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悲劇の悪役令嬢は王子殿下を愛さない  作者: 雨足怜


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49/197

49ボーナスタイム

 グレイシャス家が治めるレスティナート王国とヒルベルム王国の国境最寄りの街、ジンナス。そこから荷馬車で二日ほどかけて向かった先に、ジンナスから最も近い街がある。

 ライアット男爵家が治める領地にて最も発展した街・領都ライネウス。

 ライアット男爵家は商人として成長した家であり、現在も貴族と商人の二足の草鞋を履いている家である。商人としての力によって、ライアット男爵領は同レベルの男爵家に比べても明らかに商品流通が盛んであり、とりわけ領都ライネウスは非常に経済的に活発な街として知られていた。

 流通が盛んなライネウスには商品だけではなく雇用を求めた村人をはじめとしたさまざまな者がやってくる。その中には当然心に闇を宿した者もいて、その中にはライネウスの街にやってくる成功者の襲撃を考える者もいた。

 雪が降り積もった銀世界の中、木々の隙間を縫うようにひた走るリリスティアは、首の後ろがわずかにひりつくような感覚を覚え、即座に近くの木の幹の陰に身を潜めた。

 呼吸を整え、直感の理由を探る。耳を澄まし、異臭を探す。声は、リリスティアが潜む林、その脇に続く街道のほうから聞こえていた。

 悲鳴が響く。馬の嘶き、そしてわずかな血臭。

 戦闘――魔物か、あるいは、人同士の。

「ッ」

 腰に差したナイフの柄に手をかける。もし盗賊などに襲撃されていた場合、人を殺すことになる。

 殺しの経験がないわけではない。怒りのままに人を殺したことはある。けれど、それは激情のままに、場に流されるようにしての凶行だった。リリスティアはまだ、人を殺して平然としていられるほど狂ってはいなかった。

 視界に赤が広がっていく。息苦しくなり、呼吸の音がやけに強く、けれど遠くに聞こえていた。耳の奥で、心臓の鼓動が響く。

 胸元を握り、息を整える。落ち着け、落ち着けと何度も言い聞かせ、リリスティアは一つの方針を立てる。

 殺すのではなく、救う。襲撃者を撃退し、襲われている人を守る。

 走り出したリリスティアの目に飛び込んできたのは、山賊のような汚らしい男たちが馬車の一団に襲撃する光景。

 もう一度、リリスティアは己に言い聞かせる。

 乱入者であるリリスティアが、襲撃側を皆殺しにする必要はない。手負いの魔物は危険だから殺すべきだが、人間をあえて殺す必要はない。たとえ生き延びた者たちが次の被害を出したとしても、それは襲撃の対策をとれなかったものが悪い。

 そういう意味では今襲撃にあっている一団も、襲撃者たちがためらうほどの戦力を用意できなかったという意味で自業自得ではあるのだが、目の前で行われている悪逆非道な行いから目をそらすことはリリスティアにはできなかった。

 状況は五分。奇襲が成功したからか護衛側に数名負傷者がおり、彼らが足を引っ張っている印象だった。対して盗賊たちは十名少々。その力もさほどではなく、何より武技や魔法を使う様子がなかった。

 静かに走り出す。腰をかがめ、地面をなめるように走る。

 リリスティアの接近に気づいた商隊の護衛と思しきハンターが顔に警戒の色を浮かべる。けれどすぐに、リリスティアが盗賊たちとは違った気配をまとっていることに気づく。ただ静かに、敵を殺す人形のように感情を見せないリリスティアは、嗜虐を浮かべる盗賊たちとは明らかに気配が違った。何よりその装備や幼い外見は、とてもではないが盗賊の応援とは思えなかった。

「……ん?がっ!?」

 盗賊たちの最後尾、狩人崩れなのか弓矢を使っていた男へと接近したリリスティアは、一太刀にその首を切り落とした。

 殺しに、ためらいはあった。けれどそれが理由で死んでしまっては意味がない。何より、殺しをためらっていると相手に悟られた場合、戦いはさらに厳しくなる。

 だから殺す。生きるために、守るために、必要だから殺す。だから、殺した。

 そう、己に言い聞かせて。リリスティアは呼吸を落ち着けながら、迫る剣を弾き、その手首にナイフをふるう。

 剣を離した長身痩躯の男の太ももにナイフを投擲、足を殺した男に追撃することはなく、リリスティアはその脇を走り抜ける。男の殺害にかける時間を惜しんで。

 一瞬にして二人が無力化されたことで盗賊たちの間に動揺が広がる。

「お前ら、ぼさっとすんな!殺せ!」

 叫ぶ頭領と思しき大男に、リリスティアはナイフを投げて牽制する。その一撃は男が持つ斧にはじかれたが、けれど頭領の声が止まる。再び、盗賊たちの間に恐怖が浸透していく。

 その隙を見逃さず、護衛たちは攻勢に出た。

「行くぞッ」

 近くにいた盗賊たちを複数名で無力化、傾いた状況はもう止まることを知らなかった。

「チッ、引け!お前ら!」

 状況の不利を悟った頭領は無事な者たちに叫び、一人脱兎のごとく林へと走る。その背中に投げられたナイフは、頭領の腕を軽く切り裂くにとどまった。

 わずかに逡巡を見せたリリスティアは、けれど盗賊を皆殺しにするよりも傷を負った護衛のほうが重要だと、地面に伏した者へと視線を向ける。

「大丈夫かしら?」

「あ、ああ。助かった。ありがとな」

 去っていく盗賊の背中をにらんでいた護衛の一人は、投げかけられた声の幼さに目を見張った。フードからわずかにのぞく顔は幼く、何よりその声は女性のもので、先ほどの剣技と相まって男は目の前の助太刀した者をはかりかねていた。

