 その言葉に、陽菜はぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねた。春の日差しに照らされた彼女の姿が、まるで絵本から抜け出したような愛らしさだ。


「やったぁ! ありがとうございます!!」


 まるで小動物のような仕草に、思わず微笑んでしまう。彼女のように無邪気に喜べる心は、戦場を渡り歩いてきた俺にはもう失われていた。


だがその笑顔を見ていると、俺も少しずつ心を開いていけるような気がする。




 その瞬間、俺の脳裏にミッドウェー海戦での悪夢がよみがえった。




あの時、もう少し手厚く索敵を行っていれば……空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」、そして多くの将兵が失われることはなかったのではないか。後悔と自責の念が、再び心を締め付ける。





 暗い思考に沈みかけた俺を、陽菜の明るい声が引き戻した。


「タジマティア収穫祭ってどんなお祭りなんだろうね? 楽しみだなぁ」


 陽菜のおかげで、過去の暗い記憶が少し遠のいていく。不思議な力を持つ少女だ。


彼女の存在そのものが、俺の心の傷を少しずつ癒してくれている気がする。


 春の日差しが二人を優しく包み込み、遠くでは鐘の音が穏やかに響いていた。

いかがでしたか? 陽菜ちゃんの意外な一面が見えましたね。実は地理マニアで戦国時代好きという設定…ギャップがたまらないですね!


次回はいよいよ収穫祭の準備が本格化します。「美女行列」という祭りのイベントに陽菜とスイリアが誘われるというお話です。


女性たちの華やかな一面と、それに振り回される芦名さんの姿をぜひお楽しみに!


感想・評価・ブックマークをいただけると嬉しいです。皆様のおかげで創作の励みになっています。


次回もどうぞよろしくお願いします!

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女子SIDE(女性向けリライト版)を読みたい方はこちら
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