9.永遠
※最終回スペシャルということで、本日夜の更新はあと2本予定!
※次話はまた2時間後に・・・
9.アロン
一人に慣れてると言っても、正直に言えば一人で人間は生きられない。
そんなこと小さい頃から解ってることだった。だから、それを俺に教えてくれた人に……彼女に、クラウディアが俺と縁を切る選択をしたことが、相当ショックだった。
それがきっと、やっぱり俺自身の戦いに影響したのだろう。あの髑髏騎士との戦闘で致命傷を負い、日の出を迎える前には死を待つ身分だった。
だからこそ、一発逆転を狙って「髑髏の魔王」の存在理由「そのものを」消し去れないかと覚悟を決めたのだ。
そしてその結果、俺はここにいる。
「…………どこだここ」
山、なのはわかる。だけど逆に、分かるのはそれだけだ。
失った心臓を、あの時、聖剣と離れ離れになる寸前の、ギリギリのところで無理やり完全に再生させた――――その結果、俺は今死にかけている。
魔王の攻撃で傷ついた全身、それでも命を繋いでいた分に相当する魔力も残らず、すっからかん。
今だって思考は明瞭のようでいて、宙に浮いているような、微妙な感触。
このまま深く息を吸って、吐いて。何度か繰り返せば、俺も仲間達同様に死者の国へ送られるんだろう。
父さんも、母さんも怒るかな。まだ自分たちほど生きてないって、子供もいないって、それで泣かれそうだ。泣いて怒られて、俺もきっと、その時は泣きそうだ。
そんなことを思いながら、死神の足音を聞いていた。
それは徐々に、徐々に、一歩一歩こちらに近づいてきていた。
……いや死神じゃないな。そんな物理的な音を伴う死神はいないな。なら何だろう。
「――――Igitt、何、死体? って、血まだ流れてるし、生きてるじゃん!」
それは一人の女の子だった。年は俺よりちょっと上に見える。
金色の髪、青い目。どこか俺が好きだった彼女を思い起こさせる、でも全然違う、少し垂れ目の、ふにゃっとした容姿――――。
それが、俺と彼女との出会いだった。
※ ※ ※
『お前は――――』
衝撃を受けているだろう「髑髏の魔王」に、俺は苦笑いを浮かべる。
俺は今、魔王の腕をつかんでいる。黒い瘴気を伴う骨、それに掴まれている幼子を、その手から引きはがして。
魔王に頭を掴まれている彼女が、クラウディアが目を見開いていた。まるで「死人に出会った」みたいな顔をして。
いや、実際そういう状況なのだろうから、間違ってはいないのだが。
「ぅ?」
「ちょっと待ってろ――――」
赤子に微笑みかけた後、俺は魔王の腹を蹴り飛ばした――――当然のように骨が砕ける音は鳴らないが、それでも痛覚が残っているのか、うめき声をあげてその手はクラウディアを離す。
その背中を抱き留め、幼児を彼女に持たせた。
「あ…っ、あ…!」
「下がってろ」
感極まったように、頬を赤らめて、泣き出しそうに、でも言葉が出てこない。そんな様子のクラウディアに、苦笑いを浮かべ、その腹に手を当てる。
瞬間、傷が何もなかったように塞がった。
驚愕するクラウディアを一瞥し、視線を戻す。
魔王の方に右手を開き、構える。
『有りえない……、絶対に、お前を時間の狭間に追放した……! 私はお前を、二度とこの時間に戻れないようにした! たとえ現れるとしても、百年以上の前後の「ずれ」があるはず!
それに聖剣から離れれば、お前の命は風前の灯だったはず、なのに――――っ』
その手から、聖剣が、ロング・アルファが飛び、俺の手に収まる。
「さて……、『ウォーミングアップ』だ」
『……?』
訝し気な顔を浮かべる魔王に、俺は「剣を構えた」。
以前のように、出来損ないの適当なものではない。「きちんとした」「剣を使うための理」がある、そういった術としての構え。
大体今から、二百年くらい前にあった剣術の構え――――。
「それ、スティーのと一緒――――」
『……、ふん。でも構わないわ。ええ、たかが三年。三年で一体何をどう身につけたか、身につけたとしても所詮は「付け焼刃」なんだから――――アンタにその手の才能がないことくらい、あの時、アンタを虚空に送ったときに知ってるのよ!』
叫び、彼女は自身の本体とも言うべき魔剣「ディスタント・オメガ」を抜き放つ。
それを振り回し、彼女は未知の攻撃を仕掛けてきた。
斬った空間に裂け目のようなものが現れ、その中から無数の槍が襲い掛かる――――。
「アンタも全然回復してないんだな」
それを、俺は「適当に往なす」。ロング・アルファの力を使うまでもなく、一定の、剣術としての合理と、聖剣士になってから最低限鍛えられた己が肉体の力で。
払い、切断し、背後の二人には指一本触れさせないように。
それを見て、クラウディアも、それこそ魔王も、目を見開いた。……魔王の場合は、眼窩に灯る光が収束して、視線が細くなったと言うべきなんだろうが。
『有りえない……、それは……』
「見覚えはあるよな。一応、アンタが『髑髏の魔王』として有名になる前に、一度戦ったことのある相手の剣だからな――」
『――――有りえない! 有りえるはずがない! 構え、動き、どれをとっても「先代の聖剣の使い手」の動きだった!』
その言葉の意味を、クラウディアたちは理解できないだろう。
言ってる魔王本人でさえ、その示す意味が分かっていないはずだ。
先代の聖剣使い。ロング・アルファの使い手は、俺よりも魔力が乏しい使い手だった。そのせいで、彼は聖剣の力を使うことをせず、ひたすらに己の肉体を鍛えた。己の剣術を鍛え、そしてそれが、今日王国剣術の中に流れる基礎となっている。
