第36話 精霊の警告 ~タジマティアの祭り再生計画~
タジマティア豊穣祭――。
この村では毎年、特産物の収穫に感謝し、賑やかな祭りが開かれてきた。
だが、先日のアカブトマガスの襲撃で状況は一変してしまった。
俺は村の集会所に座り、議論を交わす村人たちを静かに観察していた。
だが、村の平和を取り戻すという責任も無視できなかった。
「これ以上、怪物が出るような祭りなど中止すべきだ!」
ひげ面の男性が拳を叩きつけるように主張した。
「いや、祭りは村の命だ。中止すれば観光客も来なくなり、みんな困るだろう!」
対する商人らしき男性が反論する。俺はこの議論が平行線をたどっていることに気づいていた。
(結局、どちらにも一理あるんだよな……)
俺は腕を組み、深く考え込んだ。海軍であれば、明確な指揮系統のもとで迅速な決断ができたのだが、民主的な会議はどうも進行が遅い。
肩の力が緩むのを感じながら、思わずため息をついてしまう。
だが、民主主義こそBestではないにしろ、今の人間社会ではBetterな政治体制であると思う。
議論を重ねて、よりよいものを作り出すという体制こそ健全な人間社会の発展につながると思う。
民主主義、大いに結構だ。
日本でも大正時代に民主主義が発展したが、上手くいかずに昭和に入ってから軍部が主導権を握るようになってしまった。
俺は軍人だが、上司だった鈴木貫太郎海軍大将(作者注:後に総理大臣として終戦に尽力)がいうように、軍人は政治に関与すべきではないと思っている。その結果があの戦争だ。
日本はいったいどこで道を間違えたのだろうか。
俺がもとの時代に思いを馳せていると、町長が俺の方を向いた。白髪交じりの温厚そうな老人だ。
「芦名殿、あなたは怪物と直接対峙されたお方。何かご意見はありませんか?」
突然の問いかけに、集会所の視線が一斉に俺に集まった。喉が乾く感覚を覚えながらも、軍人としての心得で冷静さを保つ。
「そうですね……そもそも出現した理由を考える必要があると思います。原因がわからなければ、何度対処しても同じ問題が繰り返されるでしょう」
俺はできるだけ穏やかな口調で話した。ビスマルク海での戦闘経験から学んだ教訓だ。単に敵を倒すことより、状況の把握と原因の追究が勝利への近道だと。
「町長、何か思い当たることはありますか?」
老人は難しい表情で首を横に振った。
「特には……昔からやってきた通りの祭りだったはずじゃが」
集会所に沈黙が流れる。そのとき、ふいに隣から元気な声が上がった。
「あの、ちょっといいですか?」
陽菜だ。彼女の突然の発言に、俺は少し驚いた。
「なんじゃ、お嬢さん?」
町長が優しく促す。
「町長さん、ちょっと失礼な発言になるかもしれませんが、よろしいでしょうか」
陽菜はいつもの明るい調子で言った。だが、その瞳には真剣な光が宿っている。
「構わぬ。何か意見があれば遠慮なく発言されたい」
「ありがとうございます」
陽菜は深呼吸すると、真っ直ぐに町民たちを見渡した。
「実は、あの日の祭りを少しだけ見せていただいたんですけど……なんというか、形だけになっている感じがしたんです」
陽菜の言葉に、集会所がざわめいた。思わず俺は彼女の肩に手を置き、制止しようとしたが、彼女は続ける。
「市場で売っていたトマトも美味しかったんですよ! でも、どこか……お金のためだけに作っている感じというか」
陽菜の素直すぎる言葉に、町民たちの顔が一斉に怒りで赤く染まった。
「なんだと! 俺たちが丹精込めて作っているトマトに、心がこもってないとは何事だ!」
一人の農夫が立ち上がり、拳を振り上げた。その顔は怒りで歪んでいる。
「貴様、よそ者のくせに!」
別の男も続いた。まずい、このままでは陽菜が袋叩きにされかねない。
俺は反射的に陽菜の前に立ち、彼女を守るような姿勢を取った。
「皆さん、落ち着いてください! 彼女も悪気があって言ったわけではありません」
俺の声に、村人たちの怒りはやや収まったものの、まだ顔には不満の色が残る。
陽菜の鋭すぎる直感は時に人を傷つけることもあるな……。だが、彼女の率直さは時として問題の核心を突くこともある。
「不用意な発言、申し訳ありません。しかし、何の理由もなく怪物が現れたとは考えにくいのです」
理性的な言葉で場を宥めようとする俺の背後で、ひっそりとスイリアが立ち上がった。彼女の銀紫色の髪が、集会所の灯りに照らされてきらめいている。
「私からも、一言よろしいでしょうか」
スイリアの凛とした声に、会場が静まり返った。彼女の存在感は、いつもながら人を惹きつける力がある。
