第12話 軍人と女子高生、異世界での第一歩
ネ申を映す画面がぱっと消えると、再び辺りは静寂に包まれた。突然の沈黙が訪れ、先ほどまでの騒々しさが嘘のように感じられる。
森の木々が風に揺れ、微かなざわめきが耳に届く中、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
本当に自分たちは異世界へ飛ばされてしまったのだ。
まるで夢を見ているかのような非現実感と、それを打ち消すような圧倒的な不安が俺の心を覆い尽くした。
俺と陽菜は互いに視線を交わしたものの、なんとなく気まずい空気が漂った。
俺たちは、それぞれ何か言うべき言葉を探していた。
俺はわざとらしく「コホン」と咳払いをしていった。
「ちくしょう……本当に異世界に来てしまったのか」
呟きながら、俺は自分を落ち着かせるために刀の柄に手をやった。
かつての駆逐艦「白雪」の艦長として、俺は常に最悪の事態を想定する癖がついていた。
だが今回ばかりは、想定外も良いところだ。
「えっと……」
隣で少女が俺を見上げている。さっきまで狼の群れから必死に逃げていた彼女だ。
校則違反とも思える染めた茶色の髪、膝上丈のスカート、そして「高校生」を名乗るその若さ。
俺の感覚からすると考えられない格好だ。
俺は自分がどれだけ時代遅れの人間かを思い知らされる。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。とにかく、協力して状況を打開しなければ。
「そういえば、まだ正式に自己紹介していなかったな」
緊張を解きほぐすように、俺は咳払いをした。
「改めて……になるが、俺は芦名定道。大日本帝国海軍の駆逐艦『白雪』の艦長——だった」
言いながら、ふと首を傾げる少女の姿が目に入った。
考えてみれば、彼女の生まれる何十年も前に、俺は戦死したはずだった。
なんとも不思議な因果だ。それに、白雪が沈没してしまった今、俺はただの人でしかない。
「かつては艦長と呼ばれていたが……今は、君と同じく、この世界に放り込まれた"転移者"というわけだ」
不器用ながらも笑顔を作る。普段部下に見せることのない表情だ。
少女は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。その表情には、状況の深刻さとは不釣り合いな明るさがあった。
「天音陽菜です! 17歳の高校生です☆ さっきは本当に助けてもらってありがとうなし……じゃなかった、ありがとうございました!! 改めて、よろしくお願いします!」
明るく礼をする陽菜に、俺は思わず目を見張った。
明るさの中にも、どこか強さを感じさせる。この異世界での最初の仲間は、こんな現代の少女なのか。
「あの、さだっちさん……芦名さんのことは何て呼べばいいですか?」
愛称に、俺は思わず眉をひそめた。「さだっち」? 海軍将校を何と呼ぶ。だが、彼女の無邪気な瞳を見ていると、怒る気も起きない。それに、それで少しでもこの子の気がまぎれるならば何でもいい。
「もうさだっちって呼んでるじゃないか……」
思わず苦笑しながら、俺は肩をすくめた。
「まぁ好きに呼べばいいさ。さだっちでいいぞ。それと、敬語はなしでいい」
「そ、そうですか、では、さだっちで。うちのことは陽菜って呼んでね☆」
そう言って彼女は、わけのわからないポーズをとった。
人差し指と中指を目の横でくるりと回す仕草——未来の若者の挨拶なのだろうか。俺の時代では考えられない行動だが、逆に新鮮だ。
「うーん、女性をいきなりファーストネームで呼ぶのはちょっとな…。まぁ善処しよう」
「善処ってwwww まぁ、いっか」
彼女の反応に、俺は少し戸惑った。なんとなく時代の差を痛感する。
とはいえ、今は状況を整理しなければ。俺はマップを確認しながら、陽菜に尋ねた。
「君は若松出身と言っていたが、この辺りに土地勘はあるのか?」
「若松市内しか分からなくて……ここはまったく未知です。でも若松方面へ行ければ、きっと何か役に立てると思います!」
彼女の声には、少しの不安と、それを打ち消そうとする元気さが混ざっていた。
家族や友人と突然引き離された少女の気持ちを考えると、胸が痛む。
