第3話 大地の聖女と呼ばれし癒し姫
2/27改稿致しました。一部、ルーナの台詞と、ティエラの感情を追加しております。
5/28ルーナには二つ名があるのに、他の二人になかったので足してみました。
6/10文章を見直しました。
「ルーナで結構ですよ」
そうして彼が告げる。
「私が十になる頃に姫様がお生まれになりました。その当時は、交流は少なかったのですが、姫様が八つの頃に、私が婚約者に選ばれました」
少しだけ、ルーナのティエラを抱きしめる力が和らいだ。
(彼を本当に頼っても良いの――?)
答えになるような事柄を、彼女は欲していた。
「その……私達の仲はどうだったのでしょうか? 元々恋人同士だったのでしょうか?」
思いきって尋ねたティエラは、とても恥ずかしくなってきて、顔が赤くなる。
そんなティエラの姿をみて、ルーナは柔らかく――そして、寂しげに微笑んだ。
「姫様のお気持ちが、どうだったのかはわかりません」
曖昧な返答――。
この月のように美しい青年は、女性が好みそうな容姿と優しげな語り口調をしている。
(こんなに綺麗な男の人と、元から両想いだったということはなさそうね。やっぱりただの政略的な婚約関係だったのかしら)
ルーナはティエラを抱き締めてはいる。
(義務的と言われれば、義務的……)
婚約の経緯もよく分からない。もしかしたら、あまり女性には困らなさそうなルーナの意に反して、婚約関係となった可能性もある。
ティエラは考え込み、伏し目がちになった。
そんな彼女の亜麻色の髪を、ルーナが優しく撫でてくる。
突然――。
ティエラの耳元に、彼は唇を寄せてきた。
急に、彼の端正な顔が近づいてきたので、彼女の心臓がどきりとする。
そうして、ひどく甘い口調で、彼はティエラの耳に囁いた。
「私は、姫様のことをお慕いしておりました」
(え――?)
ティエラはルーナの顔を見上げる。
彼は微笑を浮かべたままだ。
「今もその気持ちは変わりません」
ルーナにさらりと言われて、ティエラの顔はどんどん赤くなっていく。
彼は、ティエラの腰まである亜麻色の髪を一房手にとった。
ルーナはティエラの髪にゆっくりと口づける。
そんな彼の所作に、彼女はまた恥ずかしさを覚える。
「徐々に私のことは思い出していってください。これまでも、お待ちしておりましたので、焦ってはおりませんから」
ルーナはティエラに微笑みかける。
彼女は首まで熱くなるのを感じた。
彼は彼女から離れると、部屋から立ち去った。
『お慕いしておりました』
部屋に残されたティエラは、先程ルーナから言われた台詞を反芻する。
(ルーナは昔から私のことを――?)
ティエラの心臓は、早鐘のように動き続けていた――。
一方で、記憶の事や父だという国王が暗殺された話もある。
(私は、これからどうなってしまうの――?)
先行きへの不安が、胸を苦しくさせる。
不安と期待の二つが、今の彼女を支配していた――。
※※※
翌朝、ティエラの自室に、ルーナから遣わされたという女性が現れた。
「姫様、ヘンゼルと申します」
彼女は、夜闇のように美しく長い髪をひとつ結びにしている。猫のようなやや吊った瞳が印象的だった。年の頃は二十代半ばくらい。長くて黒いワンピースの上に、白いエプロンを着用していた。
(ヘンゼルさん――とても綺麗な女性だわ……)
彼女は、本来はルーナの世話係だそうだ。今日からティエラの世話係も一緒におこなってくれるらしい。
「数年前までは、姫様のそばで働いておりました。これからも、なんなりとお申し付けください――」
そう言った後、ヘンゼルはすぐにティエラの身支度を始めた。
「ごめんなさい、ヘンゼルさん。貴女のことを思い出せなくて……」
「いいえ、気になさらず。またお世話ができること、大変嬉しく思っています」
ティエラの髪に櫛を通しながら、ヘンゼルが声をかけてくる。
ヘンゼルは非常に手際が良かった。気づいたら、ティエラの髪は高く結い上げられていた。
そして、コルセットをきつく締めあげられた後、チュール素材の淡い緑色のドレスを着せられる。
「とてもお似合いですよ、姫様」
ヘンゼルはそう言い、ティエラに一瞬だけ微笑みかける。
「お聞きしたいことがございましたら、何でもおたずねくださいね」
ヘンゼルは淡々とした表情に戻っていた。
(あまり笑顔を見せない人みたいね――)
「ヘンゼルと私は、どういう関係だったの――?」
「私と姫様ですか? 先程も申しましたが、元々私は貴女様の御世話係をつとめたあと、ルーナ様のお世話係になりました。そのため、姫様が小さい頃からの付き合いになります」
そして、「そうですね」と言って続けた。
「私が怪我をした際に、姫様に治癒していただいたことがありました。その節は大変お世話になりました」
治癒という言葉が、ティエラの過去の話に出てきた。
『癒しの力の加護を持つ鏡の守護者』
『大地の聖女』
ルーナから教えられたが、ティエラは国民からそう呼ばれていたらしい。
自身の称号に、彼女はまだ慣れていない。
それに、癒しの力を持つらしいが、今は力を発揮することも出来ない。
(記憶と一緒に、力も消えてしまったのかしら?)
思い出せないことは仕方がない。
少しだけ重たい気持ちを振り払おうと、ティエラは別の話題に変更した。




