第35話 異世界の市場で郷愁に浸る――タジマティアの朝に響く「道の駅」トーク
朝日を背にしたタジマティアの市場は、活気に満ちていた。
小さな露店がずらりと並び、色とりどりの農作物や工芸品が並んでいる。俺たち四人は、ゆっくりとその通りを歩いていた。
「へええ〜、何だか日本の"道の駅"を思い出す感じ!」
隣を歩く陽菜がキラキラした目で店先を覗き込みながら言った。
「道の駅……? なんだそりゃ?」
俺は思わず聞き返した。昭和の時代にそんな言葉は聞いたことがない。
「うん、日本の地方にはね、農家の人が朝採れ野菜とか加工品を直売する休憩スポットがあるの」
陽菜はぱっと顔を上げ、両手をぐるぐる回しながら熱心に説明し始めた。
「ほら、こういう風にトマトとか、そば粉のお菓子とか並んでて、地元の人が集まってワイワイする感じ……そっくりかも!」
照れくさそうに頬を赤らめながらも、彼女はあちこち指さして日本との比較を続ける。
真っ赤に熟れたトマトを指して「会津の南郷トマトに似てる!」と叫んだかと思えば、向こうの屋台を見つけては「あれは会津の郷土料理みたい!」と目を輝かせる。
陽菜のこういう無邪気な姿を見ていると、思わず微笑んでしまう。現代日本から転移してきた彼女にとって、似た光景が目に入るとやはり嬉しいのだろう。
故郷を思い出すというのは、兵士であっても同じことだ。
「へえ、陽菜の世界でもこんな風に野菜が並んでるお店があるんですね」
スイリアが淡い紫がかった銀髪をなびかせながら、興味深そうに言った。エルフの血を引く彼女の尖った耳がぴょこんと動く。
「しかも、道の駅には『ご当地ソフトクリーム』ってのがあってね! 例えば会津だと、なにか絶品のソフトクリームとかあるはずだよ、さだっち!」
突然振られて、思わず肩をすくめた。
「そふとくりーむ?アイスクリームなら知っているが……。すまん、よくわからん。」
正直に答えると、陽菜はあからさまに落胆した表情を見せた。
しかし、すぐに「そっか、そうだよね!」と笑いながら別の話題に移る。その柔軟さが、彼女の持ち味だろう。
俺は改めて市場を見回した。
戦時中の日本では見かけることが少なくなっていた活気あふれる市場の光景。ここには戦争の影も感じられない。
皮肉なことに、異世界に来てから平和な日常を味わうことが多くなった気がする。
ちょうどそこで、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。目の前の露店では、薄く焼いた茶色い「そば粉せんべい」が並んでいる。
陽菜が例によって「これ日本の"そばクレープ"みたい!」と目を輝かせた。
「え、そば……くれーぷ? なんだかよく分かりませんが、食べてみるといいですよ。うちのは甘辛味噌ダレを塗ってるんです。一本10ガルドです」
店主が差し出すと、陽菜は即座にポケットからがさごそと硬貨を取り出して支払い、笑顔でせんべいを受け取った。
彼女がガブリと一口かじると、「んっ……美味しい!」と声を上げる。その素直な表情を見ていると、こちらまで味が分かるような気になる。
「日本の会津にも"みそ田楽"とかあってね、こういう甘い味噌を塗ったのあるの。似てるんだけどちょっと違う……不思議に美味しい!」
陽菜の話を聞いていると、俺もつい興味が湧いてきた。
「"みそ田楽"ってのは、どんな感じなんだ?」
何気なく尋ねると、陽菜はまるで待っていたかのように目を輝かせて説明し始めた。
「お豆腐に味噌ダレを塗って焼くんですよ! 会津なんかじゃ、ニシンの山椒漬けとか、こづゆとか、郷土料理が有名で……」
彼女の話は止まらない。手振りも加わり、次第に早口になっていく。エネルギッシュな姿に、思わずくすりと笑みが漏れた。
