11.私たち
※最終回スペシャルということで、本日夜の更新はこれにて!(おまけは明日予定)
11.ウィアー
私は冒険者である。
名前はウィアー、苗字は平民だからない。
どこで生まれたか全くと言っていいほど検討がつかない。
ただ一つ分かってるのは小さい農村だったってことで、それはお母さんが今住んでる場所も変わりない。
私には父が居ない。色々と母の知り合いの傭兵さんとかから伝聞すると、随分と女癖が悪い人だったらしい。
運悪くお母さんはそれに引っ掛かってしまい、色々あって私を産み落とし、で、まぁ色々大変だったと聞く。
その苦労を掛けた事実に罪悪感を抱いた時もあったけど、それでも母は精一杯私を愛してくれた。
故に、私は激怒した。
かならずかのロクデナシと噂される父親を、一発、二発、いやもっともっと沢山ぶん殴ってやるのだと。
「という訳で、護衛依頼いくよラビー!」
「いや話が全然つながってないよぉウィアーちゃん……」
相変わらず「なよっ」とした笑みを浮かべるラビーの腕を引いて、私は依頼書をギルドのカウンターに持って行った。
冒険者ギルド――――何年か前に「髑髏の魔王」が倒されてから、作られた組織。
もともとは傭兵ギルドを母体とした何でも屋みたいな組織で、現在は国中に現れた、魔物が現れる地下迷宮の攻略とかがさかん。
私はそこに所属する、冒険者二年生。
なんで冒険者になったかって? 決まってる。
あのロクデナシと噂される父親を探し出すためだ。
冒険者をやってれば、実家で農業やってるよりその手の情報が入りやすい。
また冒険者なら国をまたいでの移動にかかるお金とかも安くなるので、しがない農村出身者としては万々歳。
そんな訳で、本日は護衛依頼。
行商人の護衛とか、そんな感じらしい。
「いや、もっとちゃんと依頼内容を読んでさぁ」
「大丈夫、大丈夫! なんとかなるから!」
「ウィアーちゃんそういうところ適当なんだからもうぅ……」
で、この「なよっ」としてるのがラビー。
私と同じ農村出身で、一応は幼馴染。
そんなに親しい訳じゃなかったけど、ラビーは四男でとても家業が継げず、だからといって「とりあえず」で与える土地もなかったので冒険者に。
ちなみに女の子みたいな感じの口調に見えるかもしれないけど、実際はちょっとこう、ぽっちゃりしてるお坊ちゃんって感じ。
あんまり嫌悪感が出るほどでは無いので、筋肉と脂肪の配分がいい感じなのかもしれない。
まぁそれはともかく、行商人さんのところに行ってちょっとびっくりした。
なんか、こう、変な形の車? で、「料理」作ってる。
「――――そこ! そこもっとちゃんと焼いて……、そうそう、そんな感じそんな感じ!
何だ、意外と飲み込み早いじゃないですか」
「物心つくまでは行商してるの手伝ってたし、指示通りに動くのは苦手じゃない」
「へぇ。てっきりずっと専業農家だって思ってました。包丁の扱いと、火入れに問題ないなら上々。あとは味付けだけですね……」
「それは、まぁ、すまない」
「いえいえ。私と違ってまさか『ずっと』物を食べてなかったとか、こっちのミスみたいなものですから……」
「どちらかというと、アンが『あの状態』で物を食べられたってことが驚きなんだけど」
「見た目通りのようで見た目通りじゃなかったからね、あの姿って……、あ、いらっしゃい! お客さん?」
どうやら私たちを客と勘違いしているらしいけど、いや、何だろうこの車。馬車の屋台みたいな感じだ。馬は律義に繋がれたまま何もせず足元の草食べてるし。
とりあえず、依頼を受けた冒険者だって自己紹介。金髪の、ちょっと柔らかい感じの顔の人は「あ~」と納得してくれた。
年は私たちよりいくつか上っぽい二人。夫婦か何かなのかな。
「私はアンって言います。こっちは『ファイ』。二人で移動販売やってます」
「移動販売?」
「まー、長距離移動する出店というか、屋台というか、そんな感じです。(……フードトラックとかないからなぁこっち、異世界フードトラック的な)」
「はい?」
何かボソボソ言ってたが聞こえた気がしたけど、何でもないと返された。
とりあえず今日の営業が終わってからということで、私たち二人もちょっと頂くことになった。これも今回の報酬に入っているので、問題はない。問題はないんだけど……。
慣れた手つきで調理をするアンさんと、それこそ杓子定規に言われた通りの調理をするファイさん。いまいち慣れてないようだけど、動きそのものは危なげない。トマトを大切りしていく様は、なんとなく贅沢に見える。それはアンさんが焼いてるパンを「大丈夫? まだかな……」といちいち丁寧に確認しているのもふまえてだ。
ブレッドにバターを塗り、鉄板にも油を回す。火入れは強火、ざっと4枚面を焼き入れながらチーズを「これでもか!」と乗せて、カットされたトマトを焼鍋で焦がす。
水気がある程度きれたトマトをチーズの上に乗せ、2枚ごとに重ねて押す。そこに上からトマトを焼いてたそれで押さえつけて、じゅう、と更に焦げ目をつける。
香ばしい何とも言えない臭いが漂う――――。
「あとはオリーブ……はこの世界ないから、ピクルスもどき乗せて……、はい、ピザトーストもどきです」
「ピザトースト?」
「あー、ピザもないか……。んー、トマトのチーズトーストってことでいいや。どうぞ!」
