第29話 新月の夜3
6/21文章の見直しをしました。
ティエラはゆっくりと後ろを振り向いた――。
(やっぱり……)
「ルーナ……」
そこには、白いフロックコートに身を包んだ、とても美しい顔立ちをした青年であり、ティエラの婚約者――ルーナが立っていた。
松明などないため、彼の表情は見えない。
今日は、月も出ていない。
ルーナは暗闇に佇んでいるため、いつもは月夜で煌めく白金色の髪も精彩を欠いていた。
「どうして、姫様がこちらにおられるのですか? それに――」
彼の声が、明らかにいつもより低い。
ルーナは、ゆっくりとティエラに近付いてきていた。
彼女のそばにいるウムブラへと、彼は視線を向ける。
「――ウムブラ、なぜお前がここにいる?」
ルーナの顔は、憤怒に満ちていた。
ウムブラはやれやれと言った風に肩を竦めた。
「お前には、あとで聞かせてもらう」
ルーナは吐き捨てるように言った。
ウムブラは小声になって、ティエラに話しかける。
「姫様、申し訳ございません。私はルーナ様のもとに行かないと――」
ウムブラは杖で脚を引き摺りながら、ルーナの元へと去っていった。
ティエラのそばには、誰もいなくなる。
鋭い視線を向けてくるルーナに、彼女はびくりと震えた。
(怖い――どうしても、怒ったルーナには慣れない……)
ルーナはゆっくりとティエラに近付いてくる。
「どうして、貴女はそうなんだ――」
彼が彼女の方へ、また一歩、歩み寄ってくる。
ティエラが後じさりすると、宝玉の台座が背に当たった。
「どうして、昔から、貴女は、私の思い通りにならない?」
ルーナは、さらにティエラに詰め寄ってくる。
「どうして、私の言うことを聞いてくれない?」
ティエラは台座の後ろに隠れようとした。
しかし――。
「こんなに、貴女のことを想っているのに――」
――ルーナの腕が、ティエラの腕に届こうとする。
彼女は咄嗟に身体をそらす。
(どうしよう――怖い――)
好意を抱いているはずの相手への恐怖。
重苦しい気持ちが、ティエラの心を支配していく――。
彼女がじりじりと後ずさる分、ルーナが距離を縮めてくる。
(もう、広場の端についちゃう――)
ルーナの手が、彼女の身体に届きかける。
ティエラは、思わず目をぎゅっとつぶった。
(助けて――)
赤い髪の青年が、頭の中に浮かぶ。
ティエラは彼の名前を呼ぼうと口を開く。
「ソ――」
その時――。
「そこまでだ!」
塔の入り口付近から、凛とした声が響いた――。
轟音が鳴り響く――。
「なに――?」
ティエラが目を開く。
ルーナの向こう――ウムブラが立っている場所――そのさらに奥にある、塔の先端が崩れ落ちる――。
そのまま爆風が、皆のいる方向に襲いかかってくる。
(風に、埃や柱の欠片が――)
ティエラは急いで腕で顔を隠した。
しばらくの間、もうもうとした煙が立ち込めていた。
徐々に煙が消え、視界が開けてくる。
ティエラが目をしっかりと開く。
彼女の眼前には、大きい背があった――。
そこにはルーナではなく――。
「ティエラ! 遅れて悪かった!」
――燃え盛る炎のような紅い髪をした青年の背があった。




