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10/12

10.犠牲

※最終回スペシャルということで、本日夜の更新はあと1本予定!

※次話はまた2時間後に・・・

 

 

 

 

 

 10.アロン

 

 

 

『そんなの只の犠牲じゃないの、アンタ……』

「捉え方一つだ。どちらにせよ、過去にいる以上、『その時』の俺じゃクラウディアは、どう頑張っても助けられない。だったら、それなりの方法を考えるべきだ」

『狂ってるわ……、私が言えた話じゃないけど、クレイジー、Du wärst verrückt (お前は狂ってる)』

 

 腕を下ろし、もはや戦う意思がないかのような、魔王ヘル。

 俺は聖剣を肩に乗せて話を続けた。

 

「実際のところ、多少なりともおかしくはなるさ。天涯孤独、育ての親だった村長も代替わりした後死んですぐ家を追われて、助けてくれた幼馴染の恋人は『コレ』だし。

 でも、それまで俺の生きる希望が『ソレ』しかなかった。そしてそれ以上に出来ることがなかったのなら、もうそれに縋るくらいしか、俺には残ってなかった。何も、残ってなかった」

「……っ、あ、アロン――――」

 

 クラウディアが何か言いたげだが、それに俺は苦笑いを向けるだけだ。すべては終わったこと――――俺の体感で言うと三百年以上前に終わったことだ。

 である以上、この目的は単なる「趣味」の世界だ。

 

 自分が自分でいるために、自分を保つために必要な精神的な余暇。

 

 そうとでも思ってなければ、とっくに自我が無くなってしまいそうだ。

 実際、武器になるというのはそれだけ、精神的に酷いものがあった。

 

『狂ってるんじゃなきゃ……、壊れてるわ』

「だが、最後の一手を下したのはアンタだ。アンタが俺を、この時代でない場所へ送らなければ、こうはならなかった」

『…………そうね』

 

 彼女が連れ去られた都まで、その後を付け。教会の下っ端として雇われ、雑用を積み重ね「宝物庫」の掃除を任され。そこで見つけた当時のロング・アルファを手にして、あの時は驚いたものだった。

 なにせ、それこそ一切の問題なく、以前のように「使用できて」しまったのだから。

 

 だからこそ、自分自身を聖剣に封印するという方法を思いついた。

 

 方法は、魔王ヘルの……、アンナの記憶を見て知っていた。だから、後はそのようにすればいいだけ。

 

 ただ、そこからが問題だった。

 魔王ヘルのように、膨大な魔力が基礎としてあった訳ではない。なにせ剣と一体になった瞬間、俺自身は目を失い、声を失い、自分の意志で動くことも、肉体を作り出すことも出来なかった。つまり彼女の認識のように、別な自分自身の魂の形を、外部に形成できなかったということだ。

 あったのは、触覚と聴覚のみ。だからこそ、逆に俺は腹を括った。

 

 ここから俺自身が、聖剣が使える魔力を増やす――――そして増えたとしても、それを全部、俺の中に残し続ける。アンナのように外部に自分を作るような「無駄遣い」をしないと。

 それでも剣術は身についた。使われている側だったせいか、自分がどう使われているのかだけは妙に鮮明に覚えてしまったのだ。…………他に娯楽になるようなものが、なかったせいでもあるだろうが。

 

「正直、かなりギリギリだったよ。アンタみたいに魔力を貯め込めるようになって、長い年月をかけて。でも、それでも『人間らしい』認識がほとんどない状態だったから。たまたま、本当にたまたまクラウディアの声で『起きて』、出て来れた。三百年の孤独から、ようやく解放された。

 でも、今だってこうして肉体を作り出してるのだって、初めてのことでかなりおっかなびっくりだ」

『…………』

 

 魔王は、アンナは、動かない。

 いや、動けないのだろう。

 

「なぁ……、もう良いんじゃないか?

 アンタは沢山奪われたけど、それ以上に沢山『奪ってしまった』。

 だからもう、それで終わりにしないか?」

 

 少なくとも彼女にとって、俺も一応はあの村の一人という認識ではあったらしい。

 

 それが、自分が未来から送り込んだ敵であり――――結果として、自分の人生を棄てさせるものだったと。

 そう理解したのだろう、そのことが「わかる」。そういう風に、聖剣の力を使っているのだから。

 

『……アンタがそうなったのが私のせいだって――――アンタの「愛を解き放ってしまった」のが、私だっていうのは、わかったけど』

「随分詩的な表現するんだな」

止めてください(ヽヽヽヽヽヽヽ)! ……そういう話じゃない。だから、でも、それでも、王国が私から皆を奪った事実に変わりはないのよ!』

 

 その絶叫に、俺は答えない。

 

『どんなに頑張っても、「お兄ちゃんも」、誰も彼も、本当によみがえらせることは出来ないの……、骨にしかならないの。誰も、私の言葉に応えてくれないの……』

「…………」

『じゃあどうしたらいいの! このまま我慢しろって言うの? この憤りとか、痛みとか、そんなもの全部、全部! そんなの、無理よ、絶対むりよ……無理なんですよぉ……。

 例え貴方を、貴方をそんなにしてしまった理由が、私にあったとしても……』

 

 罪悪感が。

 あの仲間であった最後の一人が。

 

 それを自らの手で、こんな形で壊してしまったという意識が。

 

 それが、彼女の復讐心を鈍らせる。躊躇させている。

 そこで、原因である俺を殺すとか、そういう形に意識が向かないあたりが、アンナの根にある人の好さが出ている。

 

