表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鳥と花

今世は完璧な淑女と称えられていたのに、前世の一羽だけ転んで遅れて溝に落ちてしまったドジっ子の雛カルガモのポンコツが降臨してしまいました

作者: 三香

「ピヨピヨ!」

 小さな男の子が私を見て叫ぶ。


 私のことも、ひーににちゃも、ふーににちゃも、みーににちゃも、よーににちゃも、いーににちゃも男の子にとっては全部ピヨピヨ。


 黒いカラスもほっぺの丸が可愛いスズメも小走りのセキレイも、全ての鳥を男の子はピヨピヨと呼ぶ。


 だから、この日も男の子は、

「ピヨピヨ! がんぱれぇ〜!」

 と、私とひーふーみーよーいーの5羽のににちゃと先頭を歩くお母さんに向かって大きな声で応援してくれた。


 今日はお引越し。

 カルガモの親子である私たちは、池から川へと引っ越しをするのだ。


 初夏の風が吹く。

 道端には、鮮やかな矢車草や桜に似た可憐な桜草、たん、ぽん、ぽん、鼓を打つ音のようなたんぽぽの名残りの花、それから物思いにふけるみたいに俯く花の紫色の花色が美しい菫が風に揺られて咲いていた。


 トコトコ。


 母鳥の後ろに行儀よく続き、時々列を右に左に外れた雛カルガモのににちゃが脚を高速回転させてダッシュギューンと戻って来る。


 でも、私の短い脚はににちゃたちのように速くない。しかも私はドジっ子で、平坦な道でもすってんころりと何度も転ぶ。一列に列をつくるカルガモ親子で、よく一羽だけ遅れる雛カルガモがいるけど私はまさに〈それ〉で、凄く凄くトロかった。


「「「「「ぴー!(俺の妹っ!)」」」」」

 と瞬時に、ににちゃたちが助けてくれるけれども私はその日も列から遅れてしまった。


 今日はこの地域で毎年の名物であるカルガモのお引越しだったので、地方のテレビ局の生中継であった。

 男の子の他にも多数の見物人とテレビの向こうには多くの視聴者がいた。


 テレビカメラは遅れがちな私をズームアップしていたし、人間は皆ハラハラしつつ見ていたはずで。


 だから。


 ぽちゃん。


 と、私が溝に落ちた時。


「「「ギャーーーーッッ!!!」」」

 と絶叫を上げた人間がそこらじゅうにいたのは無理ないことであった。


 溝の上には鉄が格子状になっているアミアミの蓋が置かれていた。テレビ中継で事故があっては危険だとスタッフがアミアミの蓋の上に板を被せていたのだが、端の方に隙間があったのだ。


 そこに、もれなくドジさ加減を発揮する私がポンッと落ちたのである。


「マズイ! 放送事故になるっ!!」

 テレビスタッフが大慌てで板を外して私を救出しようとした時、

「「「「「ぴーっ!(俺の妹がっ)!」」」」」

 と、ににちゃたちが鬼気迫る勢いで駆け寄ってきたものだから大混乱となってしまった。


 板を外すとににちゃたちが溝に飛び込もうとするので、板を動かせない。が、板を外さないと溝から私を助けることができない。


「その雛たちを溝に近づけさせるなっ!」

「直接に雛に触れるなよ、人間の匂いをつけたらダメだっ!」

「ああっ! 落ちた雛が沈むっ!」

 進むも地獄退くも地獄みたいに八方塞でオロオロワタワタと狼狽える人間たち。取り乱して右往左往するあまり足元の菫の花を踏みつけていることにも気がついていなかった。


 そして私は。


 トロくて泳ぎも上手ではなかったから。

 

 …………ぱちゃ…………。


 人間が踏み散らして溝に落とした道端の菫の花といっしょに水の中に沈んだのであった。


 ぽえぽえというよりもボケボケ寄りに生きていた雛鳥だったので、最期も「菫の花、きれい……」と言う緊迫感の皆無なものだった―――そんなドジっ子雛鳥の前世をたった今思い出した私は、ダラダラと冷や汗を背中に流していた。


 今世では教養も品位も兼ね備えた完璧な淑女と称えられて、強大な帝国の皇太子の婚約者として人々から傅かれていたが。


 ドジでマヌケな雛鳥の自覚アリアリだった前世が、完璧な淑女の今世に爆弾投入されてしまったのである。


 カルガモの雛としての記憶など微々たるものだから今世の私の記憶と経験の前に吹っ飛んでしまった。かかさまのガミガミ小言や注意も三歩歩けば忘れる鳥頭だったし、はっきり言ってひーふーみーよーいーのににちゃのことしか覚えていなかった。


