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1プロローグ リリスティア・グレイシャス

新作始めます。

20話までは書き終えているので、ひとまずそこまで投稿します。

 グレイシャス伯爵家長女、リリスティア・グレイシャス。彼女は傲慢であり、自己中心的であり、息を吸うように他者を見下す存在だった。

 グレイシャス伯爵家はレスティナート王国建国から続く旧家であり、領内には埋蔵量の限界の見えない金鉱山を有し、肥沃な土地も多く、まさに繁栄を約束された家だった。

 金にも食べ物にも困らず、やさしい両親から溺愛されたリリスティア・グレイシャスが高慢な性格になったのは、当然の帰結だった。

 他者を見下し、これ見よがしに金を見せ、自分より爵位が下の同級生を、金に困る者を見下すのが、彼女の常だった。

 人々は、リリスティアを悪役令嬢と呼んだ。

 物語に登場する悪役令嬢。あるいは、悪女。その呼び名は、リリスティアの琴線に触れた。使用人に話を聞けば、悪役令嬢とは気に入らない者をその権力と金で排除し、学園などの集団に君臨する完璧な女性だという。

 リリスティアを怒らせることを避けた使用人の、間違ってはいないが真実とは程遠い悪役令嬢の説明に、リリスティアは満足そうにうなずいた。

 パシンと扇子を閉じて、幼いころから手入れを怠ることなく手に入れた美貌をこれでもかと見せびらかしながら、リリスティアは八歳から十歳までの生徒が通う初等学院で、女王のように振舞っていた。

 それが、リリスティアの日常。

 権力もあり、金もあり、彼女の日常は順風満帆だった。だからこそというべきか、彼女はひたすらに退屈していた。

 それが暴力性へとつながり、彼女は少しでも気に入らない生徒が目に付くとしいたげ、気に食わない使用人は即座に解雇し、やりたい放題をしていた。

 多くの生徒はリリスティアを鼻つまみ者として扱い、遠のきにしていた。それを畏敬だと受け取ったリリスティアはますます増長した。

 そして、恐怖で支配者に君臨したリリスティアのもとには、甘い汁を吸おうと必死な者たちが集まった。

 彼女たちに持ち上げられ、リリスティアはまさに常世の春を謳歌していた。


 初等学院には制服がある。紺のブレザーに、男子はズボン、女子はプリーツスカート。金がなくても学院に通えるようにという貧乏貴族への配慮ゆえの制服だが、高位貴族の見栄を張る精神性を考えて多少の改造は目こぼしされていた。

 だから、リリスティアはここぞとばかりに制服の改造に金を注ぎ込んだ。

 袖と首回りが美しいレース編みの白いシャツに、金糸の装飾が施された紺のブレザー。ほかにも多くの手入れがされた制服姿は、白い大理石のテーブルを囲む集団の中でひどく浮いていた。

 何より、彼女の傲慢さの象徴のような真っ赤な髪は、まるで野ばらに咲く一輪の薔薇のような不和を学園内、特にリリスティアの周囲に生み出していた。

 リリスティアの周りを取り囲むのは、改造が一切施されていないか、あるいは申し訳程度に個性を出した制服に身を包む女子生徒たちだった。その服装は気に入らなかったが、皆が自分の顔色をうかがう状況は、リリスティアにとって心地よいものだった。

 テーブルへと手を伸ばす。現在話をしていた者が言葉を止める。話がつまらなかったのか――そんな怯えの色が顔に浮かぶ。

 ふん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたリリスティアはだらしなく椅子の背もたれに体重を預けながら、わずかに顎をあげて話しの中心となっていた女子生徒を見つめた。

 ろくに手入れのされていない、日焼けした肌。日に焼けて色あせた茶髪。もう少し磨けば光るものもあるだろうになどと思いながら、リリスティアはリップのお陰で艶のある唇をゆっくりと開いた。


