フラマンタスの刃3
町に生き残りはいなかった。フラマンタスは独りで遺体の埋葬をするつもりでいた。と、言っても、それらは悲しくもフラマンタスによって斬られ、もはや人の形をしていない破片と言っても過言ではない。
一つ大きな穴を掘り、そこに埋葬しよう。
所謂共同墓地だ。
幸い掘る場所は町の南側にあった。墓石が立ち並ぶ草むらで、手入れが行き届いている。その側の春の野花が咲き誇っている原っぱに穴を掘るつもりでいた。春の野花には申し訳ないが、と、思いつつ家主のいなくなった民家から拝借したシャベルで穴を掘り始めた。
だが、シャベルを突き立てて十分も経過しないうちにフラマンタスの耳には聴き慣れた音が聴こえて来た。レガースが石畳を蹴り、甲冑を揺らす音だ。一つだけではない、三十人はいるだろうか。彼は音のする方向を見上げて待った。
春も暖かくなって来たというのにお揃いの銀色に輝く甲冑兜姿。腰には十中八九、十字剣。見なくても分かる。教会戦士、顔も見たことも無い同僚達だ。
だが、鎧こそ着てはいるものの、一人だけフルフェイスの兜ではない者がいた。背は他の者達より低い。それが女性だと分かったのは声を聴いてからだ。
「フラマンタスさんですね」
教会戦士達が整列し道を空けると、女は歩み寄って来た。
「いかにも」
フラマンタスは応じた。
すると相手は微笑み、兜を脱いだ。
折り畳まれていた長い黒髪が揺れて広がる。年の方はまだまだ若い。フラマンタスは二十八だが、彼女は二十、あるいは十九ぐらいだろう。大きな深い青い瞳をしている。無邪気に笑ってはいるが思慮深そうだとフラマンタスの勘は告げた。
「初めまして。私はシスターマリアと申します。教会より派遣されて参りました」
シスターマリアが差し出す封書を受け取り、封を十字短剣で切り、中身を読む。
フラマンタスの上司に当たるギルバート神官長の神経質そうな文字で記されていた。労いと心配と、憂い。そして次が大事だった。ワクチンを作ることに成功した。
「ワクチンが!?」
思わずフラマンタスは声を上げた。
ゾンビに噛まれた者は時を置いてゾンビとなる。そうなる前に快癒できる薬剤の研究を教会は地下で行っていた。
「ええ、ワクチンが完成しました。これがフラマンタスさんに与えられたワクチンの数です。三十個あります」
シスターマリアは知性と愛嬌のある目でこちらを見てアタッシュケースを取り出した。
そして彼女が開くとそこには瓶に詰められた緑色の液体が整列していた。
「注射器もあります。それとこのタリスマンを」
首飾りだ。ぶら下がっている黒い石はおそらく。
「オニキスです」
シスターマリアは答えた。
「これが何かの役に立つとでも?」
「はい。これを持っていれば真紅の屍術師の邪術、つまりアンデット化を無効にできることが立証されました」
「もう一日、早くきていただきたかった」
皮肉を言ったわけでも無い、フラマンタスは掘りかけの穴を見ながらそう言った。だが、ワクチンは三十個、助けられない命の方が多かった。
「すみません。私達も急ぎはしたのですが、この町の人達の分のタリスマンは他の地域の方々に配られる様にしましょう」
シスターマリアは言った。
甲冑を脱いでいたため、フラマンタスはその首にオニキスのタリスマンをぶら下げた。
「町の様子は分かりました。ここは皆さんに任せて私達は一足先に王都へ帰還しましょう」
「王都へ?」
「そうです。フラマンタスさんの活躍を知り、ギルバート神官長の推薦で戦士団長への昇格が決まりました。その式典を行うのです」
「興味無いな」
「意地でも来てもらいますよ。それでは皆さん、よろしくお願いいたします」
シスターマリアが言うと休めの姿勢で待機していた教会戦士達が動き始めた。やがてそれぞれが、各民家からシャベルを手に入れ、穴を掘り始める班と、遺体回収の班に分かれて活動を始めた。
「さぁ、私達は出発ですよ」
シスターマリアが言った。
「……分かった。行こうシスターマリア殿」
「マリアで良いですよ」
相手は微笑む。
「分かった。ならマリアと呼ばせてもらおう。鎧を着るから待っていてくれ」
フラマンタスは甲冑を着ると、マリアに頷いた。
「参りましょう」
マリアが歩き始め、フラマンタスは後に続いた。
不意に彼は右手の民家の屋根にこちらを見降ろす影を見つけた。
「誰かいるようだが」
「ああ、傭兵の方です。こちらですよ!」
マリアが言うと、相手は何と二階から三回転ほどして跳び下りて来た。
「よぉ、あんたがフラマンタスか」
カウボーイハットをかぶり、刃の広い短剣を左右の手にそれぞれ握っている。
若い男だ。二十四ほどだろうか。端正で愛嬌のある顔をしている。
「俺はコモド。二剣のコモドと言った方が合点がいくかな」
「悪い、知らないな」
とりあえず彼が身軽だということだけが分かった。
「ありゃ。まぁ、良いや。名誉の叙勲式に御呼ばれして美味しい料理を堪能したいね。招待状、俺の分も作ってくれよ」
馴れ馴れしい奴だとフラマンタスは思った。あまり得意なタイプではない。
遺体を布で包んで運ぶ同僚の教会戦士達とすれ違い、フラマンタスは仕方なくマリアとコモドと共に王都を目指すことにした。