 苦笑いしながら、俺は聖剣を構える。

 膝から崩れ落ち、すすり泣く骸骨の彼女に、それを向け。

 

 

 

「だったら、これから考えよう。時間はいくらだってある。

 愚痴なら聞くし、夜泣きするなら近くにいて大丈夫って言ってやるし、まー、何にしても、もう『一人じゃない』。しばらく今、何がどうなっているか、見て回ってから、考えても悪くないだろ。

 それで、何度も何度も、そしてどうしても考えに考え抜いて、それでも許せないなら、その時は滅ぼせばいいさ」

『…………アンタは、止めないの?』

「……んん、あー、その時の趣味によるかな。

 ここでアンタを止められれば、とりあえず俺の「三百年分の趣味」は終わりだから」

『馬鹿、馬鹿なんじゃないのアンタ……』

 

 でも――――。

 

 アンナは、俺の一撃に抵抗することもなく。

 

 

 

「――――ありがとう」

 

 

 

 彼女が髑髏の姿になっているのは、魔力の節約だと本人はいっているが、本質的には違う。

 意識の根底に流れるそれは、もう二度と「人間として」生きるつもりがないという、その意志の表れ。

 機械的に、感情を殺し、心を殺し、只々復讐するための装置になるべくとして。

 

 そして、自分が蘇らせられないあの村の人たちと同じ姿になり……少しでも罪悪感を紛らわせるため。

 

 だから、その罪の意識を多少なりとも「斬り払えば」――――。

 

 

 

 目の前には、涙を浮かべて倒れる少女が一人。

 

 

 

 俺より少し年上で、青い目で、金色の髪で、ちょっと垂れ目で。

 雰囲気でいうとクラウディアに似ていて、でもそれよりもっと線が細い印象の、どこにでもいそうで、どこにでもいない、只の、かよわい一人の人間が、膝を抱えてうずくまっていた。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

「そうか服がないのか…………」

 

 

 

 涙を流して眠るアンナ。魔剣は既に姿を消している。

 とりあえず背中の鞘に聖剣を仕舞い、上着を脱いで彼女にかけた。

 

 さて、これからどうしたものか…………。この体って腹が減るのかどうかすらわからないし、それこそ物語における精霊とかみたいに、山奥で飲まず食わず隠棲という訳にもいかないだろうし。

 だからといってお金も何もない訳で、と。そんなことを考えてると。

 

 

 

「――――アロン!」

 

 

 

 後ろから、抱き着いてくるクラウディア。

 声が濡れていて、それにどういった感情が乗ってるのかが今の俺には何をせずとも分かってしまう。

 情緒もへったくれもないが、聖剣と一体化してるせいで「知りたい」と思ったら、それを容赦なく知れてしまうのだ。

 

「アロン……、ごめん…………、ごめんね……」

「…………まったく」

 

 そこで下手に言い訳された方が、下手に縋りつかれた方がまだ憎んだりとか、見下したりとか、突き放しやすいんだがなぁ。

 やっぱり何と言うか。間違えたりすることはあっても、クラウディアは良い女なんだろう。

 

 クラウディアから、絶望の感情が流れ込んでくる――――その魔力が、俺に、彼女が何を知らされたのか、俺がいなくなってから何があったのかを教えてくれる。

 

「別に仕方はないさ。生きるために他の手段がなかったのも理解できる。寂しかったというのもまぁ、理解できる」

「そんなこと、ない、私は――――」

「でも、結局それに対して正しく決着をつけることはできないんだ。お前はこうなるまで俺が死んだことを、ちょっと悲しむ程度で終わらせてしまっていたのだとしても、それでも俺はお前を軽蔑『できそうにない』し」

「アロン…………」

「お前は、お前の人生における『幸せ』を上書きした。上書きしてなければ、そこには俺が居たはずだ。でもだからといって、それが正しいとか間違ってるとか、一概には言えないからな。――――大体数百年経てば、皆、原形も残らないし」

 

 ちょっとしたジョークのつもりだったのだが、クラウディアはそのまま更に泣き出してしまった。

 それを不思議そうに見て、俺の目を見て頭をかしげる一歳児。何と言うか、この状況に至るまで全く泣きわめきすらしていないとか……。父親と違って、随分大物になりそうな娘だなコイツ。

 

 

 

 それから落ち着いて、少し話して。

 クラウディアは、泣きながら、でも笑顔を浮かべて俺を送り出した。

 

 そのままだったら、俺が彼女を助けることを「次の趣味」にしてしまうことを察していたのだろう。

 

「アロン、優しいから……、きっと一緒に居たら、自分で理由付けて、色々許しちゃうと思うから。許されちゃうと思うから。それは、私が申し訳ないから」

「それでも別に俺は……」

「……でもアロン、そんな『何も考えずに』受け答えしてるような、そんな顔、説得力ないよ。それに、ね?」

「?」

 

 俺としてはそれでも別に良かったのだが、それだと魔王さんが可哀そうだからと、クラウディアは寂し気に笑った。

 例えこの後、どれだけ苦労するとしても、それでも自分で責任を持つから、と。

 せめてそれくらいしないと、娘に申し訳が立たないと。

 

 

 

「さて。どうしたものかな」

 

 特に予定はない。何か準備があるわけでもない。

 それでも、背負った彼女の存在を感じる――――少なくとも俺たちは一人じゃない。

 

 それが分かるだけで、今の俺には十分だった。十分だと、そういうことにした。

 

 

 

 

 


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