6.塔
6.スティー
自分の人生で何が一番嫌かって言えば、それは「責任をとる」ってことだ。
だから出来る限り、それを意識しない生き方をする。出来るだけ好きなものを買い、食べ、抱き、その余暇で仕事をする。人生なんてそんなもんでいいと、俺はそう考えてる。
「……起きて、スティー。もう朝よ」
「んん……、今日は寝てようぜクラウディア」
「そんなこと言ったって、根ものはちゃんと土を管理しないと変な病気になっちゃうから――――――あっ、やん……♥」
でも妻はそうでもないらしい。ちゃんと決まった時間に俺を起こしに来て、朝食を食べさせようとする。
俺も基本的に、それに反対はしない。なんだかんだコイツと結婚して、生活のサイクルが安定して稼ぎが良くなった自覚がある。
でも毎日そうもしてられない……、俺的にしてられないので、時々こうして逆襲する。
今ちょうど「二人目」がいるところだが、逆に言うと「二人目」がいるうちは「三人目」を心配しなくていい。
短時間の「運動」を終えると、俺はまだ顔が赤らんでる嫁に引きずられて居間のテーブルについた。妻の祖父から「朝から元気すぎるのも少し考えろ」とお叱りを受けるが、あーあー聞こえないキコエナイ。
「…………」
「よっ、どうした?」
「…………ぃ!」
何言ってるか分からねぇ。が、とりあえず祖父の膝の上に乗っかって飯を食べてるのが俺の娘。顔は、まぁ俺に似て将来有望そうだが、まぁそんなに裕福って訳じゃないから地味に終わるだろうなぁ。
娘はなんかこう、俺に対してはまぁ人見知りする。顔を背けて、てしてしと手づかみでスプーンを運んでる。
仕事柄家を空ける時間が多いので仕方ないところはあるが、もうちょっと懐いてもいいだろって……。言葉がまだ離せないから、いまいち何言いたいか分からねぇんだわ、これ。
食べ終わったのかむずがる娘を「ちょっと外に連れ出す」と祖父が手を引いて表に出て行った。
とりあえず朝食をとりながら、妻が俺に仕事の予定を聞いてくる。
「今月は帰ってこれる? ちょうどお母さんの一周忌があって――――」
「あー、悪いが無理だな。都の方でちょっと傭兵団同士の折衝がある。ここ3年『髑髏の魔王』が活動していないからって言っても、魔物の大量発生はなくなった訳じゃないからなぁ。幸いあっちはこっちでどうにかできるが、今後傭兵じゃない、別な職業という形で駆除専門行とかを立ち上げようって話もあるくらいだ」
「そう。えっと……、頑張ってね?」
「おう、お前も頑張れよー畑。俺、全然興味ないけど」
「ホント、興味ないものね貴方……」
少し困ったような顔を浮かべる妻だが、それは仕方ない。正直、俺が傭兵やって稼いだ金を家に入れてる割合の方が、もう妻が農業やって入れてる金額よりも大きいのだ。稼ぎ頭に文句を言われる筋合いはない。
「でもアロンだったら…………」
「『いなくなった奴』のことなんて、いつまでも考えるな。お前のせいじゃない、アレは奴の自業自得だ。むしろあいつがいなくなってから『髑髏の魔王』が出て来なくなったんだ、ひょっとして特攻でもしたか? だったらせいぜい『俺たちの安全』のために『役立って』くれたんだ、喜んでやろうじゃねーの」
「そんな言い方――――」
「文句があるならあの時、アイツは俺を殴り飛ばして、お前を取り戻せば良かったんだ。ま、それでアイツにまた靡くお前じゃなかったろうけどな」
「…………」
困ったような顔をする妻だが、まぁ別に「大した話じゃない」。都の方じゃ、女の問題で失踪する男なんて大したタマじゃねぇ。いかに偉大な聖剣士サマといえど、そんなもんじゃあ器の小ささが知れる。
「娘もいる。食うに困ってないんだから、別に不都合はないだろ?」