「私は実は……エルフの血を引くものです」
スイリアの告白に、村人たちからどよめきが広がった。エルフはこの地方では伝説の存在で、実際に目にする者は稀だ。彼女の尖った耳は普段、髪で隠されているため、気づかれなかったのだろう。
「エルフ……?」
「あの耳……本物なのか?」
「なんと美しい……」
様々な声が集会所に飛び交う。俺も最初はスイリアがエルフだと知った時は驚いたが、彼女の知性と真摯さに魅かれて、種族の違いなど気にならなくなっていた。
「エルフの目から見て、タジマティアの大地には古くから精霊を呼ぶ地力がありました」
スイリアの声は静かだが、集会所全体に響き渡る。
「もともと表面には現れていなかったのですが、ある時を境に、この精霊の力によってタジマティアは山間部にもかかわらず、農業を発展させることができました」
村人たちは息を詰めて聞き入っている。
「しかし近年、その精霊の力が弱まっているのを感じます」
彼女の表情には悲しみが浮かんでいる。その美しい瞳が少し曇ったように見えた。
「おそらく……陽菜さんが指摘するように、祭りが形骸化したり、儲かる農業にばかり集中した結果、里山に入る必要がなくなり、里山が荒れ放題になりました」
スイリアの分析に、町長が思慮深げに顎に手を当てた。
「うむ……スイリアどのがエルフだということにも驚きだが、それには一理ある」
町長が納得するのを見て、俺も少し安心した。
スイリアの知性と説得力は、時に軍人である俺の力よりも状況を好転させることがある。その姿に心惹かれる自分がいることに気づいて、思わず頬が熱くなった。
「すると、あのアカブトマガスというのは、それに怒った精霊が警告のために出てきたということかね?」
町長の質問に、スイリアは優雅に頷いた。
「私はそのように感じます。皆さんがトマトに丹精込めているのは事実だと思います。ですが、トマトだけに目が行き、それを育てる土壌や環境全体への視点が失われていたのではないでしょうか」
「なるほど……」
町長は深く考え込んだ。村人たちの間にも、最初の怒りが反省へと変わる様子が見て取れた。
「それなら、わしらはどうすればその怒りを鎮めることができるのじゃ?」
スイリアが一歩前に出た。
「まず怪物の討伐と再発防止策は分けて考える必要があります」
軍事作戦のような語り口に、俺は思わず微笑んだ。彼女の冷静な判断力は、時に軍人顔負けだ。
「アカブトマガスは生まれたところに戻る習性があるようです。祭りを行えば、再び現れる可能性が高いでしょう」
スイリアの説明を聞いた町長が、不安げに顔をしかめた。
「それでは祭りを行うのは危険ということか?」
「いいえ」
スイリアは自信を持って答えた。
「むしろ、祭りを利用して倒すべきです。そして再発防止のためには、里山も定期的に手入れし、生態系を正常化させることが必要です」
彼女の言葉に町民たちが頷き始めた。一人、また一人と不安な表情が希望へと変わっていく。
陽菜が小さく拍手をして、「さすがスイリアさん!」と声をあげた。俺も思わず笑顔になった。
感情の起伏の激しい陽菜と、冷静で知的なスイリア。対照的な二人が、お互いを尊重し合う姿は心温まる光景だった。
「よし、それではスイリアどのの言うとおり、祭りで怪物を迎え撃つとしよう」
町長は決意を固めたように言った。
「芦名殿、具体的な討伐方法について何か策はあるかね?」
全員の視線が俺に集まった。陽菜が期待に満ちた目で俺を見つめ、スイリアも静かに頷いている。ここが俺の出番だ。
「策はあります」
俺は立ち上がり、皆の前に立った。海軍時代の作戦会議を思い出しながら、落ち着いた声で話し始めた。
「まず、アカブトマガスの弱点は……」
俺の説明に、村人たちは目を輝かせて聞き入った。かつての部下たちと同じように、彼らの目に希望の光が灯るのを見るのは、なんとも嬉しいものだ。
(この村を救うことができれば、陽菜も喜ぶだろうな……)
そう思いながら、俺は緻密な作戦を練り始めたのだった。
今回は村会議の様子を描いてみました。陽菜の率直さとスイリアの知恵が光る回になったかと思います!
実は里山の手入れや環境保全の話は、現代日本でも大事なテーマです。
自然との共存があってこそ、私たちの暮らしが成り立っているんですよね。
次回は、いよいよ再開される祭りとアカブトマガスとの決戦です! 芦名たちがどんな戦略で挑むのか、お楽しみに!
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