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第13話 昭和と令和の隔たり ―異世界で交わる時代の会話―

風薫る道をタジマティアへと歩く我々の横を、青みがかった葉を持つ木々が揺れていた。


朝露の香りが残る空気が心地よく、どこか故郷の匂いにも似ている。



「さだっち……さんは、海軍の軍人さんって言ってたけど、やっぱり戦艦に乗っていたんですか?」



突然の質問に振り向くと、陽菜が好奇心に満ちた眼差しで俺を見上げていた。その澄んだ瞳に、一瞬たじろぐ。


「あー、戦艦ではなく、駆逐艦だ」


「くちくかん……? ってなんですか?」


首を傾げる仕草が猫のようで、思わず口元が緩む。


「一般的に戦艦は大きく・重武装・低速なフネなのだが、それと比べると、駆逐艦は小さく・軽武装・高速なフネだ。戦艦より武装は弱いが、小回りが利いて速く動き回れる」


腰に下げた軍刀を無意識に撫でながら答える。あの駆逐艦「白雪」の甲板に立っていた記憶が鮮明に蘇ってきた。


「へぇ~、海軍とか自衛隊の船って、全部戦艦だと思っていたけど、違うんですね。ちなみに速いって何キロくらい出るんですか?」


「まぁ一般人の認識はそんなもんだろうな」


陽菜の無邪気な質問に思わず微笑んでしまう。軍服の襟元を軽く正しながら、胸を張る。


「私が指揮していたのは、駆逐艦白雪というのだが、白雪の最高速力は38ノット、時速に直すと70キロくらいだ。当時としては最速の部類に入る」


白雪での日々が脳裏を過ぎる。荒波を切り裂きながら進む艦の振動、潮風の匂い、そして戦場の緊張感……。


「そうなんだ。船だとそのくらいが速いって言えるんですね」


彼女の言葉に我に返る。陽菜は身体を前に倒しながら、腕を大きく振って歩いていた。


その姿に、なぜか懐かしさを覚える。


「ひ……、お、お嬢さんの世界の乗り物で一番早いのはどれくらいの速度が出るんだ?」


陽菜、と呼ぼうとして、思わず言葉を飲み込んだ。


なぜこんなに緊張するのか自分でも分からない。上官や部下と話す時のような気負いを感じる。


「あ~、私は乗り物に詳しくないけれど、マッハという単位があって、戦闘機だと、マッハ2とか3とかだったような? で、マッハって確か音速を超えていたと思うから、そのくらいかな?」


「音速を超える……だと?」


思わず立ち止まる。木漏れ日が彼女の髪に揺れ、金色の輝きを与えていた。


「確か音速は340m/秒だったから、時速にすると1220km/時か。音より先に着くってなんだか信じられないが……」


胸の内で複雑な感情が渦巻く。帝国海軍の技術者たちが夢見た世界が、彼女の時代には当たり前になっているのか。


「私も乗ったことはないから知らないです。普通の飛行機だと、東京札幌で1時間半くらいで着くから、えっと何キロくらいかな?」


「東京札幌で1時間半…だと?」


頭の中で地図を広げ、計算してみる。


「東京札幌は、ざっと800kmくらい、それを1時間半で着くとなると、平均速度で530km/時か。確かにわが軍の零戦の最高速度がそれくらいだから、それを民間の飛行機で平均的に出せるとはすごい進歩といえるな」


感嘆の声を上げながらも、心の片隅では寂しさも感じていた。技術の進化を見届けられなかった無念が、ふとよぎる。


「ちなみに、電車だと時速300kmを出す新幹線というのもありますね。東京大阪間だと2時間半くらいかな?」


道端に咲く青い花を指差しながら、陽菜は楽しそうに続ける。


その笑顔に、未来への希望のようなものを見た気がした。


「300キロって、それはもうわが軍の輸送機と同じくらいの速度じゃないか。それが陸上を疾走するとは、まるで弾丸のごとくだな」


手を広げて大きさを表現してみせる。


「俺の知っている特急燕だと、東京大阪間8時間20分なのに、たったの2時間半とは…。なんというか、とてつもないな」


「8時間ってwwww、もうそれで1日終わっちゃいますね! めっちゃやばいです!」


陽菜は両手を広げて大げさなリアクションをする。その仕草に思わず笑みがこぼれた。


「でも、これも、さだっちたちの世代が戦後頑張って日本を復興したおかげなんですよ。特に新幹線は、零戦で培った技術を用いて作られたって聞きました!ありがたいことです」


「……」


ありがたいと言われても、実感がない。どこか上の空で頷いた。


「(めっちゃやばいとは? 未来の言葉は分からないことが多いな……)ありがたいといわれても、実感がないから、なんともいえないけどな。でも、零戦の技術が使われたということは、やっぱり戦争に負けても技術は生き続けたわけだな。日本民族が滅びることなく続いて本当に良かった」