「――それで、ルベルト殿下の話だったかしら」


 女子たちが姦しく話をしていたのは、ルベルト・ヒルベルムについて。

 リリスティアを始めとしたテーブルを囲む面々が属するレスティナート王国の隣に位置する大国の第一王子の名だ。緑の髪に強い意思の宿った黄緑色の瞳。甘いルックスは将来を約束されたようで、現時点から女子たちの視線を集めていた。

 多くの女子が熱い目で見つめるルベルトだったが、リリスティアの反応は淡白なものであった。何しろ、リリスティアは恋だの愛だのに少しも興味がなかったから。

 だからルベルトを見ても、リリスティアの感想はといえばせいぜい、「木漏れ日のような色合いをした男子生徒」といった程度のものだった。

 ちなみに、子どもであって本人が爵位を持っていないとは言え、自分より高位の貴族家の子どもに対して名前で呼ぶことができるのは、婚約者または本人から直接許可を得た者に限られる。

 当然、リリスティアがルベルトの婚約者であるわけでも、ルベルトから名前で呼ぶことを許可されたわけでもない。けれどリリスティアは平然とルベルト殿下と呼んだ。

 そんな勝手が許されていて、周りの者が誰もそれを咎めないあたりに、リリスティアの、正確にはグレイシャス家の権力の大きさが垣間見えた。

 リリスティアの質問のような独り言のような言葉を受けて、テーブルを囲む女子たちはこそこそと視線を交錯させて、互いに発言権を押し付けあう。リリスティアの不興を買わないために発言したくない――そんな思いが透けて見える行為も、バイアスのかかったリリスティアの目には正確には映らない。

 小鳥たちが偉大なるリリスティア・グレイシャスに答える誉ある立場を奪い合っている――そんな風にリリスティアは見ていた。

「その、ですね。ヒルベルム第一王子殿下が、レスティナート王女殿下と腕を組んで歩いているところをお目にかけまして……」

 ピシ、とリリスティアの笑みが凍った。ヒッ、と女子生徒が小さく悲鳴を漏らす。

 話題に上ったのは、アイギス・レスティナート。ルベルトと腕を組んでいた姿が目撃されていたという彼女は、この国の第一王女だった。

 リリスティアより歳は一つ上で、現在十歳。この初等学院の最年長クラスに在籍しているアイギスとリリスティアは犬猿の仲にあった。

 正確には、リリスティアがアイギスを一方的に嫌っていた。

 理由は、アイギスが異性に目がない女狐だから。

 他者をしいたげる在り方も、学院の女王のように派閥を形成して君臨するあり方もそっくりな二人だったが、異性に対する対応だけが異なっていた。

 リリスティアが男子を排除した集団を形成する一方、アイギスは多くの男子をその美貌――リリスティアに言わせれば厚化粧――を振りかざし、男子たちをいいように操っていた。

 男子の情欲の視線を集めて鼻高々な様子のアイギスを見て、リリスティアはひどく滑稽だと思っていた。

「ふぅん、お似合いじゃない」

「……そうですね!お似合いですよね!」

 リリスティアの肯定の言葉を受けて、女子生徒の一人が勢いよく席を立ちながらまくしたてる。この集団に属する色恋に興味がある年頃の少女の中でも、最も異性関係に熱を持っている女子を半目で見て、リリスティアはぴしゃりと音を立てて扇子を閉じる。

「はしたなくってよ?」

「す、すみません……」

 口元を隠したリリスティアに嫌悪の目で見つめられた女子生徒は、絶望の顔をして椅子に座った。

 沈黙の時間が流れる。誰もが失態をさらした女子生徒のすがる視線から目をそらす。

 吹き抜ける風が、テラス席の先にある花々の甘い香りを運んでくる。

 同時に、カツカツと床を踏み鳴らす音が響いて、リリスティアは胡乱な顔でテラスの先にある扉へと視線を向けた。

 視線の先、扉の手前に座っていた女子生徒が体を固くする。

 ノックの音。それとほぼ同時に、涼やかな声が響いた。まだ声変わりのきていない、甲高い少年の声。

「ルベルト・ヒルベルムだ。入っても構わないかな?」

「どうぞ?」

 いぶかしげに首をひねりながらも入室を許可するリリスティア。その周りでは、女子生徒たちが慌ててスカートのすそや襟を確認し始めた。しわを伸ばすようにスカートを叩く姿を内心でみっともないと嘲笑いながら、リリスティアは入室してきた男子生徒へと視線を向けた。

