夢の世界
ドッドッドッド・・
低く鈍い音が周囲に響く。
乗るべき主を失ったバイクが人口的に積み上げられた藁の中にアイドリング状態でひっくり返っている。
まったく、エコとは程遠い。
当の主もそのバイクの傍らの藁の中で大の字になって気を失っていた。
そんな彼を何かで反射した陽光が顔面に降り注ぐ。
彼は意識が朦朧としながらもその眩しさからおぼろげに意識を取り戻していた。
(これは・・夢?夢なのか?そうだ俺は夢を見ているんだ。)
(現に体を動かそうとしても全く動こうとしない・・。)
などと考えながら周囲に視線を移すと幾人かの人が不安そうな顔で彼を見つめていることに気がつく。
が、何を話しているかは彼には全く判らない。
(夢の中なんだから、話ができるわけでもなかろう。)
彼は勝手にそう思い込もうとした。
しかし無理やり納得させたは良いものの、未だ夢から覚めない現実に少しいら立ちも感じていた。
暫くすると、その思い込みとは裏腹に、体が痺れて動かせない事実を知ることになる。
更に追い打ちをかけるように先ほどまでは感じなかった、全身の骨が砕かれたかのような激痛に彼は愕然とする。
(!?・・痛っ!痛いだと?これは・・まさか夢ではないのか?)
ここで彼はようやく今自分が置かれた状況を少しずつ把握し始める。
一度目を閉じ、冷静に今の状況を考える。
(えっと、確か俺は・・バイクで客先に向かう途中、事故にあったんだっけ?)
(いや、それはおかしい。少なくとも俺が走っていた道は高層マンションや商業施設が立ち並ぶ場所だったはずだ。)
(少なくとも都会のビル群のど真ん中にこんな藁の固まりなんてなかった。それにさっき見えた風景はまるで田園じゃないか?ベートーベンの曲じゃあるまいし。)
もう一度目を見開いて周囲を確認したが、やはり自分が今いる場所に全く見覚えがない。
(ここは・・どこなんだ?)
(周りの人もどう見ても日本人ではない。それに服装が地味すぎる。都会ではまずお目にかかることはないような格好だ。一体、ここはどこなんだ?)
色々考えをまとめようとした彼だが、まだ頭がハッキリしていないせいかイマイチ考えがまとまらない。
それに加え全身を覆う激痛が彼のまともな思考を奪う。
そしてそれは思考だけでなく、彼の意識そのものも再び奪っていった。
その意識が薄れゆく中、彼は、
(あれ?そういえば今って5月のはずだけど、さっき見た風景はまるで秋のようだったな。)
なんて呑気なことを考えながら再び気を失ってしまった。
そんな彼の様子に気付いたのか周りの人、とりわけ一番近くにいた少女が慌てて彼を介抱しようと試みるも彼が再び目覚めたのは日が落ちた夜更け過ぎのことだった。