序章
序章
カタ・・カタッカタッ・・
軽やかにキーを叩く音が響く。
カタカタカタ・・
しばしの時間、無言の空間をただ無機質な音だけが包み込む。
カタン!
幾分かの時が流れた後、唐突にその音は終わりを遂げ、一人の男がPCを眺めていた。
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(さてっと、見積もり終わり!)
男は誰に話すわけでもなく、そんなことをつぶやきながらデータを保存し、先ほどまで使用していたノートPCを閉じ鞄に入れた。どうやらどこかへ出かけるようだ、身支度を整えている。
(と、そういえばさっき直人から着信が来ていたな、一応連絡入れておくか。)
彼はそんなことを考えつつ携帯で先ほど直人と呼んだ人物に電話をかけはじめた。
プルルルル
ガチャ
「あ、もしもし直人?オレオレ、さっき電話くれたよな?何か用か?」
『ああお前か、いや何、俺が取ってきた仕事の件で客先に出向くことになってただろ?お前のことだから忘れてるんじゃないかと思ってな、一応連絡を入れたんだ。』
「大丈夫だって覚えてるよ、なんせ今からその客先に出向くところだったしな。ところで要件はそれだけか?見積もり作るのに手間取ったからとっとと出かけたいんだが?」
『ああそれだけだ、特に他に用はない。まあ気を付けて行ってくれ。くれぐれも事故にだけは気をつけろよ?』
「わかってるって、いつもバイクで客先に出向いてるんだぞ?事故なんて起こさねえよ。」
『その油断が危険なんだよ。』
「わかったわかった、せいぜい気を付けるから、それじゃ行ってくるわ、終わったらまた連絡する。それじゃあな。」
『おう、また後でな。』
そう言った後電話を終えた彼は、そそくさに準備を整え、愛用の大型バイクに何やら工具類を積め込むと、そのままバイクにまたがりヘルメットを装着後バイクを走らせたのであった。
(今日は天気が良いな~、気温も高いしツーリングなんて気持ち良かっただろうなあ~、まあ仕事じゃしょうがない。)
などと考えながらどんどんバイクを加速させていく・・。
季節は5月中旬、バイクで走らせるには絶好と言える日だろう。
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快調にバイクを走らせていた彼だが、突然奇妙な違和感に囚われる。
(ん?)
彼は幾度か目を瞬きさせた。
まっすぐな直線道路をバイクで滑走していた彼だが、何やら彼の前方に白いもやがかかったような風景を目の当たりにしたのだった。
(なんだ?視界がぼやけてる?)
危険を察知した彼はバイクを減速させようとブレーキをかけた・・。が、止まらない・・。
止まるどころかどんどん加速していく。
(おいおい冗談じゃないぞ?こんなところで故障かよ?洒落になってないって!)
そうこうしているうちに、白いもやのようなものがどんどん大きくなり、ついにバイクごとそのもやが包み込んでしまった。
そして彼はバイクと共に空中に投げ出された感覚に陥り、彼はそのまま意識失ってしまった。