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吐く息が震えた  作者: シンジ
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1-1 つむぎの日常

初めて「長峰駅」を降りた時、心がゾクゾクしたのを覚えている。当時の私は20歳、手に持っていたのは18歳の時に泣け出しのお金で買ったギターと数か月分の家賃だけ。


本当の意味で私は、身一つを武器に歌手の夢を追いに来た。


事前にオリジナルの歌はメインで3曲、それ以外は18曲用意していて、上京する数週間前からは毎日何かしらの歌が浮かんでその都度ノートに書き出していた。

このメロディーは間奏の部分で使えるかもとか、この歌詞はあのメロディーとテンポが合うとか、なんせあの頃の私は、至る所から歌詞が思い付き、才能しかないと思っていた。売れる自分をありありと想像できたし、そうなる為に生まれたとさえ思っていた。


自信のある曲が出来たら積極的にライブハウスにも出ていた。出演に手売りで5枚以上チケットを売らないといけない時はティッシュ配りの様に駅前で買ってくれる人を探したりもした。バイト仲間にはお金は自分で出し、チケットだけを配ったりもした。歌さえ聞いてくれれば、みんな私の才能に気付く筈。そう考えたらまた妄想が広がり、恥ずかしさなんて何処かに吹き飛んでいった。



そして今私は29歳。20歳の時にゾクゾクしたこの駅で、今でも路上ミュージシャンをしている。



もうあの時みたいに歌詞や曲が下りてくるなんて事は滅多になくなった。歌うのも流行りの歌のコピーばかり。この方が通行人が止まってくれやすい。それにみんなが知らない曲を歌っても、こんな大きな駅では雑音が多すぎて、自分でさえ作った記憶のない歌に変わってしまう。

だからと言ってライブハウスに行く事も無くなった。チケットを手売りするなんて、今の私には恥ずかしくて出来なかった。

私の背中を見ている人達は、一体何を考えているんだろう?25歳を超えた辺りから、そんな事がやたらと脳裏を通る様になり、徐々にこの駅で週に3度程、決まった歌を歌うだけの日々が定着していったのだ。


分かりやすい言葉にすると、もうほとんど夢は追っていない。追っている様な素振りをしてるだけ。

花火大会のフィナーレの様に高ぶっていた私の心は今、線香花火みたいに遠慮がちに周囲を飛び回り、火種が落ちてしまわないかだけを注意深く見ている。


そんな事を考えながら、今も私は誰に届ける訳でもない歌を歌っている。


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