表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/61

第3話 大雪の朝、私は洞窟で目を覚ました

Side Hina


「……いったぁ〜。いや、いたくない? え、なにコレ……? 夢じゃないよね?」


 背中に伝わる岩肌のごつごつした感触が、あまりにも生々しくて背筋がゾクリと震えた。うちは福島県会津若松市に住む高校2年生の天音陽菜って名前なんだけど……今のこの状況、どう考えてもおかしすぎる。まだ意識がぼんやりして、頭の中が霧みたいに真っ白になっちゃってる。


「雪かきしてたはず……だよね? なのに、なんでこんな洞窟っぽい場所で寝転がってんの……?」


 あまりに混乱して、自然と口から独り言が漏れる。周囲を見回そうとしても真っ暗で何も見えない。その暗闇に、なにか得体の知れない気配を感じて鳥肌が立った。


 とりあえず制服のポケットからスマホを取り出し、画面の光を頼りに周囲を照らしてみる。青白い光が漏れると同時に、ひんやりとした空気が肌をなでた。


 すると、薄暗い洞窟のような空間が広がっていることが分かった。天井まで続く岩壁は青みを帯びて冷たく湿っていて、どこかからポタポタと水滴が落ちる音が聞こえてくる。壁には不思議な鉱物が埋め込まれたように光っていて、スマホの光を反射して瞬いている。


(え、どしたん、コレ……? うち、マジでさっきまで雪かきしてたはず……?)


 混乱した頭の中で、今朝の記憶がぼんやりと浮かんできた。





——大雪の朝


 今年の降雪量は異常だと、テレビでもラジオでも騒いでいた。会津若松市の中心部でも1メートルを超えていると言っていた。


 ああ、いやな予感がする。


 雪国の会津では、よっぽどのことでない限り、大雪を理由に休校なんてならない。うちはいつも通り制服にコートを羽織って家を出ようとした。それが、地獄の入口だったわけだけど……。


「え、マジやばいんだけど? これ、どうすんべ……無理ゲーすぎね?」


 玄関を開けた瞬間、うちの身長よりも高く積み上がった雪の壁が立ちはだかった。夜間に除雪車が通ったおかげで、家の前の通りは一応通れる。


でも、その除雪車が道の両側に押しのけた雪の壁が、家の玄関先にも豪快に積み上がっちゃってる。


 はぁぁ、やっぱりかぁ……いやな予感が的中したわぁ……。


 深いため息をついて、がっくりとうなだれるが、うなだれても何の解決にもならない。ただただ白い息が蒸気のように自分にまとわりつくだけである。


 しょうがねぇなと、除雪道具であるアルミのシャベルとスノーダンプを物置から引っ張り出した。


「今日の雪、ベッチャベチャで重っ! マジでしんどいんだけど〜。腕がプルプルするの、あと三秒で限界ぅ~!」


 外は氷点下のはずなのに、雪はやたら水分を含んでて重い。まるで鉛でも運んでるみたいに腕に食い込んでくる感覚。除雪道具を使っても思うように進まず、腕と腰にズシンと負担がきた。


このあたり一帯から聞こえる雪かきの音と、ため息まじりの声。ああ、もうこれは会津人の宿命さだめだって、半ば笑うしかなかった。


 それでも数十分かけて、ようやく人が通れるだけの道をこしらえた。


雪かきという重労働の後は、体が火照って汗がにじみ出る。


うちは暑くてたまらなくなり、コートを雪の山の上に脱ぎ捨てた。


「あ〜、づがれだ〜! これから学校さ行ぐのマジかったるいな…… つか、もう休みにしねぇ? この間買った本、続きを読みたいなぁ……」


 そう弱音をこぼしてから、なんとなく視線を遠くの横断歩道へ向ける。そこに、一人のじいちゃんがフラフラ歩いているのが見えた。すべすべに踏み固められてツルツルになった雪道……転んだら大事になるかもしれない。





(あのじさま(おじいさん)、大丈夫かな……?)


