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5重大犯罪者の関係者

 魔法具。それはこの世界にもたらされた革新的技術の一つだ。その存在を語るためには、まずは魔法という神秘の御業について話す必要がある。

 この世界には、神がいる。誰も神を見た者はいない。けれど神を信じない者は、神について教わることがなかった孤児や悪運続きの人生を呪う者などを除いて、ほとんど存在しない。

 何しろ、神の御業を理解できる「神秘」が、この世界に存在するのだから。

 多大な寄付を対価に、十歳以上の者はだれもが唯一神をあがめる教会に行って、神から祝福を授かることができる。

 祝福とは、武技、錬金術、魔法という三つの奇跡のことだ。

 武技とは、その名の通り武器を操る技能である。この祝福を授かった者は、気力という体に満ちる力を使って、恐るべき戦闘能力を手にする。例えば剣を振るって斬撃を飛ばしたり、恐ろしい速度の剣技によって敵を切り裂いたりする必殺技のようなものを会得する。しかも、たとえこれまでの人生で剣を握ったことが無くても、そのような剣技を簡単に覚えることができる。

 錬金術は、神力と呼ばれる大自然に満ちるエネルギーを操り、物を作るための力だ。例えば万病を癒す薬や、決して折れない剣のような神話に語られるような物を作り出すこともできる。その汎用性は高く、魔物という脅威がありながらも人々の生活が物質的な豊かさに満ちているのは錬金術という祝福のお陰だった。

 そして魔法は、魔力というエネルギーを操ることで、術者の望む現象を生み出す力を持つ。例えば、火を生み出したいと思えば火が、水を生み出したいと思えば水が、何もないところから生まれる。

 魔法は錬金術のようなとてつもない奇跡を行使するには至らないが、日常生活の中でも、そして戦いの場でも有用な力だった。

 そして、錬金術によって魔法の効果を込めた道具が、魔法具と呼ばれる品だった。


 魔法具の普及は、恐ろしい速度で進行した。

 魔法具自体は遥か昔からあったが、それを量産にこぎつけたのはヒルベルム王国だった。これまで集めた資金や人材を惜しみなくつぎ込み、ヒルベルム王国はついに魔法具の量産体制を確立した。

 そして、人類の世界には消えない明かりが灯ることとなった。

 王都のような大きな街はもう、夜闇に飲み込まれることはない。大きな道には等間隔に魔法具であるランプが並び、街を照らしている。

 明かりがあれば、出歩く者も多い。王都の街は日が沈んでもまだ眠る気配を見せていなかった。

 過保護な両親に守られて育ったリリスティアは、これまで夜遊びのような経験をしたことがなかった。だから、リリスティアにとって今日が夜の街を出歩く初めての経験だった。

 かつては取り巻きが語る祭りなどの時の夜間の外出に内心で心躍らせていたものだったが、今のリリスティアは少しも感慨を抱くことはなかった。

 陰鬱な顔で、ただ重い足を引きずるように、リリスティアはノートンの背を追って眠らぬ街を進む。

 自分に集まる視線を感じて、リリスティアは自分の体を見下ろす。服はすべて持っていかれてしまったため、リリスティアはまだ初等学院の制服を着ていた。それも、レース編みや金糸の装飾が施された、一目で高価とわかる制服だ。

 少しだけ、リリスティアは制服というシステムの有効性を理解した。

 第一に、生徒に画一性を持たせるためだ。それは、例えば全く同じ服を着ているという形で生徒に連帯感を抱かせるかもしれない。あるいは、誰もが値段の同じ服を着ることによって、初見で立場が分からないようにできるというメリットもあるのかもしれないとリリスティアは思った。

 初等学院に通う生徒の多くは、貴族の子息令嬢だ。何しろ、家事や仕事もなく学院に通う余裕がある子どもなど、そのほとんどが貴族だからだ。一部の豪商などは貴族との将来のパイプを作るために子どもを初等学院に送り込むこともあるし、まれに特異な才能を示す平民の子どもが無償で初等学院に入ることもある。

 平民まで広く門戸を開いている初等学院における学びをより良いものにするためには、確かに服装が同じという利点は大きいように思われた。

 そして何より、犯罪に巻き込まれることが減るのだろうと、自分に突き刺さる視線に体を小さく震わせながらリリスティアは考えた。

 突き刺さる視線の半分ほどがいぶかし気なものだが、残りの半分には悪意があった。肌は鳥肌が立ち、リリスティアは自分を守るように腕で体を抱きしめた。

 明らかにお金を持っているとわかる制服を身にまとっている、夜に家令と平民街を出歩くわけありと思しき見目麗しい少女。リリスティアは恰好の獲物だった。

 そして、それらの悪意の視線は、ノートンの仕事服の胸元に縫われたグレイシャス家の紋章を見ることでさらに粘着性が増した。

 すでに、グレイシャス家の悪事の情報は王都の民たちの間に広がっていた。貴族の中でも金持ちで、高慢な娘が学院で生徒たちを泣かしていて、王都にはその娘によって仕事を失った者が多くいる――悪意が広まる条件はそろっていた。

 落ちぶれた貴族令嬢という獲物を見て捕らぬ狸の皮算用を始める者たちの視線から逃げるように、リリスティアの歩みは遅れていく。少しでも、グレイシャス家の所属を知らしめるノートンから、リリスティアは距離と取ろうとしていた。

 けれどこの状況でリリスティアから目を離してはならないと、ノートンは歩みを遅らせてリリスティアの横に並ぶ。

「大丈夫ですか?」

「……問題ないわ。そろそろつくのかしら」

 ノートンの横に並ぶことでより早くグレイシャス家の紋章から自分の正体にたどり着ける状況になった。そのせいで視線がさらにおぞましいレベルで粘着性を帯びたのを感じながら、リリスティアは気丈に頷いて見せた。