自分の人生で何が一番嫌かって言えば、それは「責任をとる」ってことだ。
人生は自由。自由だからこそ好きなものを買い、好きなものを食べ、好きな女と寝て、まぁそうやって好き勝手に生きるものだと思ってる。少なくとも俺を育てた傭兵の親父やそうしていたし、その親父の仲間の男たちも大体そんな感じだった。
だが、そういう自由な行動には責任が伴うらしい。買ったら買った分は金が減るし、食べ過ぎれば太る。寝た女が他人の女だったり病気持ちならヤヤコシイことになるし、まぁそうやって(不本意ながら)世の中上手いこと出来ている。
だが、俺は長年の経験から、親父たちを観察していた経験から一つの真理を得ていた。
つまりは、世の中「逆のことを言ったもの勝ち」なんだということだ。
重要なことほど簡単な事なのだと、逆に取るに足らないようなことこそ重要なことなのだと。まぁそんな風に他人に「言い聞かせる」と、これが結構簡単に取り入ることが出来る。
本心でどう思っているかは関係ない。ただ大変な状況にある奴には希望を持たせ、逆に調子こいてる奴には注意を促す。
そんな振る舞いが、いつしか俺を頼もしいと見せたのだろうと、俺自身は分析してる。
だから、まぁそんな感じで女の経験人数も、気が付けばどんどん増えていった。見てくれは元々悪くなかったから、周りの連中よりが武技を鍛えてる時間を使って肌や髪を綺麗に保つ時間に費やした。連中が素振りする時間があれば、人を口説くにはどうしたら良いか色街を巡って色々勉強だ。
幸いにも俺自身、戦闘に関してはそれなりに才能がある。だから「程々」にやっていれば、他のことに集中しても問題はない。もっと言ってしまえば、連中が傭兵としての稼ぎを増すために己を鍛える時間を、俺は三割程度でこなし、残りの時間を俺の人生を充実させるための準備に使ったって訳だ。
そういうのを程々にして、女の尻を追いかけまわして……、いや、女に尻を追いかけまわされるように俺自身を鍛え、磨いたって言う方が正しい。
当たり前だ、労働っていうのは「苦役」なのだ。そこに俺の、俺たち個人の人生はない――――。
それが、俺が妻を口説いた文句の一つだった。
妻は……当時も今も只の村娘だ。
たまたま魔物の動きが活発になっていて、地域で雇われていた俺たちが、近隣の警備をしていた時に知り合った。
まぁ胸が大きいだけで、後はそこら辺に「転がってる」普通の娘。
ちょっと違うのは婚約者が少し特殊ってだけだったが、他は大したことでもない。いや、意趣返しじゃねぇけど、そういう側面がなかったとは言わないが、ともかく。
その時、俺たちの傭兵団は少し仕事に失敗していた。だからこそ、その村を含んだ山の警備については、汚名返上とばかりにかなり気合を入れて仕事をしていた。
だから俺自身はそんなに、珍しく女遊びに構っている暇がなかった。……まぁ金がないと流石にどうこう出来ないって言う事情からだが。ともかくそんなこともあって魔物狩りをしていた時に、そいつらは来た。
髑髏の兵士たち。まぁ髑髏、骸骨とか言ったって全身骸骨って訳ではない。もともと死体だったものが変質したのか、所々に肉がついてたり服が残ってたりといった有様だ。だが全員頭部だけは見事に誰のものかわからないような髑髏となっていて、まぁそんな魔物よりも知性がある、一種の蛮族みたいなモンスターたちだ。
本来なら聖戦士団っていうのが戦っているはずなんだが、そいつらは村の方まで下ってきていた。
本来は見捨てる動きをするはずだったんだが、まぁ俺も魔が差したのかそのまま逃げるのに「罪悪感が」あったのか、ちょいと助けたのが切っ掛け。俺を皮切りに、全員で村を守り切り、なんとか骸骨どもを撃退することに成功した。
