都市伝説(ホラー)
お題は「山」「ことわざ」「最初の物語」ジャンルはホラー
君も知っている通り、この町にもありふれた都市伝説がある。
「夜半に町はずれの廃病院を訪れると、どこからともなくボサボサの長髪をした鋸のような歯を持つ“血啜り女”が現れて、哀れな犠牲者は身体中を噛み切られて最後の一滴まで血を啜られる」っていう噂だ。
逃げても車と同じくらいの速度で走って来て追いつかれるとか、金属をも軽々引き裂く腕力があるとか、かなり盛られたスペックをしているみたいだね。
じゃあ、この存在にはどうやって対抗すればいいのか? もちろん君は知っているよね?
なんでも「“血啜り女”はシャイだから複数人でいれば人目を気にして襲ってこないので、一人で廃病院に行ってはならない」らしい。
だから、一人では廃病院に近付かないことが肝要であり、これが唯一の対策方法として語られている。裏を返せば、一人で遭遇した時点で手遅れなのさ。襲う側としても相手が一人の方が襲いやすいからね。
もっとも、わざわざ夜中に廃病院に行きさえしなければ、“血啜り女”以外にも転倒とか割れたガラスでケガをするなど荒れた屋内で起こり得るリスクを被らないし、そもそも、権利者の許可なしに侵入してはいけないんだけどね。
それでも、噂を聞きつけて心霊スポット感覚で突撃を敢行する学生グループが多いように思える。
ところで実はこの噂、最初に語られ始めたときはもっとシンプルで内容も違うものだったんだ。“火のない所に煙は立たぬ”ということわざの通り、この噂にも語られるきっかけとなった元ネタが存在するのさ。
私は生まれ育ったこの町で警察官として長らく勤務しているんだけど、ある日の深夜、私が非番のときにこの噂の元ネタとなる通報が入ったんだ。
通報者は匿名希望の男性で「夜中の廃病院で死体を解体する男がいる」と語ったそうだ。
だけど、夜中の廃病院ということで場所と時間も悪く、突拍子もない内容ゆえに情報の信憑性は薄かった。それに通報が事実でも犯人と鉢合わせるのは危険だし、被害者は既に“存在しない”から緊急性がないと当直は判断したようで即座に駆けつけることはなかったらしい。
それで翌日、話を同僚から聞いた私は厄介ごとの処理もとい通報案件の調査を引き受けたんだ。
廃病院の探索及び通報者の追跡をおこなうと、どうやらよなよなスプレー缶で壁に落書きをしてまわっているチンピラが通報者だったことが分かった。彼は自身もやましいことをやっていたから匿名で通報をしたんだとこのとき合点がいったよ。
いちいちこんなのを始末しなければならない身にもなってほしいとしみじみ思ったね。
最終的に私はこの一件を「調査の結果、通報内容は信憑性に欠けており、いたずらの可能性が非常に高い」と報告し、上の方でもそのように処理された。
その後、この話は終息に向かうのかと思いきや、同僚が面白半分で周囲の人間に廃病院の噂を広めていて、私が気づいたときには噂がかなり浸透していたんだ。
そこで、私はチェーンメールなどを駆使して「怪物噛みつき女が出現するので廃病院には近づいてはならない」という噂を積極的に流布した。
これが通報内容を改変して生まれた最初の物語であり、この噂は人々の間で語られる間に脚色されながら元ネタと混合して概ね今の形として定着したのさ。
この一件でうっかり廃病院を心霊スポットにしてしまったせいで、多くの人が集まるようになってしまったのは誤算だったけど、拡散した事実に都市伝説を上書きして誤魔化すことが出来たのは良かった。
さらには、目撃者を消せたことや本格的に捜査されないように立ち回れたことは幸運だった。すべては役得のおかげだ。
今では廃病院の裏山に拠点を移して、作業しながら廃病院を監視していてね、ときたま噂の忠告を聞かずに一人で訪れる命知らずをここに招待しているんだ。
君みたいにね。