 そう思った瞬間、じいちゃんは足を滑らせて思いっきり転倒。背中か腰を打ったのか、すごく痛そうに顔をゆがめている。しかし周囲は車通りが多いだけで、声をかける人は誰一人いない。


「じっちゃん、大丈夫!? これ、マジでやばいんじゃね?」


 うちは雪かきで疲れた身体を引きずるようにして、急いで駆け寄った。雪に足を取られないよう気をつけながら、倒れたじいちゃんに手を差し伸べる。


「さすけねぇ、さすけねぇ……。」


 さすけない(大丈夫)と言いながらも、腰を強く打って立てそうになさそうだったので、申し訳なさそうにするじいちゃんの手を起こそうとした、


そのとき。


遠くからじゃりじゃりとチェーンの音と重たいエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。


 それはホイールローダー型の除雪車。普通だと雪をかきながらゆっくり走ってくる……はずが、妙にスピードが出ている。


よく見ると、運転席にいる作業員が慌ててハンドルを切ってる。どう見てもブレーキが効いてない。


(やばい……止まらない!?)


 道路は下り坂で、しかもアイスバーン状態。


除雪車はむしろ坂を下る勢いで加速して、こっちに突っ込んでくる。


黄色い車体が太陽の光を反射して、まぶしいほどに輝いている。


 うちは咄嗟にじいちゃんを道路の端へ突き飛ばした。


「ま、まずい!」


 でも、その拍子でうちも足を滑らせてしまう。視界の端に巨大な車体が迫り、悲鳴を上げようとしたけど、声は途中で途切れた。


時間がスローモーションになったように感じる。


雪面に反射する光、除雪車のエンジン音、そして自分の心臓の鼓動がひとつに混ざり合う。


「しまっ——」


 ドンッという衝撃。それから視界が真っ暗になり、意識が底なしの闇へ落ちていった。最後に聞こえたのは、誰かの必死の叫び声だった気がする。






——そして今


「……そういや、除雪車に轢かれたんだっけ……?」


 洞窟のような場所で目を覚ましたうちは、混乱を隠せない。生きてるのか死んでるのかもよく分からないし、痛みらしいものがまったくない。


スマホで自分の身体を確認しても、制服にも肌にも傷は一つもない。制服のチェックのスカートも、ブレザーも、全て無傷のまま。


「え、ちょ、待って! なんだべコレ!? つか、うち、マジで生きてんの?」



スマホを取り出し、反射的にSNSを開こうとする。「#やばい #異世界転生? #助けて」なんてタグを付けて投稿したい衝動に駆られるけど、当然圏外で画面には大きく「圏外」の文字。GPSも動かない。


スマホのバッテリーはまだ87%あるから、しばらくは光源として使えそう。


 まさか夢落ち? と思いたいけど、ここに感じるひんやりした空気や、どこかから滴る水音はあまりにリアルだ。鼻をくすぐる湿った土の匂いも、夢にしては生々しすぎる。


「……もう勘弁してよ…… 夢だったら早く覚めてくれないかなぁ?」


 そう呟いても、現実は変わりそうにない。冷たい岩壁、湿っぽい空気、そして何よりこれまでに嗅いだことのない土と苔の匂いが鼻を刺激する。完全に、あの雪国の朝とは別の世界みたいだ。


 耳を澄ましてみると、暗闇の奥からかすかな物音が聞こえる。足音のような……風が岩肌に吹き込む音のような……何とも言えない不気味さがある。心臓が早鐘を打ち始めた。


「……え? なんかいる!?」


 思わず声が洞窟の壁に反響して、びくっと身がすくむ。自分の声が何倍にも増幅されて戻ってくるのが余計に怖い。スマホのライトが一瞬何かを捉えた気がしたけど、正体はわからない。岩の裂け目にコケが生えてるだけかもしれないし、生き物が隠れてるのかもしれない。


