1.孤独
注意書き・・・
※あらすじ通り全11話+α予定です。
※今回は雰囲気重視? にしたいので、前書きと後書きは極力控えます。
※元々短編予定だったので細部が若干荒いですが、ある程度はご容赦ください;
1.アロン
一人には慣れている。仕事柄、一人で戦うことも少なくない。何日も一人で野営をすることも、あるいは見知らぬ場所で半年以上潜伏し、その上で戦ったことも、まぁ経験にある。
だから慣れている。ただ慣れてはいるが、心の準備というものが誰にだって必要だろう。
例えばそれは、俺と幼馴染の恋人との決定的な別れの瞬間など。
「――――お願い、アロン。私と別れてください。私との婚約を、なかったことにしてください」
そう頭を下げる彼女は、物静かで、しかし笑うと愛らしい村娘。揺れる短く切りそろえられた髪。なんとなく、故郷の村の花畑で微笑む小さい頃の姿を思い出すのは、付き合いの長さ故か。
ともかく彼女は、クラウディアは俺にそう言った。
何ら一切の伏線や脈絡のない別れの言葉に、かろうじて動揺を抑え込めた自分を自分で褒めたい。
聞いた瞬間のこの心を、何と形容するべきか――――穴が開いた、それも途方もなく深く、遠く。そしてそこに放り込まれた俺は、酷い寂しさを距離を感じた。
「……訳を聞かせてもらえないか? クラウディア。その権利は当然あるはずだ。その一言だけで、俺たちの関係は切れるものであるはずはない」
「…………」
震える彼女は、しかし俺と目を合わせようとしない。決して俺が機嫌を損ねて暴力に出ることを恐れてのものではないだろう。それくらいには付き合いは長い。性格もお互い把握しているはずだ。
久々の逢瀬、俺が長い遠征から帰ってきた、そんな時のクラウディアの言葉。村にある俺と彼女の家で、彼女の部屋で、しかし居心地悪そうにクラウディアは視線を逸らす。
だが、一向にクラウディアは話そうとしない。
少なからず、俺に後ろめたさをもっている様子だった。
「話してくれ。でないと、何も始まらない」
「…………少し、待ってもらっていい?」
そう言うと、彼女は扉の向こうに出る。数刻、何かぴちゃぴちゃと「舐るような」音が聞こえた後、彼女は一人の男を伴って入ってきた。
見てくれは端麗。線はやや細いが筋肉質。皮鎧に短剣を装備した姿は、農村にいる種類の人間でない。
「傭兵か?」
「ハンッ……、天下の聖剣士様にこんな形でお会いできるとはねぇ」
見た目こそ優男だが、態度は飄々としている。いや、飄々としているというよりも、軽薄だと言うべきか。そんな相手が、クラウディアの肩を抱き寄せて俺を鼻で笑っている。
それがどういう意味を持つか、察せない程に俺も鈍くはない。
「そういうこと、なのか?」
「…………ごめんなさい、アロン。私はこの人と一緒になりたいの」
「何故?」
「そんなモン、あんたらが村を守れなかったからに決まってるじゃねぇかッ!」
俺の言葉に応えたのは、傭兵の男だった。
嘲笑にはわずかに怒りのような感情が含まれている。いや、それはこちらの不手際を責める声か。
「俺は、スティーと言いますがねぇ。たまたま俺がいる傭兵団がこの付近をうろついてたからいいものを、ですよ? そりゃ近年魔物も活発化してますし、危険があちこちにありますから、傭兵とかも全然仕事がなくならなくって嬉しい限りっちゃ限りなんですがねぇ? でもだ、流石に例の『骸骨軍団』が攻めてきたら普通どうしようもねぇでしょうに」
骸骨軍団――――近年、我が国と戦争をしている「髑髏魔王・ヘル」の軍団だ。
何かしらの魔術で蘇った存在なのだろうか、奴の操る兵隊は全て「骨のみで」構成された存在。それぞれが強力な恩讐と不死身の肉体を持ち、瞬く間に兵士たちは死んでいった。
そんな中、組織されたのが聖戦士団。国一番の戦力を持つ戦士たちに、教会の持つ聖なる武器を持たせて髑髏軍団と戦わせる。いたって単純かつ明快な目的で作られた組織であり、そして一定の戦果を挙げていた。
聖なる武器は、髑髏軍団に対して一定の成果を収めた。闇に覆われ死髑髏の肉体を切り払い、その不死身に近い特性をことごとく打ち砕いた。
だからこそ、聖戦士団は快進撃を続けていた。
つい先日までは。
そう先日、俺が所属した聖戦士団は戦った。だがあまりにも運が悪かった。
髑髏軍団にも、上級兵のようなものがいた。明らかに格が違った。運が良かったのか悪かったのかは知らないが、その戦いで俺ともう一人を残して、全ての聖戦士が全滅した。
無論、相手も無傷ではない。十人存在した上級兵士も、最後の一人まで削り切った。
だが、その際に討ち漏れが出ていた。
近隣の町や村に被害が及び、とてもではないが俺ともう一人だけで捌き切れるものではなかった。
その一つが、この村、俺とクラウディアの故郷たるこの村にも出ていたのだ。
「ウチの傭兵団はねぇ、早々に見切りを付けましたよ。俺も本当は見切りをつけるつもりだった。でも道行く先で今にも襲われそうになってた子を見ちゃ、流石に捨て置けませんて。名誉の負傷こそしませんでしたが、それで助けて、まぁ、俺が一目ぼれして、今に至るって流れですよ。おかげで俺以外にも何人か、ここの村には残ってますがねぇ?