「こういう話は尽きなさそうだにゃ」
ミアがクスクス笑いながらツッコミを入れると、陽菜はハッとしたように口を手で覆い、頬を紅潮させた。
「ごめんね、止まらなくて。でも、日本の"道の駅"巡りとか、郷土食べ歩きはほんとに楽しいんだよ〜。いつかみんなで日本に戻れたら、一緒に会津に行きたいな……」
その言葉に、妙に胸が熱くなる。陽菜の口から「戻れたら」という言葉が出るのは珍しい。彼女も、自分の世界に帰る希望を失っていないのだ。
「そうですね……もし本当に行けたら、会津という場所も見てみたい。このタジマティアと同じように、畑が広がってるのかしら?」
スイリアの優しい声に、陽菜はますます話に熱が入る。
「そうそう、広い田んぼとか、あと鶴ヶ城っていう綺麗なお城もあって、赤べこの人形も有名だし……」
彼女は話しながら、さっき買った赤い牛の置物をゆらゆらと振る。店主が「そいつはアカベコっていって、幸運を呼ぶんだよ」と笑みを浮かべながら言った。
確かにここタジマティアには、日本の会津地方と似た情景が広がっている。これは偶然なのか、はたまた何か深い因果があるのか。考えれば考えるほど謎は深まる。
市場で十分に買い物を堪能した後、夕暮れが近づいてきた。
オレンジ色の夕陽が町を染め始め、店主たちが徐々に店を片付け始めている。
それでも陽菜の話題は尽きず、日本との比較が次々と飛び出す。
「こっちの柿は会津の柿に似てるけど、ちょっと甘みが濃いかも!」
「この木工品は、会津塗の技法に通じるものがありそう!」
「農家さんの直売所って、駅とか高速道路のサービスエリアみたい!」
初めは彼女の止まらないおしゃべりに戸惑いもしたが、今ではその無邪気な興奮が微笑ましく感じられる。スイリアは新しい知識に胸を躍らせ、自分の知るエルフ文化との違いを考えているようだ。
「日本ってところ、にゃんだか面白そう」
ミアが尻尾をぴょんぴょん揺らしながら楽しそうに言う。その様子に、なぜか懐かしさを覚えた。白雪の艦内で、故郷の話に花を咲かせていた若い水兵たちのことを思い出す。
陽菜が「今日の夕飯は何を作ろうか?」と皆に相談を持ちかける。
「よーし、今日はこの"南郷トマト"使ってパスタみたいなの作りましょうよ! 私、やり方ちょっと覚えてるから!」
陽菜の提案に、思わずため息が出る。
「おいおい、俺がまた荷物持ち+料理のお手伝いか……」
口では文句を言いながらも、内心ではそんな日常が愛おしくもある。かつての厳しい軍務と比べれば、これくらいの家事など些細なことだ。
「ふふっ、でも芦名さんのおかげで荷物たくさん買えましたし! 今日は豪華にいきましょう」
スイリアが優しく微笑む。大柄な俺を見上げる彼女の姿が、どこか健気だ。
市場の通りを抜けながら、4人の笑い声が夕暮れの空に溶けていく。
陽菜の日本トークはまだまだ尽きそうにないが、この穏やかな時間こそ、異世界での生活で大切にしたい瞬間なのだと思う。
日本の会津と似た風景を持つタジマティア。いつか元の世界に戻れるとしても、きっとこの場所のことは忘れないだろう。そして、ここで出会った彼女たちのことも。
異世界と日本の会津が重なり合う不思議な設定、お楽しみいただけましたでしょうか。
ちなみに、ソフトクリーム自体は芦名の世界にも存在していましたが、日本に上陸したのは戦後の1951年なので、芦名さんはまだ知りません。
次回は、いよいよ「アカブトマガス」の封印に向けた準備が始まります。タジマティアの平和を守るため、4人の冒険は新たな局面へ!
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