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フラマンタスの刃2

 夜。賑やかになる前の酒場で食事を終えたフラマンタスは宿の一室で剣を研いでいた。ああいう場の喧騒は嫌いだ。自分が散々斬り捨てた報われぬ魂を思い出すからだ。彼らの日常は非情にも奪われた。真紅の屍術師の手によって。

 一本の燭台の灯りだけだが、それらは狭い部屋を煌々と照らし出している。

 砥石に刃を走らせる音だけが聴こえている。

 フラマンタスはこの瞬間だけあらゆる束縛から解放され、無になることができた。

 だが、そんな彼の束の間の時を乱す者が現れた。

「教会戦士さん、ゾンビが出やがった!」

 扉をノックも無く乱暴に開いたのは中年の宿の主だった。フラマンタスの甲冑姿と腰の鞘に収まっている十字剣を見て如何なる職務を遂行するのか気付いたのだろう。

「分かった、出よう」

 フラマンタスは甲冑を脱いでいたため鎖鎧だけの姿で外に出た。

 ここは小さな町だ。木造で屋根が赤瓦の平凡な家屋が多かった。

「で、でかい」

 外で待機していた町の男が言った。それはそうだ、フラマンタスの背は二メートル五十もある。自分より大きな人間に会ったことがあるのは子供の時の大人だけのようなものだ。もっともすぐに追い抜いたが。

「案内します、教会戦士さん」

 だが、その言葉を聴くまでも無く、野獣の様な雄叫びは夜の町にはよく響いていた。

「宿に籠って鍵を掛けて置け。敵は一体だけとは限らない」

 現れたのだ。あの真紅の屍術師が。これだけ近い位置にいながらその存在に気付けない自分が恨めしかったが、自分は背が大きく剣を振るうのが得意なただの人間であるので仕方が無い。

 軽装のフラマンタスは駆けた。満月が彼の細面の顔と茶色の髪を照らした。

 声にならない声という使い方は違うかもしれないが、人間離れしてしまった犠牲者の声は人の声とはまた違っていた。畏怖を、恐怖を覚える粗雑で暴力的な鳴き声だ。

 そんな声を上げて女のゾンビがフラマンタス目掛けて手を伸ばして襲い掛かって来た。

 フラマンタスは冷静に避け、足を引っかけ、転んだゾンビの頭の後ろに十字剣を突き刺した。剣は脳髄を破り石造りの地面まで貫いた。磨いたばかりだが、また磨かなければな。などとフラマンタスは思わない。十字剣を右手に自分の顔の前に掲げ哀れな犠牲者に祈りを捧げた。

 拍手が沸き起こった。

 衛兵が、住民が総出で出て来る。

 町の仲間が死んだのだぞ? 何をそんなに祝福できるものか。フラマンタスは嫌悪しながら、町長の握手に応じた。

「助かりました、教会戦士様」

「真紅の屍術師を見た者はいないか?」

 フラマンタスは声を上げた。

 それは突然のことだった。途端に人々が苦しみ出した。喉を押さえ、天に手を向けたりし、そうして濁った双眼が現わになった。

「これは!?」

「フフッ、フラマンタス、私ならここですよ」

 満月を背に人家の屋根の上にその影はあった。鮮明には見えないがこの声、間違いが無い。真紅の屍術師だ。

「貴様、何故このようなことをする!?」

「その問いのお答えでしたら以前言った通りです。さぁ、あなたは生き残れるでしょうか?」

 咆哮を上げて狂える死人達が襲ってきた。

 フラマンタスは剣を旋回させて人数を減らしたが。だが、衛兵のゾンビに対しては甲冑を割る程度だった。

 一気に人数を減らした死人達だったが、民家の扉という扉が開き、ゾンビ達がゆらゆらと歩み、方角をこちらに向けて来た。

 衛兵のゾンビがフラマンタスに掴みかかって来たが、身軽なフラマンタスは、避け、間合いを開いて相手の首を刎ねた。

 だが、新手は次々流れてくる。

 町中の人間がゾンビになったのだろう。奴ならやる。俺を試している。奴の遊戯に見合う玩具かどうか。

 月光が十字剣を煌めかせる。

 フラマンタスはひとまず、逃げた。相手が多すぎる。民家に入り、鍵を掛ける。

 外は野獣そっくりな咆哮で満たされていた。昔の自分ならそれだけで恐慌をきたし、文字通り小便を漏らしていただろう。だが、今は違う。私は孤高の教会戦士だ。どんな状況も一人で打破できる。

 フラマンタスは二階へあがったが、陰にいた老婆のゾンビに不意打ちをくらった。

 だが、老婆ではフラマンタスの屈強な身体はビクともせず、逆にひっくり返り、フラマンタスの剣の贄、いや、錆びとなった。

 さて、どうする。階下から窓ガラスが割れる音がした。これだ。

 フラマンタスは急いで階段を跳び下り、侵入していたゾンビを叩き切る。

 次いで、割れた窓からその枠の都合上行儀よく一体ずつ入って来るゾンビを仕留め続けた。地味だが堅実な方法だ。今の私には普段の甲冑が無い。先に二階へ行って老婆のゾンビを斃せたのは運が良かったのかもしれない。

 フラマンタスは振るいに振るった。十字剣には赤い血の流れる濃厚な影が映っていた。

 しばらくそうやっていると、フラマンタスの気持ちも焦れて来た。これでは朝になっても終わらないでは無いか。

 フラマンタスは侵入しようとするゾンビを蹴飛ばし、扉へ駆けると鍵を外して、外へ飛び出した。

 五十もの狂える死人の顔がこちらを見た。

「神よ、我に御加護を、この者達に安らかなる祝福を!」

 フラマンタスは咆哮を上げてゾンビの群れに突入し十字剣を四方八方へ走らせた。

 そうして肉塊と臓物が血に浮かぶ中、フラマンタスはこの戦いに終止符を打てた。

 荒い呼吸を吐き出し、周囲に、あるいは地面を這う者がいないかどうか、目と耳で確かめる。

「任務完了……」

 フラマンタスは宿に向かって歩き出した。

 鉄製のレガースが石畳に当たり甲高い音を立てる。

 宿が見えて来た。フラマンタスは油断していた。

 扉を開けた途端に中に避難していた人物達の成れの果てに襲われたからだ。

 鎖鎧が引き千切られる。久々にゾンビの恐怖を味わった。

 敵は七人。宿の主も駄目だった。虚ろな声を上げてこちらへゆらゆら歩んで来ている。

 フラマンタスはゾンビ達から距離を取り、十字剣を一振りし、刃の血糊を飛ばすと、改めて敵へ斬りかかった。

 ゾンビになった途端に怪力にはなるが、肉は脆くなる。それが今、王国と教会で確認されている事実であるが、まだまだ情報が少なすぎる。フラマンタスは斬って斬って斬りまくり、この場の戦場を終えた。再び息を吐き出したときには、空がうっすらと明るくなり、犠牲者の衣服の色も切断された顔も識別できるようになっていた。

 フラマンタスは神に祈りを捧げて宿へ上がる。破られた鎖鎧を捨て黒いシャツの上に甲冑を身に着ける。扉は閉めていた。用心深く鍵も掛けた。この後、本当に終わったのかどうか町中を隈なく見回る必要があった。それと遺体の処理も。

 だが、教会戦士として任務は全うするだけだ。

 そんな彼の頭上に輝く朝陽だけが、フラマンタスと場所を同じくし、遠くで静かに哄笑を漏らして消えゆく真紅の影の存在を知っていたのだった。

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