フラマンタスの刃17
絶望はしない。絶望するものか!
フラマンタスは己にそう言い聞かせ、錠の下りた震える扉を仲間達と見守っていた。
その時だった。
ガラスの割れる音がした。
「しまった!」
「やべっち!」
フラマンタスとコモドは共に声を上げた。一階のどこかの客室の窓ガラスが破られたのだろう。
「俺っちが引き受けた!」
「すまない、コモド!」
コモドが駆け出し階段の向こう側へ消えて行く。
「ダニエル、アネーリオ君、ゾンビがコモドに釣られているようなら客室の鎧戸を閉めに行ってくれないか? ただし無茶はしては駄目だ」
「分かりました!」
「分かった!」
ダニエルとアネーリオ少年も階段の向こうへと行ってしまった。ゾンビの声が鮮明に聴こえる。
コモドが戦っているところからだろう。コモドなら大丈夫。コモドなら。
フラマンタスは揺れる大きな扉を見て有事に備えるしかなかった。
再び窓ガラスが割れる音がした。
「見てきます!」
マリアンヌ姫が駆ける。
ゾンビ達の鳴き声が増える。ダニエルとアネーリオ君になら任せられるだろうか。もっと仲間が欲しいところだ。真紅の屍術師はどうやってもこの私の進路と退路を塞ぎに掛かるだろう。今回のことで分かった。今回は一旦退却したのがいけなかった。そこを奴に目ざとく見つかり、哀れなことに昨日通り過ぎて来た村の者達がゾンビとなってしまった。
窓ガラスが割れる音が続いた。
「フラマンタスさん!」
マリアンヌ姫が駆け戻って来た。顔を見れば分かる。良くない状況だ。
「みんな集まれ!」
フラマンタスは声を上げた。
「ダニーボーイ! 少年、総大将がお呼びよん!」
コモドの声がし三人が合流した。
「二階の奥の部屋に立て篭もる」
フラマンタスが言うと、ついに入り口の扉が派手な音とともに開かれ、ゾンビ達がヨロヨロと雪崩れ込んで来た。
コモドを先頭に既に一同は階段を上っていた。
階段は狭い階段だ。いつぞやと同じく、多くて二体ほどしか通れはしないだろう。武器を何度振るえば良いか分からないが、ここを利用して数を減らさなければならない!
フラマンタスは階段の頂上でゾンビ達を見降ろした。つい先ほどまで生きていた綺麗な死体達だが、形相は酷かった。まるで鬼だ。
「フラマンタスさん!」
マリアンヌ姫が呼んだ。
「私はここに残る! 安心して下さい、一体ずつ丁寧に処理できそうですので!」
「でも!」
姫が駆けようとするのをコモドが引き止めた。
「マリちーと、少年は部屋の中にいてくれ。少年、お姉ちゃんのこと守れるな?」
「任せてよ!」
「よしよし」
コモドは歩んで来た。
「ダニーボーイは、部屋の前で番をしていてくれ」
「わ、分かりました!」
フラマンタスは迷いなく誘導されるかのように階段を上がって来る老若男女のゾンビ達を見ていた。
「私一人で充分だ」
「話し相手が欲しいだろ?」
コモドはニヤリと微笑み、短剣を手の中で回転させてカウボーイハットのつばを上げた。
ゾンビが上り詰めて来た。
フラマンタスはまずは蹴った。彼の大木のような脚は先頭のゾンビの腹を打ち、後続にぶつかって列が乱れるが、ゾンビらしさで体勢を整えて奇声を上げてゆっくり上って来た。
「数が多いね」
コモドが言った。
「ああ。地道に処理して行くしないだろう」
フラマンタスは剣を振り下ろした。十字剣はゾンビの首の骨ごと断った。
「援軍、間に合うと良いね」
コモドがぼやく。
「縁起の悪いことを言うな」
フラマンタスは新たな敵に向かって、断頭台の刃の如く剣でゾンビの首を叩き切り、時には蹴り飛ばした。援軍が間に合わなかった時、それは私達の死を意味する。マリアンヌ姫までいるのだぞ。ここでゾンビの贄となり、仲間となるのは御免だ! いや、姫がいなくとも!
「鎧脱いでて良かったんじゃない?」
コモドが言った。
「何故だ?」
「動きが早い。蹴りもスムーズにできてるみたいだからね。あの甲冑じゃそうは上手く動けなかったでしょう。ゴーレムみたいな感じかな」
「ゴーレムか」
フラマンタスは一心不乱に剣を振るう。
ゾンビ達は下の階のあちこちから合流してきた。
「どれ、代わるかい?」
「いや、コモド、短剣じゃ不利だ」
「それ貸してよ」
「持てるのか?」
「試すのさ」
コモドが歩んで来た。
フラマンタスは渾身の蹴りでゾンビを階下へ雪崩落とした。確かに身軽だ。こんなこともできてしまう。
コモドに十字剣を渡す。フラマンタスの長身に合わせて作られた剣は背の低いコモドには無理かと思ったが、案外あっさり振り回していた。
「こりゃ、良い。伝説の剣を持った気分だ」
コモドが立ち位置を決め、フラマンタスは下がった。十字短剣はアネーリオ少年に預けているため、コモドから短剣を一つ借りた。
ゾンビ達が階段を上がって来る。虚ろな声、殺意丸出しの狂った声、様々だ。いつか今日のことを思い出し悪夢にうなされそうだ。
コモドは十字剣を操りゾンビの首を断った。
「短いとはいえ、日頃剣を振り回してて良かった。骨ごといけるとは自分でも少々おっどろきー! だぜ!」
コモドの剣は次々ゾンビ達を再びあの世へ旅立たせていた。
だが、それでも普段は使わない剣のためか、その刃が届く前に階上に到達してしまうゾンビが現れた。
フラマンタスは素早く蹴り落とした。
「悪いね」
「仕方あるまい。変わるか?」
「まさか、まだコモドさんの劇は始まったばかりだぜ」
コモドは再びゾンビに剣を振り下ろすが、その前にコモド目掛けて前のめりに倒れるゾンビがいた。
「おわっ!?」
「コモド!」
フラマンタスはゾンビを掴んで引き剥がし、ゾンビの顔を殴りつけ、腹部を蹴った。だが、後につかえているゾンビにぶつかるだけだった。一度タイミングが狂いコモドもフラマンタスもゾンビの大群を防ぐことができなくなった。ここで半包囲されれば危険だ。
「コモド、噛まれたか!?」
後ずさりしながらフラマンタスは隣の傭兵に問う。
「いんや、噛まれてない。しかし悪いね、しくじった。続きは扉の後ろで! 撤収!」
ゾンビの呪詛の様な合唱を背に、フラマンタスとコモドは頷き最後の砦であるダニエルが番をする一番奥の部屋へと駆けた。