「……治療は問題ないかしら」

「ああ、幸い軽傷だ。骨くらい折れているかもしれないが、まあ安静にしとけば大丈夫だろうな。……はぁ、帰りの戦力の低下が深刻だな」

 盗賊の一人を縛りながら、男はリリスティアに愚痴をこぼす。男はこの一団の商家に専属で雇われている護衛専門のハンターだった。専属になることでハンターは食いっぱぐれることがなく、商人も信頼のおけるハンターを雇うことができ、両者両得だった。

 苦悶の声を漏らした盗賊をにらんだ男は、縛り上げられた盗賊を地面に転がして改めてリリスティアと向き合う。

「なああんた、もうすぐそこまでだが街へ同行は可能か?」

「できなくはないけれど、どうしてかしら?」

「とらえた盗賊の報酬と、あとは低下した戦力の一時的な補充だな」

「報酬はでるのよね?」

「そりゃあもちろん。まあその辺は俺らのボスと交渉してくれ」

 男が顎で示した先には、どこか腰の低いぽっちゃりとした低身長の男がいた。へこへこと頭を下げて揉み手をする商人の男は、リリスティアの知らない人種だった。グレイシャス家としてリリスティアが関わってきた商人たちは、成功者や自らの系譜を誇る自信家ばかりで、グレイシャス家を前にしても媚の姿勢を見せるような者ではなかった。対して目の前にいるのはよく言えば平凡。街で見かける商人とも違う、言いようのない小物臭を感じる商人を前に、リリスティアはすっと目を細くする。

「……あなたがこの商隊のリーダーね?」

「ええ、ええ。そうですとも。私がこの一団の長を務めております、ジーナーフェルですとも。この度は危ないところを助けていただきありがとうございます」

 止まらぬ揉み手を前に、リリスティアは小さくうなずく。商人が向ける不躾な視線が不快だった。

「それで?」

「ええ、ええ。もちろんわかっておりますとも。こちら、少ないですがお納めください。それと、ここからライネウスの街までの護衛を、できればお願いしたいのですがね。ええ、無理にとは言いませんとも。あなたのような素晴らしい技量の持ち主を短時間であれどお手を煩わせることになるなど菲才な私には大変身に余るものですけれどね。ええ、なにとぞお願いできればと」

「……いくらなの?」

「この程度でいかがでしょう?」

 再び取り出された革袋。その中身を一瞥し、相応の額であることを確認する。

 そのままうなずこうとしたところで、二人の横から先ほどのハンターの男が割って入る。

「それで、こいつらはどうする?犯罪奴隷として売った代金は?」

 犯罪を行った者は、一般的に奴隷として労働にあてがわれる。鉱山などで過酷な肉体労働をすることになったり、国家事業に動員されたり、その在り方は様々だ。盗賊ともなれば捕縛後そのままろくな審査もなく奴隷に落とされる。やせ細った傷を負った男たちなどさほどではないが、それでもここから街へ運ぶ手間以上の金になる。

 このまま契約できれば奴隷として売った代金をうやむやのまま手に入れられたのに――空気の読めないハンターへと舌打ちしそうな商人は、けれどすぐにその感情を軽薄な笑みの裏に隠し、にっこりとリリスティアに微笑む。

「盗賊たちの代金は折半ということでどうでしょうか?」

「それでいいわ」

 通常の相場を知らないリリスティアは口を出してきたハンターの男へと視線を向ける。男のうなずきを見たリリスティアの返事に、商人は嘆息を漏らす。

 その時、強い風が新雪を巻き上げながら吹き抜けた。その寒気の風はリリスティアのフードをさらい、彼女の顔をあらわにする。

 想像以上に幼い容姿が現れたことに瞠目したハンターの男と、目も口も開いて何かを告げようと唇をわななかせる商人。二人を前に、リリスティアはわずかに顔をしかめてフードをおろして顔を隠す。

 準備が完了したという知らせを受けた商人は、どこか浮ついたような足取りで馬車のほうへと歩いていく。

 その背を見ながら、ハンターの男はリリスティアに両手を合わせて頭を下げる。

「悪い奴じゃないんだ。ただ旦那……先代への反発か、どうにも感情の発露が大きくてな」

「別に気にしてないわよ。それと、ありがとう。おかげで奴隷のお金もかなりのものだったわ」

 肩をすくめて返すリリスティアは、盗賊の一人の尻を蹴っ飛ばして立たせた男と並んでライネウスの街に向かって歩き出した。

 鞄の中にしまった革袋の中身、商人から手渡された金額を思い出す。危ないところに手を貸してもらったお礼と、短い道中の護衛依頼料。たったそれだけでかなりのお金が手に入っていた。

 さらに、ライネウスの街に着いたリリスティアは盗賊たちの買取代金を手に、緩みそうになる頬を必死に抑えていた。

(……盗賊討伐、悪くないわね。それに相手によっては賞金も出るのよね)

 合計金貨一枚弱。たった数時間で稼いだ大金を手に、リリスティアは浮足立たずにはいられなかった。


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