第37話 ミアの観察日記~お嬢様と異世界女子高生の秘密のお茶会~
今日は珍しく患者さんが少なくて、診療所は早々に閉まったにゃ。
芦名さんはタジマティアの町長と防衛体制について話し合うために出かけてしまい、スイリア様と陽菜さんが二人きりになっていた。
ニャーはお茶の準備をして、こっそり二人の様子を見守ることにしたの。だって、お嬢様と異世界から来た女子高生が何を話すのか気になるじゃないですかぁ!
診療所の小さな窓から差し込む夕日が、緑色の壁にオレンジ色の柔らかな光を落としていて、なんだかとっても素敵な雰囲気にゃ。
ニャーが淹れた紅茶の香りが部屋中に広がって、まるで絵本に出てくるようなお茶会の風景になっていた。
「スイリアさん、この紅茶めちゃくちゃ美味しいね! うちの世界のものとはちょっと違う香りがするけど、なんだか懐かしい感じ」
陽菜さんは湯気の立つカップを両手で持ち、香りを深く吸い込んでいた。その仕草がまるで小さな子猫みたいで、ニャーは思わずにやにやしちゃった。
「そうですか? これはエルフの里に伝わる"シルヴァンブレンド"という紅茶ですの。母が好きだった味なんです」
スイリア様の声には少し物悲しさが混じっていて、ニャーの鋭い猫耳がそれを聞き逃さない。お嬢様が母上様のことを話すのは、本当に珍しいこと。ニャーの尻尾が思わずピンと立った。
「へぇ~、エルフ茶葉なんだ! うちの世界でも日本には和紅茶っていう独自のお茶があるんだよ。でも若い人はみんな海外の紅茶が好きでさ」
「日本の紅茶も、いつか飲んでみたいですわ」
スイリア様はテーブルに置かれた小さな銀のスプーンでケーキをそっと切り分けながら、ふと思い出したように顔を上げた。
その姿があまりにも優雅で、ニャーは毎日見ているのに、いつも見惚れてしまう。
「そういえば陽菜さん、先日『テスト勉強』という言葉を使っていましたけど、それはどのようなものなのですか?」
「え? この世界にテストってないの!?」
陽菜さんが目を丸くして、驚いた声を上げた。
その表情がとってもおもしろくて、ニャーは思わず口元を押さえてクスクス笑ってしまった。
「テストとは、試験のことですよね? 私たちの世界では、医師や魔法使いになるための専門的な試験はありますが、学校で定期的に行うようなものはないのですよ」
「まじで!? うらやましすぎるんだけど! うちの世界じゃ3ヶ月に1回は絶対テストがあって、それで順位とか決められちゃうんだよ。しかも結果は親にも見せなきゃいけないし……」
陽菜さんは肩を落として、テーブルに突っ伏した。その姿がまるで、ニャーが小さい頃、魔法の練習に失敗した時と同じ。思わず共感して、尻尾がゆらゆら揺れた。
「そんなに大変なのですか? こちらでは、一部の特権階級の子供以外は、基礎的な読み書きと計算ができれば十分とされていますの」
「マジ? じゃあ、高校とか大学みたいな上級学校もないの?」
「魔法アカデミーや医術学院などはありますが、それらは『なりたい職業』を持つ人だけが行くところですわ。貴族の子女は家庭教師について教養を身につけますが……」
スイリア様は少し言葉を詰まらせた。お嬢様の過去の辛い記憶が蘇ったのだと、ニャーにはすぐわかった。ニャーは思わず耳を伏せた。
「あ、ごめん。嫌な思い出とか思い出しちゃった?」
陽菜さんはスイリア様の微妙な表情の変化を見逃さなかった。
「いいえ、大丈夫です。ただ、私は王女でありながら父の方針で一般の学校に通わされていたので……少し複雑な思い出があるだけです」
スイリア様が細い指で長手袋の刺繍を無意識になぞるのを見て、ニャーの胸が締め付けられた。あの手袋の下にある火傷の跡は、お嬢様の辛い過去の証。
ニャーは思わず尻尾を丸め、小さく唸り声を上げそうになった。
「そっか……。でも、今の私の時代だと、王族の子どもが庶民の学校に通うのって、けっこう普通だったりするよ。皇族の方でも、一般の学校に通ってる人いるし」
「本当ですか? それはとても先進的ですわね!」
スイリア様の目が輝いた。陽菜さんの言葉でお嬢様の表情が明るくなったことに、ニャーはほっと胸をなでおろした。
「ねぇ、スイリアさんって、女の子がお医者さんになるって、この世界じゃ珍しいの?」
「ええ、残念ながら……。医師はほとんどが男性で、女性は助手か看護役がせいぜいです。だからこそ、私は多くの偏見と戦ってきましたの」
陽菜さんはじっと考え込むようにケーキをフォークでつついていた。その仕草がまるで、ニャーがお魚をつついて遊ぶ時と同じで、思わず笑いそうになった。
「へぇ~、それって明治時代の日本みたいだね。日本の最初の女医さんも、男装して医学校に通ったりして、すごく苦労したって歴史の授業で習ったよ」
「男装ですって?」
「うん! 荻野吟子っていう人なんだけど、すっごく苦労したんだって。でも今じゃ、日本の医学部の4割くらいは女の子だよ」
「それは素晴らしい! この国もいつかそうなるといいのですが……」
スイリア様の瞳が遠くを見つめていた。ニャーは、お嬢様がまた何か大きな夢を描いているのだと感じた。きっとこの国の医療を変えたいという思いが強くなっているのにゃ。