 まだ九歳、されど九歳。好奇心と怒りと軽蔑と欲望の視線にさらされながらも、その不快さと恐怖を飲み込み、あるいは必死に隠して歩くリリスティアの成長を強く感じてノートンの涙腺が緩んだ。

 ノートンは目元ににじんだ涙をそっとぬぐい、リリスティアを見下ろして微笑を浮かべた。

「成長なされましたね」

「……私が本当に成長していたら、こんな状況は許さなかったでしょうね」

 自分に対する怒りを吐き出すリリスティアへとかける言葉を探しているうちに、視界の端に目的地が映り、ノートンは足を止めた。

 大通りから一つ裏に入った道。レンガ造りの趣ある宿がノートンの目的地だった。

 木の幹を斜めに切ったような木目が美しい看板には、枝に止まる鳥の絵と、「羽休め亭」という文字が躍っていた。

 扉の先で煌々と光る明かりは、その場所が自分のいるべき、あるいは自分が今いる場所とは別世界だと突き付けているようで、リリスティアは無意識のうちに唾をのみ、ノートンを見上げた。

「ここ、なのね?」

 ええ、と肯定して見せたノートンを先頭に、リリスティアは宿へと足を踏み入れた。

 扉を入ってすぐの一階は酒場、あるいは食事処になっていた。いくつも並ぶ丸テーブルにはすでにできあがった赤ら顔の労働者や、旅人風の装いをした集団がいた。喧噪の中、顔を上げた男たちが好奇心に満ちた目でリリスティアを見つめる。

 それからその視線はノートンに向き、胸元で視線が止まって、鋭く目が細められる。

 少し体感温度が冷えた気がして、リリスティアは唾を飲んだ。

 鳥肌が立った腕をきゅっと握り、リリスティアは慣れた足取りで歩き出したノートンの後を追った。

 ――グレイシャス家のやつかよ。縁起悪いな。

 ――あれだろ、高慢令嬢の父親。溺愛する娘のために散財しすぎて贋金造りに手を出さないといけなくなったんじゃねぇか?確か使用人をしょっちゅう入れ替えてるんだろ。退職金とかどれくらいになるんだろうな。

 ――それで、なんでそのオジョウサマがここにいやがんだ?父親の首に縄を付けた犯罪者がのうのうと歩いてやがるじゃねぇか。

 じろり、悪意を帯びた鋭い視線がリリスティアに集まる。背中に突き刺さる嫌悪のこもった視線を感じるリリスティアは、頭が沸騰しそうなほど熱を帯びているのを感じていた。

 自分のせいで、父は犯罪に手を出した?大量の退職金?目が回った。それ以上に、思考が回る。

(違うわ。そんなはずはないわよ。だって、グレイシャス家はすごくお金を持っているのよ。金鉱山だってあって、埋蔵量は陰りを見せなくて……)

 父のことを、家のことを、リリスティアは知っている、つもりだった。だが一度疑ってしまえば、リリスティアは自分の知識が本当に正しいという確証を持てなくなっていた。リリスティアは、知識として情報を持っていたが、それは実際に自分の目で見て耳で聞いて得た情報ではなかった。だから例えば、グレイシャス家の金の採掘量が減ることなく大量にあるという情報が本当に正しいかと聞かれれば、確証は持てなかった。

 何より、退職金という知らない単語のせいで、リリスティアは自分の無知を突き付けられていた。

 本当は、家計は逼迫していたのか。それを、父が隠していただけなのか。だから贋金造りに手を染めたのか――思考が回る。

 答えは出ない。

 答えを知っているだろうグレイシャス伯爵は捕らわれていて、伯爵夫人は憔悴しておりまともに話せるとも思えなかった。

 ――衛兵を呼ぶか?でも、どうせもみ消されるんだろ。確かグレイシャス家ってとんでもない金持ちなんだろ?

 ――ばっか、それは嘘だったってことだろ。もしくは、とんでもない金持ちなんて貴族様なんだ。きっと平然とした顔で出てくるだろ。

 そんなはずがない――強くこぶしを握りながら、リリスティアは考える。

 ヒルベルム王国とレスティナート王国の力の差は圧倒的だ。経済的に封鎖されれば、レスティナート王国はもはや国家運営が怪しくなるほどで、ヒルベルム王国の実質的な支配下にあった。

 だから、ヒルベルム硬貨の偽造という情報が入った時点で、ヒルベルム王国の人間が出張ってくるなどという状況が生じるのだ。

 容赦ないささやきに傷つけられているリリスティアの視界の先で、ノートンの対応をしていた宿の主人と思しき恰幅のいい男性は、静かに首を振った。

 そこをどうか――深く頭を下げるノートンの頭を見下ろしながら、男は大きなため息を吐いた。

 その目が、ノートンの背後のリリスティアを捉える。瞬間、その目が侮蔑の色に染まる。

 蛇に睨まれたカエルのように、リリスティアの体は凍り付いた。

「悪いな。出て行ってくれ。いくら恩のあるあんたの頼みだとしても、今の俺にはあんたはともなく、後ろの嬢ちゃんを泊めてやることはできない」

 きっぱりと宣言され、ノートンがすがるように手を伸ばす。だがその手が届くよりも早く、店主の男はキッチンと思しき香りの漂う奥へと姿を消した。

 一瞬だけ消えていた音が戻っていく。リリスティアの耳が、自分たちを罵倒する人々の声を捉える。

 口さがない言葉が、リリスティアとノートンの心に刃をたてる。

「……次の場所に向かいましょう」

 力なく笑ったノートンが、先導して歩き出す。

 その背中は、たった数時間でひどく老け込んだように思えた。

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