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悲劇の悪役令嬢は王子殿下を愛さない  作者: 雨足怜


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13/197

13罰

 父であるグレイシャス伯爵の処刑の話を聞いて、リリスティアは激しい絶望に襲われた。

 泣きつかれて、眠ってしまいたかったけれど、眠ることは許されなかった。体も心も、リリスティアにそれを許さなかった。

 熱を出していた二日間の十分な睡眠によって、リリスティアの体はこれ以上の休憩を必要としていなかった。そして心は、眠っている場合ではないとリリスティアを駆り立てた。

 何も、できはしないのに。

 そう、リリスティアには何もできなかった。処刑されるという父親を救うことなど、できない。そんな権力も暴力も財力も、リリスティアは持っていなかった。

「……どう、すればいいの?」

 震える声で、蚊の鳴くような声で尋ねるも、リリスティアを強く抱きしめるノートンは何も言うことはなかった。

 何も、思いつかなった。父の処刑の話を聞いた幼子に、一体何をしろと告げることができるのか。

 そもそも一介の家令に過ぎないノートンには、グレイシャス伯爵を救う手立てなど思いつくはずもなかった。

 何をなすべきかくらいは、わかっていた。それは、グレイシャス家の立て直しのために奔走すること。

 グレイシャス伯爵の処刑のことなど思考から追い出して、明日を生きるための活動をする必要があった。

 現状、生活資金はノートンが持っていたわずかなお金から成り立っていた。とはいえもちろん、その金ももう底が見えていた。金が尽きれば、食料が買えない。飢え死にするか、正義感に突き動かされた暴漢に襲撃されて殺されるか、捕らわれるか、ろくな目に合わないことだけは確かだった。

 だから、逃げるのだ。この王都から、グレイシャス家の罪が知れ渡っているこの街から、遠くへ、グレイシャス家の罪の情報が届かないような田舎へと、逃げるのだ。

 それが、ノートンに思いつくすべてで。けれど、憔悴した様子のリリスティアにそのようなことを言うことはできなかった。

 孫娘のように思っているリリスティアに、この状況で選択を迫ることなど、ノートンにはできなくて。

 けれど、リリスティアはノートンが思っているほど弱い存在ではなかった。「悪役令嬢」などと呼ばれ、蔑まれながらも、リリスティアは強く生きてきた。

 逆境の中で凛と背筋を伸ばして歩いていたリリスティアは、気づけば精神面で強く鍛えられていた。

「……お父様に会いに行きましょう」

 その言葉に、ノートンは思わず目を大きく見開いた。正気か、という疑いの言葉が喉元までせりあがって、ノートンは言葉を慌てて飲み込んだ。

「本気、ですかな?」

 けれどやっぱり、リリスティアにそう尋ねないわけにはいかなかった。父親の処刑に、自ら足を運ぶ。そんな苦行をする決断をしたリリスティアを、ノートンは何としても止めたかった。

 けれど、涙を目尻に光らせながらも覚悟が決まった鋭い目を見て、ノートンは制止の言葉をためらった。

 その目は、かつてのグレイシャス伯爵の目に似ていた。亡者のごとく近づいてきては金を無心する者たちから家を守るために奮闘していた主人の昔の姿を思い出し、ノートンは静かに目を閉じた。

 主人ならどうするか――かつての主人の姿に問いかければ、答えは一瞬だった。

「……私もお供させていただきます」

「頼むわ」

 短く告げたリリスティアは、ノートンに処刑の日時を聞き、それが今日の数時間後のことだと知って慌てて立ち上がった。

 部屋の端に放っておいてあった外套を手に取り、それが放つ臭いに顔をしかめながらも袖を通し、フードを深くかぶる。

 それから、リリスティアはフィリップに一声かけてから飛び出すように街へと踏み出した。


 リリスティアは、父の口から真相を聞きたかった。

 本当にヒルベルム硬貨の偽造を計画したのか。リリスティアには、父がそのような罪に手を汚すとはどうしても思えなかった。たとえ目に入れてもいたくないほどにかわいがっていたリリスティアのために散財しすぎて、経営が傾いたグレイシャス家を救うためだったとしても。

 けれど、ノートンに確認したところグレイシャス家が危機的状況にあったという話は寡聞にして知らないということで、リリスティアは新たな可能性を検討し始めていた。

 誰かにはめられたのではないか。例えば、グレイシャス家が所有する金鉱山を狙った何者かが、冤罪によって父を破滅させたのではないかと考えた。

 あるいは、グレイシャス家は誰かの甘言に誘われて協力していただけで、主犯は別にいるのではないかとも考えた。

 そして、それらの言葉を知る機会は、このタイミング以外にはなかった。

 処刑の前。罪人にはただ一言の言葉が許される。それは、たとえ王族殺しの凶悪犯罪者であっても同様だった。

 父の処刑など、見たくはなかった。今でも、心のどこかで父は本当は罪など犯していないのではないかとリリスティアは思っていた。処刑など、実はないのではないかと、そう思いたかった。

 けれど、処刑という一大イベントを前に活気づく街が、道行く住民の話し声が、処刑の存在を突き付ける。

 心臓が跳ねる。血の気が引く。もつれる足を必死に前へと運ぶ。倒れそうになるリリスティアの体をノートンが支える。酸いも甘いも嚙み分けてきたノートンの顔にも、一切の余裕はなくて。睨み殺すような鋭い視線と、ここが戦場だと錯覚しそうな殺伐としたノートンの空気を感じて、リリスティアは少しだけ我に返った。

 やがて二人は大通りに歩み出た。ひと際喧騒が大きな、貴族外のはずれ、平民街との間。高くそびえる壁に沿うようにして存在するのは、死刑場と晒し場。

 今か今かと処刑を待ち望む住民たちの歓声を聞いて、リリスティアは必死で口元を抑えた。口内に広がるすっぱいものを必死で飲み込む。

 涙がにじんだ。

 あいまいになった輪郭は、視界に映る人々の姿を化け物へと変貌させた。まるで周囲にいるその者たちが狂気によって粘土のように練り上げられ、一つの怪物となり果てたように思えた。

 その怪物が、大きく口を開いて自分たちを待ち構えているのをリリスティアは幻視した。

 足が震えた。ためらうその背に、ノートンの手が触れた。

 顔を上げた先、行かなくてもいいと告げる優し気な目を見て、リリスティアは逆に覚悟を決めた。

 一歩を、踏み出した。

 父の処刑を見るために、父の最期の言葉を、冤罪の可能性を聞くために、リリスティアは己を奮い立たせた。

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