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悲劇の悪役令嬢は王子殿下を愛さない  作者: 雨足怜


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31/197

31ハンター

遅くなりましたが更新します。

 目元が腫れぼったくなっていないか気になりつつも、リリスティアは改めてハンターギルドの門戸を叩いた。

 朝早くの低リスク高リターンの依頼争奪戦は一段落ついていて、ギルド内にはどこか弛緩した空気が漂っていた。

 タバコと酒と、わずかな血のにおい。やや煙たい空気に顔をしかめながらも、リリスティアはひとまずハンターになるための手続きをしようと、受付を探して視線を巡らせた。

 そして、目があった。ぱちりと大きく瞬きしたのは、頬に傷を負った、燃えるような赤髪の女。グロリアと名乗った彼女は、ゆっくりと立ち上がると、ふいと視線をそらしたリリスティアの真正面に回り込んだ。

「もう来たのか。思ったよりもヘタレだな」

 ニタニタとからかうような笑みがうっとうしくて、リリスティアはグロリアを押しのけるようにして受付へ向かった。

 屈強な男どもも見目麗しい女性には弱い。どちらかというと荒くれものの類が多いハンターたちを巧みに動かすために、ギルドの受付には若くてきれいな女性が並んでいた。その中の一人、眠たげなとろんとした目じりの女性の前が空いて、リリスティアはそちらへまっすぐ進んだ。

「ハンターになりたいんだけど」

「ハンターにですね。文字は読めますか?」

 うなずくリリスティアをさっと観察してから、女性は一枚の書類とペンをリリスティアへと差し出した。その視線が、一瞬リリスティアの背後へと向く。

「それじゃあこちらにご記入をお願いします。ああ、10歳未満は登録できないのですが、大丈夫ですよね?」

 もちろんと頷くリリスティアだったが、彼女はまだ9歳。別にばれやしないだろうと思いながら、リリスティアはペンをとって紙の欄を埋めていった。

 といっても、内容はさして多くはなかった。名前と、得意とする戦闘法と、備考。備考欄には薬草知識や採取経験、これまでの魔物討伐についてを書くようにとあったけれど、わざわざ余計な情報を開示する必要はないだろうと、リリスティアは最低限の内容を記入して受付嬢に手渡した。

「はい……ええと、リリスティアさんですね。戦闘はナイフによる近距離戦。……なるほど、確かに受理しました」

 さすがにこの場でグレイシャスの家名を書くことはしなかったリリスティアは、無事に用紙を受け取られて内心でほっと息を吐いた。

 そうして一息つけば、急に煩わしい視線が意識の中に入ってきた。まだ10歳にもならない少女がハンターになろうとしている状況はハンターたちの目に新鮮に映ったようだった。ひそひそと話す者の中には、どうにかしてリリスティアを良いように扱えないかと下種なことを考える者もいれば、リリスティアのような幼い子どもがハンターという過酷な立場に身を置くことを問題視して、リリスティアを守れないかと考える者もいた。

 十人十色な視線の中、けれどリリスティアを最もいらだたせたのは、すぐ後ろから突き刺さる視線だった。じっくりと全身くまなく観察されるような視線に、苛立ちが募っていく。

 わずか十分少々で発行されたハンターカードは、錬金術によって生み出された道具を駆使したもの。身分証にもなるそれをリリスティアに手渡してから、受付嬢は簡単にハンターギルドの利用方法を説明した。といっても、学がない者が職にあぶれてなることが多いハンターたちのために、その内容は実に短いものだった。依頼掲示板に貼られている依頼書をもって、受付で受領すればいい。街中での依頼はハンターカードなしに受けることができるが、街の外での活動を受領する際にはカードが必要なこと。また、ハンターランクより上の依頼を受けることはできないこと。危険度が高い依頼を受けるためには、依頼達成数を増やして試験を受けることが必要とのことだった。

「……Gランク、ね」

「多少戦闘経験がある方はすぐにFランクに上がると思いますよ」

 ハンターたちの死亡率を下げるために、ハンターギルドはランク付けによってハンターたちの能力を依頼となる魔物の強さを関連付けて受諾可能な依頼に制限を設けていた。

 ハンターランクはGから始まって、FからAまで、そして最高位がSとのことだった。Sランクともなれば貴族クラスの地位と名声を獲得することができるが、レスティナート王国にも十人といない精鋭中の精鋭であるということだった。

「……ちなみにアタシがそのSランクだ」

 受付嬢の説明に付け足すように勝手に話し始めたグロリアに生返事をしながら、リリスティアは掲示板へと歩き出して――

「S、ランク?」

 ようやく脳へとたどり着いた言葉をおうむ返しして、リリスティアはぐるりと首をひねってグロリアの方を見た。

「ドラゴンすら倒せるっていう、あの?」

「そうだ。見えないか?」

「全く見えないわね。私には勝てないってのは直感的にわかるけれど」

 そう言いながら、リリスティアは初めて、自らの意思でまっすぐグロリアと向き直った。そうしてわかるのは、グロリアがこの状況にあっても瞬時に戦いを始められるように、油断も隙もない状態を保っているということだった。

