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4.毒

 

 

 

 

 

 4.アンナ・ヘルマン・ポワソン

 

 

 

 私の視点は、剣を中心に俯瞰するような視点だった。あの剣を握った誰とか、その周囲を俯瞰するような位置に浮かんでいた。

 そして私を刺した剣が最初にしたことは――――、転がっていた「私の死体」を「消す」ことだった。

 

 剣を、私が見ている剣を、その剣を持った「あの男」が、国王が、試し切りって言って、剣を、(わたし)をもって、私の身体のお腹のあたりを斬って――――――――。

 血しぶきと共に、そこで私は「跡形もなく」消し飛んだ。

 

 ここでようやく、私は何かが「戻った」。骨片、肉片となったそれを、私を、私自身を見て、壊れていた私の中の何かが一周して、戻ってきて。

 

 そして気づいた。今の私は、あの私を刺した剣そのものだって。

 

『何で、こんな――――、嘘、嘘ついたんじゃない! 返してよ、私の身体返してよ!』

 

 手が震える――――震える手は本当はないけど、中空にある私の意識は、怒りと、悲しみに震えていた。

 女の子なんだから、かっこいい男と出会って、好き合って、結婚して子供産んで……、せめて、せめて。それくらい、そのくらいの普通の生活を、それくらいは望んでもいいじゃないと。

 涙が流れる――――流れる涙も本当はないけど、それでも私の中から何かが流れる。

 生まれた赤ちゃんをあのシスコンの兄さんに見せて、きっと私と旦那とどっちに似てるかってことで色々頭悩ませて、でも結局可愛がる方に舵を切ってみたいな、そんな普通な、当たり前にあっていいだろう物事を。

 物事を―――――どうして奪った!

 

 私が、私が何かをしたのか?

 そんな私の耳に、男たちの会話が続く。

 

『さて、これであの村も早々に片づけることが出来ますな。そもそもこの神器さえあれば、異教徒共どころか村に農耕させるまでもない。すべて兵力に転化して、周辺国家を滅ぼしましょうぞ王よ!』

 

 そして、私は見てることしかできなかった。

 私の目の前で、私を使って、剣を使って、私がいた村を、コミュニティを、人々を、次々に消し飛ばしていく様を。

 

 友達も、運転手さんだった人も、私が告白を断った人も――――兄の夫婦も。

 

 村に訪れた兵士たちは、私を持った筆頭騎士とかいうのは、私が元気でやってるか聞きに来た兄を、背中に赤子を背負った兄を斬った――――その瞬間、一瞬で兄は消し炭に代わり、砂のようにもろく崩れた。

 

『兄さん――――「お兄ちゃん」っっ…………!』

 

 誰しもが、その光景を見ていた。奥さんになったあの人も、呆然としていた。泣くとか以前に、状況が全く理解できていなかった。それも仕方ないという話だ、誰だって一瞬で、人間がそんな有様になってしまったら怖気づくよりも先にびっくりして動けなくなる。実際、誰も動けなかった。

 そんな村に、剣を掲げた筆頭騎士という奴は叫ぶ。

 

 

 

『これより征伐を行う! 赤子や老人はいらん、女子供は連れて行け――――』

 

 

 

 呆然としてた。それを聞いても、私は中空で呆然としていた。

 

 そんなことを言う騎士たちに、村の人たちは反攻した。なまじっか現代文明の人間と、魔法とかが存在する世界の戦い何て勝負にならないかと思いきや、意外とそうでもなかった。魔法が存在するらしいけど、誰でも使えるわけじゃない。この神器とかいうのを持っている奴だけが使えるらしい。

 だから、拮抗していた。魔法を使えるのが私を、この変な剣を持った奴だけだってわかったら、誰かがライフル取り出して騎士の頭を撃ち抜いた――――!

 でも、それで戦況は暴徒と化した騎士たちと、抵抗する村の人たちの乱戦に突入した。

 

 そんな中で、騎士の一人が、投げ出された私を手に取り。

 

『已むをえまい――――総員退避、これより”殲滅”を行う!』

 

 そう言って、騎士たちが後退したのを見て、地面に私を突き刺した。

 

 

 

 

 何も残らなかった。

 

 

 

 

 隕石とかが落下した後に、クレーターとか出来るって昔テレビで見たことがある。大きな穴、えぐられたような穴。

 その場にあったのは、まさにそれだった。

 一瞬前まで村があった場所が――――兄さんの奥さんや、彼女の後ろに隠れていた、兄さんによく似た長男や。そんな人たちも一切合切残さず、根こそぎ、何もかもが「消し飛ばされた」。

 

 それを見て、騎士たちは湧いた。これなら憎きかの異教徒共も滅ぼすことが出来るとか、なんか、色々、言っていたけど。

 言っていたけど――――私は、許容できなかった。

 

 怒りなのか、悲しみなのか、恨みなのか、よくわからない。

 わからないけど、もはや実態を失った私に、何かできるわけはないはずだったけど。

 

 それでも、私は、怒りのままに中空から「降り」、その剣士が持っていた()を手に取った。

 

 神器、神剣「ディスタント・オメガ」。

 使い方はなんとなくわかる。それは私自身だからかはわかんないけど。

 これは、有を無にする剣。実在するものを、非実在、架空、創作に貶める、真実を斬り払う剣。

 

