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2.復讐

 

 

 

 

 

 2.アベン

 

 

 

 私は激怒した。

 必ずやあの無知蒙昧な王国の連中に、我が主の「髑髏の魔王ヘル」の憎悪を思い知らせてやらねばなるまいと。

 それこそが復讐。我が主の復讐である。

 

 我らは王の怒りにより生れた。

 我らは王の悲しみから生れた。

 

 故にそれを忘れた王国に、知らしめねばならぬ。

 

 王がどれほどの憎悪をもっているか、国を滅ぼしてでも証明せねばならぬ。

 

 もはや王の騎士は、かのお方の嘆きを理解できるは私一人となってしまった。

 同志は皆、あの憎き聖戦士団によって打ち滅ぼされた。

 我らとて只悪戯に破壊されたわけではない。

 事実、戦士団は壊滅している。

 

 聖戦士団。

 王国一、あるいはここぞという戦士たちを集め、それらに無条件で聖なる武器を貸与した部隊。

 並の兵士たちにはあり得ない程の、それこそ我らからすれば災害のような強さの持ち主たち。

 

 忌々しい。嗚呼忌々しい、忌々しい。

 

 何より忌々しいのは、奴らが壊滅すれど、残る二人が力を合わせれば確実に私を葬り去れるだろうことだ。

 

 だから私は決して油断しない。確実に殺す機会を生み出し、そして完膚なきまでに殺す。次は殺す。必ず殺す。

 

 二人のうちの片方、男の方が故郷の村に戻っていると情報を得た私は、すぐさま男の動向を調べた。一人で、気が抜けているタイミングを狙って殺す。

 確実に殺すために、男の動きを追っていた――――が、そこまで気を追う必要もなかった。

 

 初日の夜、あっという間に男は一人で、村の外れ、人気の少ない湖の方に足を運んでいた。

 目撃者がいない。武器を腰に下げているが、どこか気落ちした様子の今なら殺せる。

 

 そう確信して、男の背後に「転移して」斬りかかり――――。

 

 

 

「――――流石にその手は見飽きたぞ、暗黒騎士」

 

 

 

 しかし、男はいつの間にか腰の剣を抜剣していた。

 私の下段からの斜め斬り上げ、最も鎧の音が鳴らぬ最小動作での動きだというのに、この男は難なく対応して見せる。

 

 再び姿を消し、再度死角に転移して今度は斬り下ろす。が、それもまるで「当たり前のように」対応する。往なされ、躱され、しかし向こうの一撃は確実に我が鎧にヒビを入れていく。

 

「転移からの攻撃って、いい加減ネタが割れてるんだから。他に何か出来ることはないのか?」

『許すまじ……、許すまじ王国! 許すまじ聖剣士!』

「アンタらいっつもそればっかりだな。いや、煩いのはもう『アンタ一人』か?」

『しゃらくさい――――!』

 

 正面から斬りかかる私に、男は「まるで素人のような動きで」、しかし「確実に」捌き切る。

 

 嗚呼、我が怨敵が一人、聖剣士アロン。

 一般市民、農村の出自でありながら、聖戦士団最強の三人、その一人とまで呼ばれた男。

 聖戦士団の中で唯一、只ひとり唯一「戦闘力以外で」選ばれ、聖剣士となった男。

 

 アロン本人はこの通り、曲がりなりにも騎士「だった」私の目から見ても、下手な戦い方をする。才能がない。腰はへっぴりだし、変なところに力が入ってるし、振りかぶりは大げさで隙はもはや数えるのもバカバカしくなるほど。

 しかしこの男は必ずそれらすべての問題に「対応し」、たとえどれほど無様な戦い方であろうとも必ず勝利していた。

 

 秘密はその武器、聖剣「ロング・アルファ」にあることはつかめている。

 かつて古の伝承に伝えられし、教会最古の神器の一つ――――伝承にある、かつて存在した大魔王の持つ剣と対を為す聖剣。

 

 あまねく、世界に希望の光を「造り出した」とされるその剣は、一見してなんら変哲のない形をしている。唯一、刀身に鉄筆のような掘り込みがあるくらいだ。だが、その只の剣に、我ら暗黒騎士たちはことごとく屠られた。

 そう、あの男を含めた三人に。

 

 だが、そのうちの一人を我が同法が相打ちし、もう一人も傷を負わせ、戦線復帰はまだ先である。

 もっともその残った一人は、特に防御に秀でた存在。どんな攻撃にも対処している「この男よりも」防御に秀でている相手に、いくら手疵を負わせたからと言って手を出すことは出来なかった。

 

 実際、隙が無かった。

 

 だからこそ、この男相手に出る他なかった。

 

 この男だけでも相打ちできれば――――我らが魔王様の前において、防御は意味をなさないからだ。

 

 だというのに。

 

「もう手品は品切れか?」

『くっ……っ、をのれ、をのれをのれをのれええええええええッ!』

 

 相も変わらずといった様子で、男は私を追い詰める。

 何故あんな素人めいた動きで、熟練の騎士のはずの私を打倒しかけているというのか。

 

 やはりそれ程までに、あの剣が特殊であるというのならば――――。

 

「どうした、もう終わりか?」

 

 もはや勝敗は決した。流石に強い。私とて満身創痍、足の骨と鎧を砕かれ立つこともままならず、腕も一本残っているだけ。

 

 苦笑いを浮かべ、倒れ伏す私を見る聖剣士。その顔が気に入らない。まるでこの世の全てを失ってしまったかのような、そんな寂し気な顔が気に入らない。

 お前たちは、我が主とは違う。「何もかも失っていない」。故にそんな顔をする資格はない。

 そう、それこそ、その事実こそが私たちを強くし、より怨念を募らせる。

 

 それが、私に新たな力を与え――――――――!