「ねぇ、じゃあ結婚とかも早いの? うちの世界だと、今はだいたい30歳くらいで結婚する人が多いんだけど」
突然の質問に、スイリア様は紅茶を飲みかけて咳き込んだ。
「けほっ! けほっ! 30歳ですって? こちらでは貴族の娘は15歳から18歳までに嫁ぐことが一般的ですわ! 私はもう『婚期を逃した王女』と呼ばれているくらいです」
「えっ、マジで? まだ24歳でしょ? 全然若いのに!」
陽菜さんの声が裏返ってしまうほど驚いていた。ニャーは「にゃふふ」と小さく笑った。人間の女の子同士の会話って、本当におもしろい。
「陽菜さんは結婚についてどう思っているのですか?」
スイリア様がそっと尋ねると、陽菜さんは急に赤面した。
「う、うちはまだ全然考えてないよ〜。だって高校生だし……」
陽菜さんは視線を逸らし、髪をいじり始めた。その仕草が、明らかに何かを隠している様子。ニャーの猫としての勘が、「芦名さんのことが気になっているにゃ」と教えてくれた。
「でも、好きな人はいるのではないですか?」
スイリア様の質問に、陽菜さんの顔がさらに赤くなった。
「え、えっと、そ、それは……あ! そういえばスイリアさん、この間教えてもらったおまじないって効果あった?」
必死に話題を変える陽菜さんを見て、スイリア様はくすりと笑った。ニャーも思わず笑いをこらえるのに必死だったにゃ。
「ふふ、そうですわね。『おまじない』という文化は面白いですわ。特に『魔法』という本物の力がある世界で、なぜ科学的根拠のない『おまじない』を信じるのか理解できなかったのですが……」
「でしょ? でも日本人って不思議で、科学が発達した現代でも、おまじないとか占いとか、科学じゃないものも大事にしてるんだよね。たとえば恋愛とか将来とか、不安なことがあるとみんな占いに頼っちゃうの」
「人の心というのは、時代や世界が変わっても同じですのね」
二人は顔を見合わせて、くすくすと笑った。
ここでニャーは、市場で見つけたお菓子を持って入る絶好のタイミングだと判断した。尻尾をピンと立てて、ドアをノックした。
「失礼します。スイリア様、お戻りですか?」
「ただいま戻りました、ミア。何かあったのですか?」
「はい。市場で珍しいお菓子を見つけたので、買ってきましたにゃ。"あんどーなつ"というものだそうです」
ニャーは小さな包みを差し出した。
実は、陽菜さんが前に「日本の懐かしいお菓子が恋しい」と言っていたのを覚えていて、市場でこの東方の珍しいお菓子を見つけた時、すぐに陽菜さんのことを思い出したのにゃ。
「あんドーナツ?」
陽菜さんが飛び上がるように声を上げた。その反応を見て、ニャーは思わず尻尾がふわふわと揺れた。やっぱり喜んでもらえてうれしいにゃ!
「わぁ! それアンドーナツだよ! 日本のお菓子じゃん! なんでここにあるの!?」
「エルフの行商人が『遠い東の島から伝わった秘伝のレシピ』と言っていましたにゃ」
「これは絶対に日本からの伝来だよ! スイリアさん、味見してみて!」
陽菜さんは目をキラキラさせながら包みを開けるよう促した。ニャーもわくわくしながら、スイリア様の反応を見守った。
「こ、これはっ……!」
スイリア様が一口かじると、彼女の顔がパッと明るくなった。お嬢様のそんな表情を見るのは珍しくて、ニャーは思わず耳をピクピクさせた。
「なんて優しい甘さ! これは本当に素晴らしいですわ!」
「でしょ! 日本のアンドーナツは、外はカリカリ、中はふんわりで、餡がほっこり甘くて最高なんだよね」
陽菜さんも一つ手に取り、懐かしそうに頬張った。
「故郷の味って、どこの世界でも特別なものなのね」
スイリア様は微笑みながら言った。
「ねぇ、うちの世界のお菓子のレシピ、教えてあげようか? 友達と一緒にお菓子作りするの、すっごく楽しいよ!」
「ぜひお願いします! 私も手作りのお菓子、得意になりたいですわ」
夕暮れの光が差し込む診療所の中で、二人の笑い声が柔らかく響いた。異なる世界の文化を語り合う彼女たちの間には、もう世界の境界線などないように見えた。
ニャーはそんな二人を見て、満足げに猫耳をピクピクさせながら、もう一杯紅茶を注ぎに行った。お茶を淹れながら、ふとこんな風に思ったにゃ。
(スイリア様も陽菜さんも、いつもすごく頑張っている。たまにはこうやってリラックスしておしゃべりする時間が必要なんだよね。ニャーがもっとたくさんおいしいものを見つけてきて、二人を笑顔にしたいにゃ!)
そして、もう一つ大切なことに気づいた。スイリア様も陽菜さんも、同じ人を想っているってこと。それはきっと芦名さん。
でも、それはもう少し先の話。
今は、このお茶会が終わるまで、もう少し二人を見守ることにするにゃ。
いかがでしたか? 今回はミアの視点でお送りしました!
スイリア様と陽菜さんの女子トークをこっそり覗き見するような気分になっていただけたでしょうか? 実はミアはとっても観察力が鋭くて、周りの人の気持ちに敏感なんです。
次回も引き続きお楽しみに! コメント、評価、ブックマークいただけると嬉しいです♪ ニャー!




