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白い恋人(恋愛)

お題は「白色」「息」「意図的な罠」ジャンルは指定なし(恋愛を選択)

街角で手ごろなベンチを見つけて腰を下ろす。今日は寒い、近年で一番の冷え込みだそうだ。

息を吸っては吐き出し、吐き出しては吸い、白色に染まった呼気が曇天に消える。

この寒威は、意気消沈する僕に共鳴して空もふさぎ込んだように思えてなんだか落ち着く。

そう、実はこの空模様と同じく、僕の心中も近年で一番の冷え込みを迎えている。

いや、今までの人生で一番の冷え込みかもしれない。

つい先ほど、1年半付き合った彼女にフラれた。

高校2年生の冬、初めての失恋。

いつもの喫茶店の、いつもの席で、彼女はいつもと違う顔で別れを告げた。

僕は頭の中が真っ白になった。

なんとか振り絞った“なんで”という問いは、“あなたのためだから”と、あやふやな答えで躱された。

彼女の沈んだ表情を見ると強く問いただすことも出来なかった。

結局理由は教えてくれなかった。僕に渡されたのは白紙の回答用紙。

いたたまれなくなった僕は支払いに充分なお金を残し、簡素な別れの台詞を告げてそそくさと店を去って今に至る。

元日に今年もよろしくって言ってくれたのに、もうよろしく出来そうにないなぁ。

いや、いっそ白々しく何事もなかったかのように会いに行ってみようか?

なんて、しょうもない自嘲をして空元気で笑ってみせる。

今年は受験を控えているのに、こんな有様で僕は上手くいくだろうか。

二人で頑張って絶対に同じ大学に行くって言っていたのに。

たった一年くらいだったけど、二人で色々なところに行ったなぁ。

将来への不安や楽しかった思い出がぐるぐると頭を過る。


……感傷から抜け出し我に返ると、しんしんと真っ白な雪が降ってきたことに気が付く。

確かめるように宙に差し出した手に雪が舞い降りて溶ける。

そうしている間に刻一刻と降雪が激しくなり、凍てつくような冷気が一層と当たって肢体から熱の通った柔らかさが失われていく。

寒空の下でボケーっとしているのもいい加減しんどくなってきた。

傷心も潮時かと、灰色の空を見上げていた視線を下ろして前を向く。


不意に、視界が捉えたものは白く染まりゆく街並みではなく、遠方から小走りで向かって来る、別れたはずの彼女だった。

まさか僕のことを探していたのだろうか? だとしたら、何故? まさか。いや、期待するな、自惚れるな、何を言われるか覚悟しておけ。

そうやって独りでやきもきしているうちに、彼女が息を切らしながらよたよたと走ってきて、僕の目の前で立ち止まる。

そして、息を整えながら無言でウルウルとした瞳をこちらに向けてきた。

そのとき彼女と目が合ってしまい少し気まずい思いがした。

そんな唐突な出来事に驚く僕を尻目に、彼女はぽつぽつと話し出した。


ごめんなさい、さっきは本当のことを伝えられなくて。

実は私、病院で“白血病”と診断されたの。必ずしも完治するとは限らない病気だって。

色々と悩みもしたけれど、将来を考えるとあなたに苦労を掛けることになるかもしれないから別れた方がいいと思ったの。

少なくとも、気持ちが冷めて別れを切り出したんじゃないってことは分かってほしい。


それを聞いて僕の胃はキュッと縮こまる。

彼女は一拍おいて再び話し出す。


でも、本当に勝手な話だけど、病気を理由にあなたからあっさり見捨てられる可能性を考えてしまって、とても恐ろしくなったの。それで、別れる理由を知られないように有耶無耶にして誤魔化してしまいました。

だけど、私の一方的な決断で理不尽に思ったはずなのに、とても気落ちしたはずなのに、あなたは多くを言わないで私のことを尊重してくれました。あなたを見て、相手のことを思うならどういう過程を辿ろうと、どういう結果になろうとちゃんと事情を伝えるべきだったことを痛感しました。

あなたに選択の権利を与えず最低限の話し合いも出来ないで、私のわがままで振り回してしまって申し訳ございませんでした。


彼女は深々と頭を下げて詫びる。


それで、今さらあなたは不愉快かもしれないけど、ちゃんと義理を通したいし、償いの意味も込めて、今までの成り行きを聞いた上で改めてどうしたいかあなたに考えてほしい。もっと言えばあなたから別れを告げて終わらせてほしいです。

調子のいい話だけど、お願いできますか?


僕は唐突な告白に困惑するとともに、落ち込んだ。

彼女が病気だったこともさることながら、それを打ち明けてもらえるだけの信頼を勝ち得ていなかったように感じてとてもショックだった。

しかし、この寒空の下で不調な身体を引きずってわざわざ僕を探して、気まずかっただろうに負い目をさらけ出して、かっこ悪いことも承知で彼女は話に来てくれた。

悪態をつかれたり、怒られたりするかもしれないのに自分の非をきっちり謝ってくれた。

そもそも、この別れ話自体が僕への気遣いに端を発して生まれたものだ。

ここまで思ってもらえるのは本当にありがたいことだと感じる。

自分が彼女の立場なら、同じように病気を理由にフラれることを恐れただろうし、彼女のしたことを責められはしない。それに、過ちを犯したときは彼女のように謝りに行ける自信は無い。

そんな彼女と比べて、先ほどまでどことなく“突然フラれたかわいそうな自分”に酔っていた自分が恥ずかしくなった。

——だから


嫌だよ。そんな事情、知ったこっちゃない。

僕は抑揚を抑えてそう答えた。


数秒の静寂が流れて空気が重くなる。


そうだよね、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい……。今まで本当にありがとうございました。

そう呟いて、彼女は涙を浮かべながら立ち去ろうとした。


しかし、僕は彼女を引き留める。

「違うよ、別れる前提の話なんて絶対にお断りだってこと。振り回されたお返しに紛らわしいことを言って意地悪してみただけなんだ。これでおあいこだから貸し借りはなしだよ」


結果的にかっこつけたような形になってしまったが、彼女にばかり悪い格好をさせるのは忍びなく思い、少しでも彼女の気が楽になるように自分も泥をかぶるべく、意図的に彼女を意地の悪い罠にかけたのだった。

もっとも、僕がしかけたのが“意図的な罠”だとすれば、彼女の透き通るように儚い泣き顔は“天然の罠”だと言える。

だって、彼女のことを放っておけなくなってしまうのだから。


それって、これからも一緒にいてくれるっていうこと? ……本当にいいの?

彼女は動揺を見せたものの、腫らした眼でこちらを見つめながら嬉しそうに少し微笑んで、僕の言葉の含意に踏み込んできた。


僕は病気について詳しいことも知らないし、将来の予測も立たないけど、今の自分の気持ちを大切にしたいと思う。君の気持ちが離れない限りはずっと一緒にいるよ。大好きです。なんて風に言えばいいのだろうか。

喉元まで出かけている、なんだか白けてしまいそうな返答を飲み込んで、代わりに彼女を抱きしめた。

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