俺も、白雪の乗組員たちとの別れを思い出していた。
「なるほど……ならば、あの変な神様が言っていたタジマティアという街を目指そう」
俺は決意を込めて言った。
「そこで情報を集めれば、君の知る若松の手がかりも見つかるかもしれん」
陽菜はほっとした表情で頷いた。
「そうですね! もし地形が似ているなら少しは役立てるし、異世界の若松を見られるのも楽しみです!」
彼女の明るい言葉の裏に、故郷への思いが隠れているのを感じた。
俺も、静かな海を眺めながら艦上で過ごした日々を思い出す。
二人とも、帰れない世界を持つ者同士——そう思うと、不思議な連帯感が芽生えた。
「あれ、これ何ですか?」
陽菜が興味深そうに見つめているのは、目の前に浮かび上がった半透明のスクリーンだった。どうやらネ申が残していった「ステータス」なるものらしい。軍艦でいえば、計器類のようなものか。
「これ、本当にすごいですよ! マップや持ち物、自分の能力まで表示されるんです! まるでゲームみたいです!」
陽菜の目が輝いている。未来の若者らしい反応だ。俺も試しに同じように念じてみると、確かに透明な画面が現れた。
「確かに不思議な技術だ」
俺の画面には「芦名定道」の名と、いくつかの「能力値」なるものが表示されていた。「刀術:上級」「指揮能力:特級」「戦術:上級」など、思わず苦笑してしまうような項目ばかりだ。
「地形は表示されるが、細かい町の情報は出ないな。どうやら実際に行ってみるしかないようだ」
「まるでRPGみたいですね!」
陽菜は嬉しそうに言った。
「RPGとは何だ?」
「あっ、そうか、さだっちの時代にはないんだよね。えっと、ロールプレイングゲームと言って……」
陽菜は熱心に「ゲーム」なるものを説明し始めた。どうやら未来では、冒険を疑似体験できる遊びが流行っているらしい。
「自分が主人公になって冒険するんですよ。こんな風に色々表示されるんですけど、使える魔法や技も決まっていて、MPっていうエネルギーを消費するんです」
「ふむ、魔法か……」
俺は陽菜の話を聞きながら、自分のステータスをもう一度確認した。「魔法適性:中級」の文字が見える。
「確かに説明には念じるだけで使えるとあるな。ただ、使いすぎると消耗するようだ」
ゲームとはいえ、航海の資源管理に似ている。燃料や弾薬を計画的に使わなければならない海軍の心得と同じだ。
「さて、移動手段が問題だな……」
俺は周囲を見回した。目の前には険しそうな山がそびえ、その麓に細い道が伸びていた。帝国海軍の訓練は厳しいものだったが、正直、山岳行軍は得意ではない。
「あの山を越える必要があるようだが、徒歩だと5時間以上かかるかもしれないな。君は大丈夫か?」
陽菜は少し困ったような表情を見せた。
「5時間かぁ……なんか中田浜を思い出すな……」
「中田浜とは何だ?」
「通っている高校で中田浜競歩大会っていうイベントがあるんですけど、37キロも峠道や山道を歩いて本当に辛かったんです……」
彼女は勉強だけでなく、体育の訓練も厳しい学校に通っていたようだ。海軍兵学校と似ているかもしれない。
「最後は足が棒みたいで、友達と励まし合いながら必死でゴールしたのを覚えてます。もう二度と歩きたくないって思ったのに……」
陽菜はため息交じりに言った。
「まぁ、とりあえず今日中には人里に降りられるようだから、今日の晩は宿でゆっくり眠れることを目標に頑張ろう」
俺は不器用ながらも、励ますつもりで笑顔を作った。
「それに、夜に森にいるのは危険だからな。何としても辿り着かねばならん。いざとなれば、俺の刀と、君の回復魔法で何とかなるだろう」
陽菜は私の表情を見て、ぷっと吹き出した。
「そうですね、よし!いっちょ頑張るか~!」
彼女は元気よく拳を振り上げた。その姿がまぶしく見える。果たして、この異世界でこの少女と俺はどこまで行けるのだろうか。
未知の旅路に対し、俺たちは期待と不安を胸に、静かに歩き出した。この世界での第一歩を踏み出したのだ。
(よし、異世界でも海軍軍人の誇りを忘れずに、彼女を必ず守り抜いてみせる)
俺は固く心に誓った。
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