倒すことは出来ない。基本、奴らは不死身だ、聖職者が来ても結界とかで退けるくらいしか出来ない。
感謝され、お礼を言われ、一番活躍した(実際最初に飛び出したのが俺だったこともあって)こともあって皆よりも先に休憩をとらせてもらった。
その時、まぁ酒に酔って、気が付いたら手を出していた。
いやまぁ、そういう流れで酒とかに手を出した時点で俺的にはそういう気晴らしもなかった訳じゃないが。
誰にでもある過と言うにはタイミングが悪い。しかも間が悪いことに、手を出した娘……つまりは今の俺の妻だが、ちょうど「時期」だったらしく、下手をすると妊娠してる可能性がある。
最初は思わず逃げようと考えたが、仲間内で流石に「それはどうなんだ」って目を向けられたもので、考え方を変えて話をしてみることにした。
そしたら出るわ出るわ、酒を飲んで愚痴を言って。農作業が大変っていうのもそうだし、産婆が出来る人間を求めて都に行ったら「聖戦士」なんてものに祭り上げられるし。剣士でもなんでもない、素人に毛が生えた程度の農夫の若造が何でそんなものにされたのかとか、まぁそれには俺も同意だったが、話していてわかったのは、コイツは寂しがってるってことだった。
そのあたりを、上手いこと言いまわして「モノにする」のには、俺はそんなに苦労しないわけで。
大体、都の世間知らずな娘なんざイチコロにするなんて簡単簡単。
実際のところ、妻の、クラウディアの母親には別な思惑もあったと俺は見ている。俺に襲われたことを、一番がなり立てたのは母親だった。それもどうにも、俺をこの村に縛り付けたい、もっというとそれに端を発して傭兵団全体との繋ぎにしたいという感が見て取れた。
まぁ確かに、聖剣士サマの婚約者を傷物にしたって話だ。聖剣士サマがここを見捨てる原因とかになっちまったら、金銭的にはともかく風評が良くねぇ(どういう訳か母親は都の方にコネがあるらしい)。
傭兵仕事にも問題が出るとあっちゃ、形だけでも「結婚」というのを整えておく必要があった。
正直、あんまり縛られるのは好きじゃない。だがこれはこれで良い点もあったことに気づいた。
商売女相手だったら「孕ませる」とヤヤコシイことになるが、今のクラウディアとその家庭環境なら、金さえ入れれば割と自由が利く。遠出することも仕事上必要だと理解されているし、そのあたりの「俺が村に居ないことが多い」って部分は必要経費と割り切ってるだろう。なにせ出産すら立ち会う暇がなかったくらいだからなぁ。
それから……、実際「落とした」後のクラウディアは、意外といい女だった。文句も多く言わず、一人で家事も育児もなんでもこなして、その割にはちゃんと俺の夜の相手もするし、口煩さもそこまでじゃない。
要は、何もかもいいこと尽くめって訳じゃないが。意外とまぁ気楽に出来てるって話だ。
それこそ、失踪したクラウディアの元婚約者なんて「忘れられる程に」。
困った顔をしてるのは、幼馴染に対する情ではあっても愛はないってことだろう。それくらいは色々見てきたからわかる。
だから心配するなって、俺は胸を張って嫁に言ってやるのだ。
「それに、もし髑髏の魔王が生きてたとしても。傭兵団と教会が力合わせりゃなんとかなるだろ。……あ! ひょっとして俺が次の聖剣士サマに選ばれたりしてな?」
「…………えぇ」
「なんで嫌そうな顔なんだよ」
笑いながらクラウディアの肩を抱き寄せてやると、クラウディアは少し照れたように微笑んだ。
そんな生活がずっと続くと思ってた。いや、普通は思うはずだ。
まさかあんな目に遭うなんて、この時点では想像だにしなかったんだがなぁ……。