 

 

 

『――――これで終わりだ!』

「っ!?」

 

 

 

 男の心臓をつかみ取った。

 手の中に、男の心臓が「空間ごと湾曲して」出現している。握る心臓の拍動は増し、胸を抑える聖剣士の顔色は悪化。

 

 この土壇場で、死に際ぎりぎりの状況で、まさか相手の心臓を直接つかみ取る魔法に覚醒するとは……、我ながら「生前なら」絶対有りえなかったろう事実に、髑髏頭ながら苦笑いが浮かぶ。

 

 だが、それもここまでだ。

 鷲掴みにした心臓を思い切り握りつぶす。と同時に、手元から血が噴き出し、聖剣士は目を見開き倒れ伏した。

 

 

 

 勝った。あまりにも辛勝。だが確実に魔王様の障害は払った。後はこの身が失われようとも、魔王様がその彼岸を達成できるのであれば――――。

 

 

 

「……っ、まさか、直接内臓攻撃をしてくるとか。流石に予想してなかったぞ」

『!?』

 

 

 

 そして今度は、私が驚愕する番だった。

 男は口から血痰を吐きながら、しかしそれでも苦笑いを浮かべて、上体を起こした。

 馬鹿な、あり得ない。あれは確実に即死級の攻撃だったはずだ。いくら聖剣士であれ、心臓もなく生きることはできまい。なのに――――。

 

 もう一度心臓をえぐろうとして――――もっともそれほど魔力は残っておらず確認程度しかできなかったが。手元に魔力を集め、そして気づいた。気づいてしまった。

 

 

 

『有りえぬ……、有りえてなるものか!? 何なのだ貴様は、貴様その心臓は――――』

「……嗚呼、この聖剣は『そういう』聖剣らしい」

 

 私の手につかまれたそれは、まるで子供の落書きのような、適当な線で構成された何か。

 うっすら形として心臓を模していることはわかるが、それにしたって下手くそが過ぎる。

 

 しかし、それが実際に「脈動して」男の全身に血を回しているとなれば話は別だ。

 

 二回目の心臓えぐりのせいで、既に消滅しかかっている私に。聖剣士は苦笑いを浮かべながら、言う。

 

 

 

「聖剣『ロング・アルファ』。曰く、無に有を与える剣――――架空を現実とする剣。まぁ使える時間とか効果は限られてるんだが、今は『絶対に壊されない心臓』を作り出している」

 

 

 

 なんだ、それは。

 

 なんだ、何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ、そのインチキめいた魔法は――――!

 

 

 

『そんなインチキが、まかり通ると……?』

「通るんじゃないのか? 現にアンタらだって、まかり通ってるだろ。『死者が』『現世を歩いてる』なんて、とびきりのインチキじゃないか。死者蘇生とか、そういう類の魔法って、机上の空論だって、死んだ仲間が言っていたぜ?」

『――――』

 

 とするならば。

 この男は、おそらく普段は「絶対に負けない剣術」など、そういった能力を作っているということか?

 

「まぁだから、アンタらにとって俺は天敵みたいなものなんじゃないのかね。少なくともこんな滅茶苦茶な芸当をゴリ押しできるって時点でな」

 

 苦笑いを浮かべる男だが、しかしやはり顔色は悪い。その顔色は知っている。魔力欠乏、生命力が尽きかけている人間の顔だ。

 どうやら無敵じみているその剣の能力だが、決して万能というわけでもないのか。……おそらく使用者の魔力も使うのだろう。

 であるならば、数刻戦い続けていたことで、この男もそれなりに疲弊しているはず――――そもそも魔道具を使用する魔術師どころか兵士ですらなかったこの男が、そんなものを鍛えているはずはない。

 

 ならば、お互い死までは数刻。

 

 不思議と、この段になって私の頭は回っていた。二度目の死を目前に、少し冷静になっていたのかもしれない。

 

『…………聖剣士よ』

「なんだい?」

『このままなら、お前は死ぬな? 都合よく魔力を回復させるような薬など、この世界にはない。であるならば、欠損した心臓を再生させる程の特殊な魔術を治めた者でもいなければ、だ』

「生憎、ここって普通の農村でしかないからな。女が体を使わないと、流れの傭兵すらつなぎ留められない程度の。教会からも程遠いってくらいだし」

『世知辛い……』

「原因の一端がよく言うよ」

 

 苦笑いを浮かべる聖剣士。不思議と、相手はこちらに対する憎悪の感情はないらしい。

 ならば――――。

 

 しゃべりながら、私の兜も消滅し、外れる。しゃれこうべが、かたかたと声を上げる。

 

「…………ならば、お前が助かる術を教えてやろう」

「……直前まで敵だった相手の言葉に、はいそうですかと頷ける奴がいるか?」

「信じる信じないは、お前次第だ。だが、もし成功すればどうにかなるだろう。私は確信に満ちている」

 

 

 

 今より三百年前――――。

 ――――我が死後の主、そして我が生前の……「妹」を救ってくれ。

 

 

 

「その、因果すら歪める聖剣だったら、きっと、できるはずだ。頼むよ――――『勇者クン』」

 

 そんな「俺」の言葉に聖剣士は意表を突かれた顔をして――――それが、俺の見た最後の景色となった。

 

 

 

 

 

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