ここ連日、アンタが帰ってくるまであった連中の襲撃、全部俺たちだけで躱してきましたよ」
そう言いながら、クラウディアの肩を抱き寄せ頭に顎を乗せる男。
表情は嫌がっているようなクラウディアだが、その頬が赤らみ、口元が僅かに微笑んでいるのが見える。
遠い――――こんなに近くに居るのに、二人との距離が遠い。
「何か文句でもあんのか? その目は。アンタ聖戦士だろ! 村一つ守れないで、ホレた女一人守れないで何やってんだ! あわや殺されるところだったんだぞ、だったら今確実に守れる俺が、ここに居てもいいよなぁ、何か文句でもあんのか、あ゛?」
「ちょっと、止めなさいスティー。アロンだって大変だったって……」
「そんなことは関係ねぇだろ、『お前が死んでないのは』俺のお陰だ。だから俺の女にした。そのことにクラウディアも異論はなかった。違うか」
「そ、それは………」
「…………」
にやりと笑う男の手は彼女の腰に回り。
クラウディアは、それを口では咎めつつも表情はどこか嬉し気に照れている。
そうか、純潔まで捧げたのか――――。
俺とクラウディアは、もともと「そういうことを」していなかった。偏に時世の不安定さと、村の医療技術の問題で。この危険な時世、何かあっても逃げるのに不都合があるのはいけない。身重では逃げる時に何かと不都合がある。そして出産に際して、産婆を務めていた薬師の御婆が数年前に亡くなった。新たな薬師が入ったが、その類の知識を持っていないこともあった。
難にせよ、子供をつくるのは俺が戦役を終えて帰ってから。戦役で得た金を使い、より人の多い都で、医術の心得のある人間のいる場所でと。
むろん産後は折を見て村に戻るつもりでと、そういう計画だった。
だが……、それを裏切ったということは、おそらく何かしら後押しがあったのだろう。
状況により、村を守るため男を繋ぎ止めておく必要があったか。
残った傭兵の中にその手の知識や技術に通じているものが居たか。
そして――――あるいは本当に。クラウディア自身の、心の天秤が傾いたか。
相手はこちらを嘲笑する意図で笑っている。そこに少なからず怒りが見えるのは、俺にそれを咎める資格がないと、そう言っているからか。
決して、俺と彼女の関係はそれで一蹴されるべきものではない。語り切れるものではない。
だが…………、実際に守り切れなかったことは事実だ。
彼が居なければ、クラウディアをはじめとして村は壊滅していたことだろう。
それだけは何より事実であり……、彼女自身がそれを望んだのなら、それを受け入れる立場なのだ。
剣に手をかける。と、「傭兵」は訝し気な顔でクラウディアを庇う。彼女は一瞬驚いた顔をして、そして名状しがたい顔をした。申し訳なさと、恐怖とが入り混じったような、微妙な顔。
そんな二人を意識しつつ、俺は無言で「聖剣」の力を発動させる。
――――聖剣「ロング・アルファ」。彼女の言葉の真偽を、俺に教えてくれ。
「それでお前は幸せになれるのか、クラウディア」
「…………はい。なれると思う。ううん、なってみせる。私がこの人と、一緒に幸せになる」
嬉しいことを言ってくれるじゃないかと、男はニヤニヤ笑いこちらを見る。
聖剣「ロング・アルファ」の力が、俺に両者の言葉の内実を知らしめてくれた。
クラウディアは――――間違いなくこの傭兵に心奪われている。身体を許したことが切っ掛けではあるが、それでも身近に、己の生活を守ってくれる「オス」を求めた。
そして傭兵は――――俺の力を低く見積もっている。実際彼らの兵団が、押し寄せてきた骸骨軍団を蹴散らしたのは事実であり、それを前提としているため、壊滅させられた聖戦士団を低く見たのだ。
実際、俺「個人」が強いかどうかと言われると首をかしげるところがある。それについては、まぁしかし語る話ではないだろう。
クラウディアについては、もはや俺が言えることはない。…………言いたいことも一杯あるが、流石に「自分の部屋」すら男に提供し、頻繁に「情事にふけって」しまわれては、それを直接指摘される展開になっては、立つ瀬がない。
辛いが、割り切らねば。割り切らねば俺が生きることが出来ない。
だからそれ故、男の勘違いを正す必要もないだろう。
決して、俺は別に彼女に死んでほしい訳ではない。
例え結ばれずとも、俺と彼女は幼馴染。その関係が崩れることはない。
向こうもそれを弁えてる。弁えることができる相手だから、いい女だったのだ。
それこそ色街の派手な女や、身目麗しい王族と比べるようなものではない。そんなものより遥かに、尊い一人。
それが俺にとっての彼女であり――――そして「今の」彼女にとっては、この傭兵の男となってしまった。
少なくとも、彼女の価値に男は気づいたか……いや、それを問い詰めるのも野暮だ。
だったら、俺は立ち去るべきだろう。わかったと言い、席を立ち、荷物をまとめる。もともと私物が多い訳ではないし、思い出の品は持っていれば辛くなるだけだ。手荷物だけをまとめて立った俺の背中に、男の心無い言葉が刺さる。
「お前、一生こいつを守るって言ってたんだってなぁ。今どんな気分だ? せいぜい後悔してな、皆知ってるんだ、アンタらがどんだけ弱いかってことはなぁ」
こちらを馬鹿にする言葉に意味はない。クラウディアがどういう顔をしているか、振り返る必要もない。
俺が戦い続ける限りにおいて、あの男が守り続ければ、実際にクラウディアは安全なのだから。
とにもかくにも、戦士団の再編成前。おそらく俺にとって最後の、この村での休暇は終わった。
「惨めかどうかは俺が決める。俺が決めることだが……、でも、独りぼっちだ」
ただ。本当の意味で天涯孤独となったこの身は、流石にしばらく慣れなさそうだ。