(やだやだ、こんなとこで遭難するとかマジ勘弁…… 映画みたいに洞窟モンスターに食べられるんじゃ……)


 心臓がドキドキして、喉がカラカラになる。


けど、怖がっても始まらないし、どうやらこの世界(?)に放り込まれたっぽいなら、まずは状況を確かめないと。

昔、担任の先生が遠足で言ってたっけ。「迷子になったら、むやみに動かず助けを待つのが基本」って。でも、ここで助けなんて来るわけがない。



「うわぁ…まさか本当に異世界転生? 最近読んだラノベみたいな展開?」


思わず自分でツッコミを入れつつも、どこか期待している自分がいることに気づく。日常のルーティンから解放された感覚。でも同時に、家族や友達を思うと胸が痛む。


「お母さんとお父さん、心配してるだろうな…」


呟きながら、スマホのギャラリーを開いて家族写真を見つめる。お正月の初詣の時の写真。いつも明るく振る舞う自分と、優しく見守る両親。一瞬、涙が滲みそうになるのを堪える。


「…でも、ここで泣いてる場合じゃないよね」


引き締まった表情で、陽菜は前を向いた。


「……よし、とりあえず進むしかないか……」


 声に出すと、不思議と少し勇気が湧いてきた。洞窟内の冷たい空気が肌を撫でていくのが分かる。その瞬間、また何かが蠢くような音が聞こえたけど——気にしてる余裕はない。


(うち、まだ死んでないし。除雪車に轢かれたはずなのに無傷って、どういうこと? でも、真実はこの先を探らなきゃ分かんない。)


 スマホの灯りだけを頼りに、うちは震える足で洞窟の奥へと一歩を踏み出した。不安で仕方ないけど、ここに留まるよりマシなはずだ。


——これが、異世界か何なのか、まだ分からない。けど、何かがうちを呼んでいる気がしたんだ。


 足下の岩肌はひんやりと冷たく、所々濡れていて足を滑らせそうになる。スマホの光が届く範囲は限られていて、洞窟の全体像はまったく掴めない。


ただ、奥へ進むにつれて微かな光のようなものが見えてきた気がする。


「あれって、出口? それとも……」


 期待と不安が入り混じる中、うちは一歩また一歩と慎重に歩を進めていった。


第3話をお読みいただき、ありがとうございます!


天音陽菜ちゃんは、会津の方言や高校生らしい言葉遣いで表現してみました。「あたし」じゃなくて「うち」と言うところや、会津弁を少し散りばめてみたのですが、いかがでしたか?


実は私も会津出身で、がちがちに凍ったアイスバーンでしりもちをついて痛い思いをしたことは数知れず(笑)。陽菜ちゃんの雪が積もってうんざりする気持ち、すごくわかります。


次回は、この洞窟の奥で陽菜ちゃんが何を見るのか…そして、もう一人の主人公・芦名さんとの出会いがどうなるのかをお楽しみに!


お互い全く知らない時代の人間同士、最初はどんな反応をするでしょうね?


読者の皆さんにお願いです!

もし良かったら感想やコメントをいただけると嬉しいです。


特に会津地方の描写や方言について、現地の方からのアドバイスなどあればぜひ教えてください。より良い作品にしていくために参考にさせていただきます!私は会津人ですが、会津弁は下手っぴなので(笑)



また、少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや感想、評価ポイントなどをいただけると大変嬉しいです。


「良かった」「このキャラクターの言動が印象的だった」など、ほんの一言でも構いません。


読者の皆さんの声を聞くことで、より良い物語を紡いでいけると思っています。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女子SIDE(女性向けリライト版)を読みたい方はこちら
https://ncode.syosetu.com/n3449kj 陽菜外伝「陽菜の歴史好きJKの日常 ~歴史に恋する私の放課後~」
https://ncode.syosetu.com/n0531kk/ スイリア外伝「白き手袋の癒し手 〜エルフの医師と小さな村の物語〜」
https://ncode.syosetu.com/n9642kj/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