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彼は私が路上ミュージシャンである事を知っていたのだ。
しかも私の歌っていた曲のサビとタイトルまでも知っていた。それはメインで歌っていた曲の一つで、私も自分で一番好きだと思っていた曲。
「あの歌詞を書いていた時のあなたの気持ちが僕には分かります」
そう言われ、出会って3週間後には付き合い同棲を始めた。それは28歳の誕生日を一人、ハイボール片手に過ごした少し後の出来事だった。
私の線香花火はもう、火種を手で触れるくらいに冷たくて、消火用バケツに投げ入れる直前だった。
でも彼の一言でまた、パチパチと小さな音と明かりを取り戻したのだ。夢を追う事の意味を彼は、また私に思い出させてくれた。
「今書いてるのが、もうすぐ完成しそうなんだよ」
ご飯を頬張りながら、彼は嬉しそうにそう語る。
「え、思ってたより早いんだね。この前最後の展開で悩んでるって言ってなかったっけ?」
「そう、だけどさ。なんか急にいいのが思い付いて、そこからは永遠に書けちゃって」
思ったよりフワフワしていない天津飯を私も頬張る。出来立てはもっとフワフワだったんだろうか?
一瞬そんな事が脳裏を過ったが、彼の顔を見ると、私が今何を考えていたのかを急に忘れてしまった。夢を追う彼の顔が好きだ。私のどうでもいい考えなんて吹き飛んでしまう。
その後も他愛もない会話をして、お風呂に入り小さなワンルームのシングルベットで私は彼の背中に抱き着く様に眠った。
「ねぇつむぎ。まだ起きてる?」
彼が眠そうな声でそう呟く。
「後30秒くらいはまだ起きてるかな」
「ならよかった。明日もバイト終わり歌ってから帰るの?」
「うん。明日も家に着くのは22時半くらい」
「そう。頑張って」
「うん」
次の日のバイト終わり、私はロッカーで服を着替えてギターケースを担ぐ。
「あ、つむぎも今終わりなんだ」
後ろから同僚の愛里が話しかけてくる。
「ああ、愛里も今なんだ」
彼女は私のギターケースを見てから、また私を見る。
「ほんといつも頑張るね~あんたは。地下アイドル追っかけてる私とは大違い」