実食してかなりびっくりした。美味しい。丁寧に作られてる上に具材を節約していない、直接的なうまみが私の口を支配した。ラビーも「しゅごい! しゅごいよぉ!」と口の中に食べ物入れながらしゃべってたので、感想は似たようなものだと思う(こういう所無頓着なのは男の子らしい)。
金額を聞くと、かなり驚くほど安く抑えられていた。市場で朝食を食べにくるのより、少し上くらいのもの。
アンさん曰く「まあ材料費は多少抑えられてるからね」と、ファイさんを見た。
お昼の営業終わり、本格的に私たちは移動する。
町から移動中、色々とお互いに世間話みたいなのをした。……まぁファイさんは御者がわりに馬を走らせてるので、もっぱらアンさんとの会話なんだけど。
口調は畏まった雰囲気だったけど、彼女、けっこう気さくな人だった。
「アンさんたちって、その――――」
「あっ別に付き合ってないですよ? まー、もう腐れ縁みたいな感じではありますけど」
もともと色々あってこの世に絶望していた彼女を、知り合ったばかりのファイさんが連れ出したらしい。とりあえず世界を見て回ろうと、何か考えるのはそれからでもいいだろうと。
「で、最初の段階でお金がないという事態に陥ったわけですよ。二人とも全くお金持ってなかったから、旅するどころじゃないと」
「「ああ~」」
「野蛮人みたいな原始的な生活するならまだしも、旅行しようみたいな話でそれはナシなので。で、まあ二人で色々やってみて、今はコレって感じです」
「移動販売ですっけ」
「そうそう。行商人とは厳密には違うんですけど、とりあえず色々な土地の料理を食べたり、自分たちで作ったりして売って。
許可が出たら地下迷宮の入り口とかでも販売したいんですけど、中々こっちは降りなくって……」
「それは、僕ももっと食べたいです!」
「ほんと最近始めたにしては、すごく美味しかったですよ」
「そう? ありがとうございます。
ふふ……。もともと私、料理得意だったので、こういう方がいろいろと楽しめるんじゃないかって」
実際これはこれで楽しいんですけどね、と。楽し気に笑う彼女は、でもどこか寂し気にも見えた。
そういう私たち二人はどうなのか、と言われて。ラビーは「いやウィアーちゃんでしょ、ナイナイ」と大変シツレイなことを言ったのでシメた。現在腹を抑えてうずくまってるのを流して、自分の主目的を話す。
途中でアンさんが「あれ?」とか「もしかして……、えぇ……」と微妙な顔をしていたけど、まさか父親の知り合いか何かなのだろうか。
「いや、流石にそういうロクでなしは知り合いにいないけど……、嗚呼、やっぱそうなのね」
「?」
一瞬ファイさんの方を見たアンさんは、何かを納得したように肩をすくめた。……いえ、だからそんな「目と目で分かり合う」みたいなやりとりされて、「そういう関係じゃない」とか説得力ないですって。
「――――父親を見つけるためと言っていたけれども」
おっと。そうこう話してると、ファイさんが声をかけてきた。
「それは本当に必要なことか? わざわざ危険な商売をしてまで。言い方は悪いけど、冒険者なんて傭兵崩れというか、傭兵商売の延長上にあるようなものだぞ。そこに身を置くっていう事の危険さとか、ちゃんと理解した上でやってるのか?」
「うん。私は、私的には必要なこと。お母さんにあれだけメーワクかけて、私のこともロクに面倒見ないでいた父親が、のうのうと生きてるのはちょっと許せない。
んー、つまり…………、趣味みたいなもの! これをしないと、私、もっとすっきりした顔で美味しい料理とか食べられないの!」「趣味というには随分物騒だよねウィアーちゃん……」
「そういうラビーはもっと将来考えないと。今のままじゃ冒険者続けられないでしょ?」
「僕、所詮農家の四男だからね!? 採集とかそういう依頼メインで進めようと思ってたのに、こういうのに引きずりまわされるのウィアーちゃんのせいだからね!」
「でも私と離れようとか思わないんでしょ?」
「ウィアーちゃんの傍がなんだかんだ言って今の所一番安全だし、それに放置しとくとウィアーちゃん、有り金全部つかってお財布すっからかんになっちゃうし」
「な! なな、ななな生意気!」
「ふぐぅ!」
ラビーの腹に肘うち一発! 悶絶するラビー。あはは、と苦笑いのアンさん。と、ファイさんはため息。
「…………なら精々、長生きできるようには気をつけるんだ。命がなければ、何を為したところでその後に残るものはない。形あるものでも、形ないものでも。
だからそういう最後の最期で、自分をつなぎ止めておくものが何であるか。それくらいは考えておいた方がいいぞ」
そんな風に言うファイさんも、アンさんみたいにどこか寂し気な声で。
でも、そこに妙な懐かしさと言うか、温かさみたいなものを感じて。
「……ファイさん、いいお父さんになりそうですね」
「なんかすごく、お父さんじみたこと言われた感じです」
「勘弁してくれ……」
「「?」」
「あ、あはは……」
私とラビーの率直な感想に、二人はそろって微妙な反応だった。
【END】
※この後、ファイくんがものすごく剣術強いことが二人に発覚して弟子入りされたり、ロクでなしのあんちくしょうを娘が変な所で発見して殴り飛ばしたり、ラビーくんが男を見せたりとかあるような、ないようなですが、そのあたりは余韻というかそんな所で・・・