だからこそ、よりその原型の形を知っているが故に、戦かったことのある相手の技そのものだと理解させられたのだろう。
だが……、魔王、少しは気づくべきだ。
その話を、お前は誰にも「話していない」。「語っていない」。つまり伝聞や記録にすら「残っていない」。
何故それを俺が知っているのかという、根本的な疑問に。
有りえないと、叫びながら彼女は地面を斬る。
地面から巨大な、魚のようなバケモノのような得体の知れない巨大な何かが現れ、俺たちを飲み込もうとする。
苦笑いを浮かべる。流石にコレは、ロング・アルファの力無しには無理か――――。
『――――っ!』
脈動が、空間を打つ。
剣が鼓動する――――あたかもそれは、心臓のごとく。
鼓動が早音を打つ――――あたかもそれは、激しく動いたかのように。
『まさか……』
ようやく気付いたらしいが、それは今更で意味はない。
そして俺は「巨大な光の柱」となったロング・アルファを振るい、眼前の怪物を一刀両断した。
砕ける肉。消え去る怪物の死体。
砂煙が上がるその場で、骸骨姿だというのに、彼女が愕然としていることが俺にはありありと理解できた。
『まさかアンタ――――私と同じような存在になったとでも、言うの?』
嘘であってくれと、拒否でもするように、事実を認められないように、彼女は震える声で俺に聞く。
「嗚呼。俺は――――今の俺は、聖剣ロング・アルファ『そのもの』だ」
特に躊躇することもせずに、俺は答えた。
※ ※ ※
9.(アンナ・)ヘル(マン・ポワソン)
まさか、まさかっていうべきかな。
ここまで驚かされたのは、生まれて初めてかもしれない。
目の前の――――大量の魔力を使ったせいで「半透明になってる」「実態を保つのが大変そうな」男は、私に語る。
「ざっと三百年前。俺が投げ出された時代はそのあたりだ」
『……何それ、私、体のいい自殺でもしてる感じじゃない』
いや、そうでもないのかしら? 結果的に今、私がここで生きてるってことは、この男は三百年前で私を殺そうとかはしなかったということ……いや、それもそうだけど、そもそもなんで聖剣と一体になってるかとかが意味わからない。
それに答える形ってわけじゃないけど、男は続ける。
「ぎりぎり心臓だけでも完全再生した俺は、文字通り本当に死にかけだった――――本来なら使っちゃいけない魔力まで手を出していたのかもしれんが、まぁそこはよくわからない。でも、そんな俺を、湖の畔に投げ出された俺を、傷だらけだった俺を解放してくれた女の子がいた」
『湖……? 傷だらけ……』
どこかで聞いたような話だ。いや、でも、流石にそれは…………。
「その村は、何と言うかこう、明らかに『時代に即していなかった』。やってることがちぐはぐで、農作物とか、畑の休ませ方とか、肥料とか、全然なってなかった。土が育ってなかった。だから助けられた恩義があったから、色々と教えた」
『…………』
「特に積極的に聞いてきたのは、俺を助けた女の子だった。兄さんの助けに少しでもならないといけないって、そんなことを言ってたかな?」
『…………私、ね』
「ああ。アンタだ」
そこまで聞いて、思わず手で顔を覆ってしまった。
いや、いくら時空の狭間で、送る時間軸とかを指定しなかったからといって……何でそんなピンポイントな時間で、ピンポイントな場所に送り込まれてるのよ! というか送り込んじゃったのよ私!?
いや、そうなのだ。実際、あの村で。湖の当たりでボロボロの、行き倒れの人を助けて。その人から色々農業について教わってって。もう顔も思い出せないけど、そういうことを確かに私はしていて。
それが、よりにもよってこの人だったなんて…………。
『…………で、何でアンタそんなになってる訳? 私たちの村、救ってもよかったじゃない』
「でも、それだとアンタは報われないじゃないか」
『はぁ?』
困惑する私に、さも当然のように彼は言う。
「その時のアンタが助かったとしても――――『今の』アンタが助からないなら、それは、何も報われない。俺に後を託した、アンタの兄も」
瞬間、怒りがわいた。
思わず男の身体を燃やす。…………燃やしたところで、半透明なまま「何も変わらない」のだけれども。それでも、この怒りを向ける先が欲しかった。
『私の兄を、アンタが語るんじゃないわよ……』
「いや、俺に何かあったら妹の事頼むって言われてたし」
『――――っ! な、何言ってるのあのシスコン兄貴!』
「よく一緒にいたのを見て、好意を持ってるとか勘違いしたんだろう。一応、違うって言ってはおいたから安心しておけ」
『できるか! って、そんな話全然してくれなかったじゃないですか』
こんな状況、自分の身体が燃えてるっていうのに、男は苦笑いをしてる。
それと、会話の内容で、なんだか私は毒気が抜かれてしまった。
ぶん、と剣を振り払い、彼は火を消した。それと同時に、体に色が戻る。
「…………アンタが、今のアンタが、かつてのことについて、その全部を大事に思っているのは、それこそ痛いくらい理解させられた。実際、そのせいで殺されかけたし、そういう想いは俺も『理解できないわけじゃない』。
だから、俺もそれを思い出した。思い出して、準じてみることにしたんだ」
そして彼は、後ろの母と子供を一瞥して。
「――――俺の始まりは、クラウディアだ。クラウディアが死なないように全力を尽くす。
そのために、俺は俺の命を剣に託した」