 本当かと確認するような視線を向けられた受付嬢は、リリスティアに対して鷹揚に頷いて見せた。

「彼女はこのギルドが誇るSランクハンターですよ」

 ふぅん、とやっぱり気のない返事をして、リリスティアは今度こそ依頼掲示板の前に向かった。そしてやっぱり、グロリアはリリスティアの後についていった。

「……どうしてついてくるのよ」

「妹弟子が気になったからだな」

「やっぱり、あなたがノートンの弟子なのね」

「懐かしい名前だよ。一通り技術を教えられたと思ったらふらりと姿を消したんだよ。風の便りで、どういうわけか貴族様に仕えているってわかったけど、それっきりだ」

 過去のノートンのことを、リリスティアはほとんど知らない。せいぜい、戦鬼と呼ばれた凄腕のハンターであったということだけだった。

 もっと話を聞いておけばよかったと、リリスティアは今更な後悔に表情を暗くした。

「……Gランクの依頼ってロクなものがないのね」

「まあ貴族様が満足するような依頼料のものはないだろうな。で、師匠からはあんたを見てやってくれって頼まれたわけだが」

「ノートンから一通りのことは教わっているわよ。だから特に必要じゃないわ」

「だろうな。戦闘経験も、回数自体はそれなりにあるみたいだし、不意打ちにさえ対処できれば問題はないだろうな」

 おもむろに肩に伸ばされた手を、リリスティアは横っ飛びに回避して見せた。

「瞬発力はそこそこ、体の周囲に神経を張り巡らせることはできる、か。ご令嬢とは思えないな」

 肩をすくめて見せたリリスティアは依頼表の一枚をはぎ取り、受付へと持って行った。

 今度はグロリアはリリスティアについていくことはせず、ただじっとその背中を見送った。

「……復讐にとらわれて、師匠を傷つけてくれるなよ」

 小さなつぶやきを聞き取ったのか、リリスティアはほんの少し依頼表を握る拳に力を込めた。


 リリスティアが受けた依頼は、フォレストラットの駆除。その名の通り、森に住む全長三十センチほどの丸々としたネズミであり、畑にやってきては野菜を食べる魔物だった。ハンターランクに合わせて設定された魔物のランクはG。すなわち、子どもでも攻撃が当たりさえすれば倒すことができる最下級の魔物だった。

 早速街を出たリリスティアは、すでに中天近くに上っている太陽をにらんでから、街の周囲に広がる畑の奥に見える森の方へと足早に向かった。

 板塀の奥、鬱蒼と生い茂る森は、奇襲対策として木がある程度間伐されていた街道脇の林とは違って、枝葉がほとんどの陽光を遮ってしまっていてひどく薄暗かった。とはいえその暗さは足を踏み入れるのをためらうほどのものではなかった。

 実に慣れた様子で、まるで街を散策するような足取りで森に踏み出したリリスティアは、迷子にだけならないように意識しながら森を進んだ。森の外縁部は立ち入る者が多いからか、枝葉が切り落とされ、地面は踏み固められて歩きやすい道ができていた。とはいえこれだけ人間が繰り返し通っているような場所に無事な魔物などほとんどいないだろうと、リリスティアは森の奥へとまっすぐ向かった。

 初秋の森は恵みにあふれていた。時折視界に入る色とりどりの木の実や果実を見ながら、リリスティアは警戒を続けながら柔らかな腐葉土を踏みしめた。

 足音や痕跡を探しながら移動するリリスティアは、ふと視線を上げて眼だけを動かして軽く周囲を見回した。どことなく饐えたにおいがした。それは、もはや慣れつつあるにおいだった。

 視界の端、木の幹に隠れるようにして緑色の小柄な影があった。ゴブリンだと、そうあたりを付けたリリスティアは素早く走って、木の幹に隠れるようにしながらゴブリンたちの側面へと回り込んだ。

 木の幹から探るようにリリスティアがいた場所へと視線を向けるゴブリンだが、その時にはすでにリリスティアはすぐ横にまで迫っていた。

 骨のナイフを突き出せば、それは眼窩からゴブリンを蹂躙して、一瞬にして死に至らしめた。

 続いて、近くにいたもう一匹のゴブリンを倒してから、リリスティアは周囲に死の気配がないことを感じて小さく息を吐いた。

 死の気配。ここ最近の経験からおぼろげに危険を察知できるようになったリリスティアは、それによって危ないところを何度も切り抜けることに成功していた。ねばつくような悪意や、強者の存在を肌で感じる力は先ほどグロリアが伸ばした手にも感じることができて、だからリリスティアは背後を向くこともなく、反射的にその手を避けることができたのだった。

 ゴブリンの死体の胸にナイフを差し込み、心臓横にある魔石という血のように赤い結晶を取り出す。魔法具の燃料になるそれは、少額ではあるが大事な収入だった。

 ナイフの血を軽く払って、リリスティアはすぐに次の獲物を求めて歩き出した。

 そこには傲慢令嬢の影などなく、ただ一人の戦士がいた。

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