「女性たちの花園に突然踏み込んですまないね」

 口先では誤りながらも、頭を下げないのは王族としての立場を意識してのものか。

 構いませんわよ、と告げながらも、リリスティアはやっぱり自分をルベルトが訪ねてくる理由がわからずに内心で首をひねっていた。

 今年で十歳になるルベルト・ヒルベルム王子は、まだ幼さの残るかわいらしい顔立ちの中に、少し男性としての力強さを感じられるようになってきていた。最近喉に違和感があるらしく、変声期が来てしまったのかと、ルベルトの高い美声を嘆く声楽部の女子生徒の声にならない悲鳴を聞いたことを思い出した。

「グレイシャス嬢、少し話がしたいのだけれど、大丈夫かな?」

 ほんの少しだけかすれた、けれどまだまだ美声と呼べる声で、ルベルトはリリスティアに用があると端的に告げた。美辞麗句を述べないあたりは、リリスティアがいかに悪名をとどろかせているかがわかるというものであった。とはいえリリスティアはいちいち男性が女性をほめる風潮にどちらかと言えば辟易していたため、特に不快には感じなかった。

 そしてこの場にリリスティア以外にルベルトがわざわざ足を運ぶような人物はいないのだから、リリスティアはわざわざ指名をする必要もないだろうにと、ルベルトの無駄に内心でため息を吐いた。

 ルベルトの長い睫毛が小さく揺れる。悪役令嬢を前にしても、ルベルト・ヒルベルムは完璧な王子だった。

 ルベルトが口元にたたえた微笑を見て、テーブルを囲む同性の者たちが身もだえする。そんな中、リリスティアはその冷酷な視線を見ながら頭を困惑でいっぱいにしていた。

 少なくとも、目の前の少女たちが語っていたような甘い展開が待っているようには、リリスティアには思えなかった。

「ここでは話せないことなのかしら?」

 にらむようにリリスティアが厳しい口調で尋ねれば、ルベルトは少しだけ不思議そうに瞬きをした後、その顔から笑みを消した。

 ようやくルベルトが纏う異様な空気を感じ取ったのか、こそこそと話をしていた女子たちが動きを止める。うかがうようにルベルトを見て、半数の者がその美貌にやられて、もう半数は殺気すら感じるルベルトの気配に飲まれて動きを止めた。

「……話せなくはないね。まあ、どのみちすぐに知れ渡ることかな」

 顎に手を当てて少しだけ悩むそぶりを見せたルベルトが、部屋の奥へと、リリスティアの横へと歩み寄った。

 まだ身長ではリリスティアの方が上だとは言え、座っている状態で見下ろされれば、ルベルトが纏う覇者の風格も相まってリリスティアは圧倒された。

 恐怖に、手が震えそうになる。開いた扇で、リリスティアはゆがむ口元を必死に隠す。

 もう一度、強い風が部屋に吹き込む。むせ返るような花の匂いが、ひどく不快だった。

 眉をひそめたルベルトが、ゆっくりと口を開く。

「レスティナート王国が伯爵、ヴィンドサム・グレイシャスが、我がヒルベルム王国が発行するヒルベルム通貨の贋作を作製しようとしていたことが発覚した。ゆえにヒルベルム王国は、レスティナート王国ひいてはグレイシャス家に、信用崩壊をたくらんだことへの賠償を請求した」

 リリスティアを絶望に叩き込む言葉が、告げられた。

 リリスティアは目の前が真っ暗になった。自分が立っているのか座っているのかも定かではなくなった。


 そして気づけば、リリスティアは家のベッドで横になっていた。


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