 それなのに。前世のドジでマヌケでトロイという三拍子が、何故か燦然と私に降臨してしまったのであった。


 ちゅどーん! と自爆したかのように心臓がドクドクと苦しくなる。


 どうしましょう。

 どうしましょう。

 どうしましょう。


 皇太子とのお茶会のために、王宮へと向かう馬車の中である。

 人間、失敗してはいけないと思えば思うほど誤作動を起こしてしまう場合があるが、ポンコツが追加機能されてしまった今、私は絶対に失敗をしてしまうナゾの自信が100パーセントあった。


「ぴー、ぴー……(ににちゃ、たすけて……)」


 思わず前世の鳴き声がもれるが、馬車は無情にも王宮へ到着してしまった。


 しかも、皇太子であるアドルファス殿下が出迎えに待っていてくれているお姿が見える……。オワッタ。完璧な淑女としてアドルファス殿下の隣に立ってきたのに、今の私はポンコツが平常装備されているのだ。


 アドルファス殿下は人心掌握に長け、眉目秀麗、頭脳明晰、武芸百般、人間離れした英雄豪傑ゆえに婚約者として釣り合うように私は完璧な淑女でいる必要があった。そのために幼い頃から努力に努力を重ねてきたのだ。


 失態などしてしまったらアドルファス殿下の婚約者に相応しくないと婚約を解消されてしまうだろう。帝国には殿下に恋こがれる令嬢たちが数多いるのだから。


 ポンコツ装備の私では、未来の皇太子妃の重責を担うことは大役すぎる。でも、私はアドルファス殿下をずっとお慕いしてきたのだ。


 さっきまでアドルファス殿下と共に未来の道を歩んで行くもの、と疑ってもいなかったのに。

 忘れっぽい正真正銘の鳥頭なのだから前世を忘れたままでいたかった。

 どうして思い出してしまったのだろうか……。


 ぷるぷる震えるが、馬車は止まってしまった。


 馬車の扉が開く。


 こくり、と息を呑む。

 昨日までは完璧だったのだ。

 今日も完璧な淑女としての振る舞いを、と自己暗示をかけて私はぎこちなく微笑んだ。緊張で頬が引き攣る。


 ゆっくりと優雅に。


 アドルファス殿下が微笑んで差し伸べてくれる手に、私は手を乗せようとして。


 ガクン! ドレスの裾を踏んでしまいコロンと馬車からアドルファス殿下の胸に飛び込んでしまう。


「うわっ!」

「きゃあ!」


 とっさにアドルファス殿下が受け止めてくれる。


 ドレスの裾を踏むなんて10年間も婚約をしているのに初めてのことで、私は羞恥に頬を赤くした。恥ずかしくて菫の花色の瞳が潤む。


「ぴぃ……(ごめんなさい……)」

 謝罪をしようとして、鳴き声になっていたことに手で口元を押さえた。あわてて頭を下げる。

「も、申し訳ございません。粗相をしてしまいました」


 情けなくて涙がこぼれそうになるが、グッと目元に力を入れて堪える。

 歩き方、裾のさばき方、微笑み方、首のかしげ方、あらゆる所作において天上に咲く花のごとく美しいと称賛された私なのに。アドルファス殿下の前で涙を流すなんて恥の上塗りとなる品行である。


 涙目で見上げると、アドルファス殿下が小さくブツブツと唱えていた。


「今日のルルシャは雰囲気が少し違うな。柔らかい。うむ、腕の中のルルシャは柔らかくて菫の花の香りがする。ちょっとだけ撫でても、いや、我慢だ。一目惚れして以来10年我慢してきたのだ、少しでも触れてしまったら歯止めがきかなくなって自室に連れ込んでしまう。耐えろ、俺。耐えろ、俺の俺。鉄壁の皇太子として紳士となれ。だが、いつも月のように気高く優美なルルシャが、今日は何だか可愛らしい。ぴぃ、だと。ぴぃ。ああ、可愛い、可愛すぎる。綺麗と可愛いが合体して、ますますルルシャが魅力的だ。ハッ、これはダメだ。危険だ。ルルシャの魅力に皆が吸い寄せられてしまう。俺のルルシャなのに。やっぱり自室に連れ込んで隠してしまおうか」