「確かに、そうですね。日本民族、とかそんなことってあんまり考えたことなかったけど、そういわれてみると本当に良かったです」


俺にとって、陽菜の言う未来の世界は夢物語だ。そう思いながらも、この異世界で彼女と歩む道のりが、不思議と心地よく感じられた。


ふと思いついて、陽菜のことについて質問してみることにした。


「ひ、お嬢さんは、高校生って言っていたが、高等女学校のことか?」


陽菜という名を呼ぼうとして、また言葉に詰まる。なぜこんなに緊張するのか。


「あ、そうか、学制改革が戦後あったから今とは呼び方が違うんだっけ」


陽菜はくすりと笑い、少し考え込む素振りを見せた。その表情が妙に大人びて見えた。


「ええっと、たぶんそうです。年は17才です」


「そうなのか。ふーん、高校生か……」


俺の時代の高校生といえば、男子限定で思春期特有のバンカラな連中ばかり。髪を伸ばし、ぼろぼろの学ランを着た粗暴な若者たちの姿が思い浮かぶ。


だが、目の前の陽菜はそれとはまるで違う。女子の高校生とはこんな感じなのか。


珍しいものを観察するように、つい陽菜の顔をじっと見てしまう。丸い瞳、少し朱色を帯びた頬、そして現代的なヘアスタイル。


時代を超えて出会った少女の姿に、思わず見惚れてしまう。


「ちょっ、あんまりじろじろ見ないでくれます!? 恥ずいんですけど?」


陽菜は赤い顔をして、自分を守るように両腕を胸の前で交差させた。


「(ハズイ…? ああ、恥ずかしいって意味か)はは、すまんすまん」


慌てて視線をそらす。


「俺のいたころと同じ日本人でも、なんか違うなぁと思ってな。やっぱり時代が違うと変わるんだな」


「まぁそりゃそうかもしれないね。昔の人の文章ってどことなく書いてあることが小難しくて読めないし…」


「小難しい…? どの辺が…?」


不思議な言葉に首を傾げる。


「うーん、何て言うのかな、表現が古風というか、漢文っぽいっていうか、○○で候、とか、書き言葉が漢文みたいで難しいなぁって気がする……」


陽菜は目を細めて説明しようとしている。その仕草が愛らしい。


「でも、さだっち……さんと話している感じは意外とそんな感じしないよね」


「まぁ話し言葉と書き言葉は違うからな」


陽菜が自分を「さだっち」と呼ぶことに違和感があったが、そのカジュアルさがどこか心地よくもあった。


「ところで、漢文は習わないのか?」


「習わないわけではないけど、大学入試も私立だとやらなくてもよくなっている場合も多いかな。うちは国立志望だからやっているけど」


「そうなのか」


空を見上げながら応える。目の前の少女が「現代」という未知の世界からやってきたことが、ようやく実感として沸いてきた。


「俺の時、ああ、海軍兵学校という学校なんだが、それは漢文は必須だったな。それに、インテリは、漢文を嗜んでいるのが通だった。時代は変わるもんだ」


ふと懐かしさに浸る。兵学校の教室で、みんなで漢文を音読していた記憶が鮮明に蘇ってきた。


「英語はどうなんだ?」


「英語は、文科系でも理科系でもどっちでも必須です。さだっちは英語はやったんですか?」


「無論だ。海軍士官たるもの、英語がわからなくては話にならん。日本海軍はイギリス海軍を範にしているからな」


胸を張りながら答える。

「俺の時は、英文和訳、和文英訳及英文法、代数、幾何、国語漢文及作文、地理、日本歴史、外國歴史、物理、化学が試験科目だったな」


「ああ、でも、その辺はやっぱり今の国立大学と同じくらいの範囲なんですね」


「国立というと、字面的に帝大とか官立学校という感じか。まぁ、海軍兵学校といえば、東京帝大と同じくらいのレベルだから、無理もない」


思わず鼻を高くしてしまう。青春の誇りが、ふとよみがえってきた。


「東京帝大って東大のことだよね。東大と同じくらいって、さだっちすごい頭いいんだね」

陽菜の素直な驚きに、照れくさい気持ちになる。


「まあな」


本心では、「そんなでもない」と言いたいところだが、少し調子に乗ってしまった。


「私も受験勉強頑張んなきゃなぁ…。まぁ元の世界に戻れたらだけど」


陽菜の声が少し沈む。その言葉に、現実の重さをあらためて感じた。我々はいずれ別の世界に戻らなければならない。そう思うと、なぜか胸が締め付けられる。


「まぁ、何とかなる方法を見つけてみよう。俺にとって頼れるのはひ、陽菜だけだ、よろしく頼むぞ」


ようやく名前で呼ぶことができた。俺はそう言って、ぎこちなく笑ってみせる。それを見た陽菜もにこりと笑顔になると、元気よく応えてくれた。


「そ、そうだね、私にできることがあるかわからないけど、頑張りますね!」


朝日が木々の間から差し込み、二人の顔を柔らかく照らす。タジマティアまであと少し。俺と陽菜の異世界生活は始まったばかりだ。


こんな異世界に来たということは、もしかしたら何か意味があるのかもしれない。そう思いながら、俺は前を向いて歩き続けた。

お読みいただき、誠にありがとうございます!


皆さんの応援が私の創作の原動力となっています。


少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや感想、評価ポイントなどをいただけると大変嬉しいです。


「良かった」「このキャラクターの言動が印象的だった」など、ほんの一言でも構いません。


読者の皆さんの声を聞くことで、より良い物語を紡いでいけると思っています。

よろしくお願いいたします。

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