フラマンタスの刃5
教会戦士達が次々出撃して行く。十字剣を抜剣して駆ける者もいた。
甲冑には慣れた。フラマンタスは次々鍛え不足の脱落者達を追い抜き、町へ飛び出した。だが、町は大混乱だった。
既に到着していた教会戦士が慌てずに建物の中へ避難するように呼び掛けていた。
フラマンタスは駆けた。逆流してくる人の波を押し退け、現場へと急いだ。
ゾンビの凶悪な声が聴こえた。既にスラム街から平民地区の中へと亡者達は踏み込んでいた。
「奴らを掃討せよ!」
まだまだ小勢の教会戦士達が必死に壁を築き、十字剣を振るう。
だが、ゾンビの群れは教会戦士達を追い抜き町へと広がって行った。
「いかん!」
「ですが、我々もここを動くわけには!」
教会戦士達はフル装備であるため、ゾンビの前に恐れは無かった。
「フラマンタスさん!」
声がし振り返るとシスターマリアがいた。
「何故、着いてきた!?」
フラマンタスは驚き怒ったが、彼女がワクチンの入ったアタッシュケースを抱えているのを見て、頷いた。
「ここは彼らに任せて流れ込んだゾンビ達を斃すぞ!」
フラマンタスはそう言うと、来た方向を戻り、次々街に入り込んだゾンビ達を切り裂いた。
あちこちから逃げ遅れた人々の声が聴こえる。
どこへ、どこへ向かえば良いのだ、私は。
フラマンタスは聴こえる悲鳴に足を踏み出し、南へ向かって駆け出した。
新鮮なゾンビは走るのが意外に早く、フラマンタスもつい不意を衝かれるところがあった。シスターマリアが声を上げ、回し蹴りをくらわし、フラマンタスはゾンビの首に剣を突き立てた。
「フラマンタスさん、あそこを!」
見ると、一人の女性が子供を庇って背を向けゾンビに襲われようとしていた。
フラマンタスは駆けた。
ゾンビ達を一網打尽にすると、女性が礼を述べた。
だが、抱いている少女が腕を噛まれゾンビ化の兆しを見せていた。
「お姉ちゃん、痛いよぉ」
「ああ、神様! 何てこと、何てことなの! そんな!」
女性は少女を強く抱きしめてそう言った。
フラマンタスは、少女を殺すべきか考えあぐねていた。
すると、隣でシスターマリアがアタッシュケースを開いていた。
「そうか、ワクチンが!」
フラマンタスは思わず声を上げていた。
「この子は助かります。薬を注射させて下さい」
シスターマリアが言うと、女性は驚いた顔をした。
「助かるんですか!?」
「助かります!」
シスターマリアが少女の手に注射を打つ。
フラマンタスは、路地裏へ一同を引き込み、見張りに立った。本当なら戦いに加わりたかったが、そうなれば彼女達を守る者がいなくなる。唸りを上げて目ざといゾンビが襲い掛かって来た。
フラマンタスは、十字剣を一刀の下に薙ぎ胴を分断した。だが、血の中に己の臓物を引きずりながらゾンビは這いずってくる。フラマンタスは首を分断した。
「フラマンタスさん!」
シスターマリアが呼ぶ。
「どうした!?」
振り返ると、シスターマリアは親指を立てた。少女は間に合った。助かったのだ。
近くの民家に二人を送ると、フラマンタスは再び戦いに出た。
王国騎士団、衛兵団も合流し、ゾンビの鎮圧を終えることができた。
フラマンタスは一息吐いた。
ギルバート神官長が歩んで来た。手にしている棘付きメイスからは血が滴り落ちていた。
「やはり、そうだったか」
今までにない冷たい口調にフラマンタスは鉄仮面の下で目を瞬かせた。
「来いフラマンタス」
強い口調で言われフラマンタスは驚きつつ後に続いた。
教会戦士達が敬礼する。
「敵の狙いはお主かもしれぬ」
ギルバート神官長が言った。
「どういうことです?」
「一連の事件がある日を境に、フラマンタス、お主の行き先々で起こる様になった。今回のこともお主がいることが発端かもしれん」
「そんな馬鹿な」
フラマンタスはギルバート神官長の言葉に驚きそして気付いた。
「試したんですね!? 私を呼び出し、オニキスを配らなかったスラムの人間達を犠牲にして」
ギルバート神官長は真面目な顔で頷いた。こんな冷たい男だとは思わなかった。
「フラマンタスさん、今回のことはギルバート神官長のせいではありません」
シスターマリアが歩んで来た。
「私の父上の判断です。スラムの人達をこの機に一網打尽にしてしまう口実を得るために賭けたのです!」
シスターマリアが声を上げて言った。
「いや、シスターマリア、今回のことは私の独断で」
ギルバート神官長が言ったが、フラマンタスは手で制しマリアに尋ねた。
「君の父上は誰なんだ?」
その問いにシスターマリアは毅然と応じた。
「国王です。私はその二十七女、マリアンヌと申します」
「ああ、姫様……」
ギルバート神官長が愕然としてうなだれた。
「フラマンタス、マリアンヌ姫様はその強い意志で教会戦士を志しておられる。お前の話をしたら是非とも力になりたいと言われたのだ」
フラマンタスはマリアンヌ姫を見降ろした。姫は強い眼光で頷いた。
「フラマンタスさん、あなたには真紅の屍術師討伐の任が下されます。私もその旅にお加え下さい」
フラマンタスはかぶりを振った。
「もしも、ギルバート神官長や国王陛下の思う通り、私を軸に一連のゾンビ騒動が起こっているのなら、私はあなたを連れて行くわけにはいきません」
だが、挑むように姫は顔を向けて来た。
「あなたが戦っている間、ワクチンは誰が守るのです!?」
「それは……」
その辺に置いて置くなどとは言えなかった。貴重なワクチンだ。フラマンタスの中では金貨などよりも遥かに価値が高い。しかし、「姫」だ。もしも守り切れなかったらどうする。すると、マリアンヌ姫が言った。
「嫌でもついて行きます。拒まれようともついていきますからね」
姫はそう言った。
「姫様の意思は固い。フラマンタス、真紅の屍術師討伐の任に同道させるのだ」
ギルバート神官長が溜息交じりに言うと、フラマンタスも諦めるしかなかった。
「姫様、危険で非情な旅になることは承知の上ですね?」
「承知の上です」
姫は頷いた。フラマンタスは相手の覚悟を知り、神官長を振り返った。
「彼女を連れて行きます」
「うむ、よろしく頼むぞ。姫様もフラマンタスの言葉には従うようにして下さい」
「ええ、分かってます」
そして装備を整えたマリアンヌ姫が合流した。その姿は皮の鎧を基調とした旅姿だった。長い髪を後ろで二つに結び、知性と愛嬌のある青い瞳を向けてくる。
「お待たせしました」
ワクチンが入っているだろう大きめのアタッシュケースを手にしている。重そうだが、代わりに持とうとするのを拒まれた。これは自分の役目だと彼女は断固として譲らなかった。
騒動は治まったが、未だに町中は恐々という様相だった。教会戦士に衛兵達が其処彼処で見受けられる。そんな中をマリアンヌ姫とともに歩み、フラマンタスは王命でもある真紅の屍術師討伐の任に赴いたのであった。