 ノンブレス3秒の高速早口だったので、一言も聞き取れない。

「あの、アドルファス殿下……?」

「あぁ、ごめんね。独り言だよ。ルルシャと3日も会えていなかったから、今日が楽しみで。毎日でも会いたいのに政務が最近忙しくてね」


「隣国との国境線の狭い範囲で小競り合いがあったんだ。その後処理で忙しくなってね。それと戦功をあげた5人の騎士を近衛に取り立てることにしたんだよ」

「5人……」

 私の脳裏に、ひーふーみーよーいーのににちゃの姿がピカッと蘇る。そんな偶然はあるはずがないのに、ににちゃたちの姿が頭から離れない。


「……ぴー(……ににちゃ)」


 ハッと口を両手で塞ぐ。


「フフフ、今日のルルシャは凄く可愛いね」

 アドルファス殿下が優しく目を細める。愛しそうに私を見つめるアドルファス殿下の表情に、私はポンコツが装備されたことを隠しても良いものかと悩んだ。


 アドルファス殿下には今の私よりも似合わしい令嬢がいるのではないか、と。

 アドルファス殿下の婚約者として値する価値が今の私にはないのでは、と。


 悩んだのは数秒だった。

 私にとってアドルファス殿下の幸福が何よりも大事であったから、前世を告白することに躊躇はしなかった。


「前世? ポンコツ化? 悩む必要はないよ、ルルシャは完璧すぎて側近たちの仕事がなかったから少しくらいポンコツになった方が側近たちも働くことができて好ましいと思うよ。それに側近が主人を補助するのも仕事のうちだしね」

 アドルファス殿下は蕩けるように微笑む。私の膝裏に左手を差し込み、右の腕で支えながら私を抱き上げた。突然の浮遊感に私はアドルファス殿下の首に腕を回して縋りつく。

「ポンコツ化してドレスの裾を踏むというならば、転ばないように抱き上げようね」


「アドルファス殿下、恥ずかしいです……」

 私は赤く染まった頬を手で覆った。

「フフフ、ルルシャは可愛いねぇ。そうだ。お茶も熱いと火傷してしまうから飲ませてあげようね。椅子から落ちる可能性もあるから膝に座ってね」


 恐ろしいほどご機嫌な笑顔でアドルファス殿下が言った。


「これからずっとルルシャのお世話ができるなんて、前世って素晴らしいね。そうそう、わたしにも前世があってね、魔王なんだよ」

「魔王、様?」

「違う世界の魔王だったんだよ。神と喧嘩をして半死にしてやったら激怒した神に追い出されてね」

「まぁ」

「ルルシャと出会えたから結果としては満足をしているよ。さぁ、庭園のガゼボに行こうか。お茶の用意をしてあるから」


 初夏の風が庭園の花の香りを散らす。

 庭園では、圧倒的な美しさを見せつけるみたいに花密度も高く薔薇の花々が咲き誇っていた。

 優雅な薔薇の芳香に、ふわりふわりと舞うように蝶が花々の蜜を求めて飛んでいる。


 にこやかなアドルファス殿下にお姫様抱っこをされて運ばれた私は気付いていなかった。


 私とアドルファス殿下の会話を聞いていた側近たちや使用人たちが、「殿下が魔王……、納得だ」と呟いて朝日を浴びた吸血鬼のように真っ白となっていたことを。


 なにはともあれ心配した婚約は継続のままとなり、この日よりアドルファス殿下は私に対して超過保護となって限りなく溺愛を加速させたのであった。












「うわっ! あいつ美少女の婚約者を抱っこして笑ってる。チキショー、俺様だって美男美女を侍らせて酒池肉林の毎日だったのに。なんだよ、なんだよ、ちょっと世界征服をしようとしただけじゃん。なのに、婚約者とイチャイチャするには帝国の繁栄と平和が必須条件とか言って、あいつ、俺様をボコボコにしやがって。しかも単身で乗り込んできやがって。俺様に対して敬意が足りないだろ、俺様はこの世界の魔王様だぞ。普通は魔王討伐には大軍を率いてくるもんだっつーの。単身なんてアリエナイ。あいつは悪魔だ、いや大悪魔か魔神か。くそーっ、俺様の魔力も能力も封じやがって。あっ、あいつコッチ見てる……。お、俺様、真面目に庭掃除をしているぞ。ほら、ほら、ちゃんと箒を動かしているだろ。だからコッチ見んな! 婚約者を抱っこして向こうへ行け!」

 ノンブレス3秒高速早口での魔王(この世界の)の愚痴であった。

読んでくださりありがとうございました。




【お知らせ】

「10年後に救われるモブですが、10年間も虐げられるなんて嫌なので今すぐ逃げ出します ーバタフライエフェクトー」がナナイロコミック様よりコミカライズされることになりました。

第一回目の連載開始日は8月7日です。

作画は青園かずみ先生です。

Xで15ページまで公開されています。

いやすぎる、とつぶやくリリージェンの顔が本当に嫌そうで可愛いので、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
え、ににちゃの出番は… ( ゜д゜)ポカーン ない、だと… (´・ω・`)ショボーン
いつも作品を拝見しています。 どの作品もとても面白いので、何度も読み返して楽しませていただいています。 ルルシャの可愛らしいポンコツにアドルファスのメロメロなとこにいいねを連打したくなりました。 5人…
[良い点] 新ジャンル:カルガモのひよこ✖️魔王 [一言] ちょっとした小話ですが、とある動画で動物番組でカルガモの映像流すと野生のカルガモに餌をやるバカが増えてひな達がエサを取れなくなって死滅するか…
2024/08/10 12:49 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