 正直意味わかんないけど、だからこそ、たった一回の接触で、接触した相手を、その「体内の血」を一瞬で爆発させて、人間を炸裂させたり、燃やし尽くしたり、あるいは「指定した範囲の場所」すべてを「ミンチに」してクレーター作ることだって、なんら不可能じゃない。

 

 そんな武器は、武器を扱う誰か、武器に選ばれた神子が必要。

 必要だからこそ、その神子の意志を奪わせ、その魂を剣に紐づけさせたのが、私。

 

 私の魂と紐づいている限り、この剣は「使い手がいる」と認識して、現実を改変することが「誰にでも」できるようになる。

 

 そんなメカニズムを知っても、さっきまでの、何も動くことが出来なかった私には意味がなかった。

 でも、今は違う。今は、この私自身の内に走る何かを、感情の奔流というか、そういうものを、晴らさなければならない――――。

 決して晴れるようなものではなくても、そんな衝動に突き動かされ、本能的に私は剣を手に取った。

 

 

 

 その瞬間、私は「私が死んだ」という事実を「なかったことにした」。

 

 

 

 突然現れた、全裸の私を前に、騎士たちは驚いた顔をした。そりゃ、私を使った騎士とか、何人かは私の魂が剣に移植される瞬間を見たのだ。私が死んでいるのは当たり前なのだ。異教徒の魂を持ってして尊い国を守るための剣を動かすとかいう、例の儀式で死んだ異教徒――――それが蘇ったように見える。

 

 まず私がしたことは、私と一緒に剣を掴む「男」の存在を「なかったことにした」。

 

 瞬間、男の身体が消し飛ぶ。それはさっき、筆頭騎士とかいうのがやったのと同じことを、私がやっただけなんだけど。

 誰か知らないけど、そんな私を、悪魔だって言って、おびえて、槍を向けて来て。

 無性に腹が立って。

 腹が立つまま、剣を振りかぶって――――。

 

 

 

 なかったことにした。

 

 なかったことにした。

 

 なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことにした。なかったことに――――。

 

 

 

 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も剣を振って。

 

 

 

 気が付けば、その場には私一人。せっかく蘇った体は、五体満足とはいかない有様。視界も切られ、映像に「ずれ」がある。

 それでも無理やり、私が死んだという事実を無かったことにしようとして、でも上手くいかなかった。

 

「そっか…………、そりゃ、魔力的なのとか、消費するもんね……」

 

 どうやらこれも、MP制とか、そんな感じのシステムらしいというのを「なんとなく」理解した。

 

 倒れた私。動けない私。

 ただただ、そんな状態でも私の意識は死ななかった。死ぬことはないと理解できた――――私の魂は剣と結びついているのだ。

 だから、剣が砕かれたりとか、そういうことをされない限り私は死なない。

 

 そしてこの剣は「神器」――――人間の手で砕けるものではない。

 

 死なない。その事実が怖かった。あの人たちを失ってしまった、愛する家族を失ってしまった私が。一体何が出来るというのか。一体どうしたらいいというのか。

 

 

 

「――――っ、ぎりぎり、だな。これ以上は俺も、限界か」

 

 

 

 声が聞こえた。閉じた目を開けると、そこには「良くわからない」誰かが立っていた。

 胸を押さえて苦しそうなその人は、男の人のようで、全身がなんかこう、映画とかで安っぽいCGとか使ったみたいな合成したみたいな、そんな違和感があった。体の色というか、輪郭というかが妙に浮いていた。

 そんな彼は、私の目の前で剣を掲げた――――それはなんっていうか、表面に「万年筆」とかみたいな彫りのある剣だった。

 

「…………そうか、なら『お兄さんに』託されたのも頷ける」

 

 兄さん? 兄さんに託された?

 意味が分からない。わからないなりに、歪んだ視界で、焦点すら安定しない目で見る。

 

「俺はアロン。未来から来た、聖剣『ロング・アルファ』に選ばれた聖戦士。っと言っても意味が分からないだろうけど……、君の運命を変えに来た。」

 

 運命を変える?

 

「この聖剣は、無に有を与える剣――――架空を現実とする剣。これなら、失われた君の家族も取り戻せるはずだ」

「とりもど、せる……? 皆を、村の皆を……? 甥っ子も姪っ子も、友達も、『お兄ちゃん』も?」

「……嗚呼。君がこの剣を振るえばいい。そうできるようにこっちで準備をするから。…………っ、さぁ、こいつを受け取って――――」

 

 胸を押さえて、苦しそうにしながら。

 でもなんとなく笑ってることが分かる声音で。

 差し出された剣の柄に、私は、ぼんやりと手を伸ばし――――。

 

 

 ――――違う。

 

 

 

 脳裏で、何かが、声をあげた。

 

「…………違う。違う」

「……どうした?」

 

 突然、頭をかかえてぶつぶつと呟きだした私に、彼は気遣う様な目を向けた。

 彼が言ってることが真実かどうかは知らないしわからないし意味がない。ほかならぬ私が、剣となった私がその言葉に嘘を感じなかった。たぶん、私の持つ神剣とかと一緒の類のものなのだろう。

 

 つまり、彼が言うように、彼から受け取って剣を振れば、それだけで「望みが叶う」かもしれない。

 

 でも。でもそうじゃない。そうじゃないのだ――――。

 

 

 

「――――お前なんて『あの時いなかった』! お前は誰だ!」

 

 

 

 私の叫びに大気が震え――――そして私は「思い出した」。

 

 

 

 

 

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