第151話 竜の揺さぶり
ifも残り2~4話になりました。
4月終了予定でしたが、if最終話は明日投稿可能性がございます。
ご理解いただけましたら幸いです。
人によっては、ルーナが無理になるかもしれません。
スキップしてください。
ティエラとルーナを庇うようにして立つソル――。
ソルと対峙するウムブラはくつくつと笑っている。普段は黒いウムブラの瞳が金に光っていた。
窓から吹き込む強い風が、彼の長い黒髪を揺らす。
「ウムブラ、何の冗談だ? ティエラに神鏡を返せ」
紅い短い髪をした青年ソルの碧の眼光が鋭さを増す。
彼の背後にしゃがみこむティエラの亜麻色の長い髪も風でそよぐ。空色のドレスに身を包んだ彼女の身体を、ルーナは支えた。
不自然に吹く風は、ルーナの白金色の髪も揺らした。
ルーナは蒼い瞳をすがめながら、ウムブラに向かって話し掛ける。
「誰何する必要性もなかったな――」
ルーナが答えを紡ごうとした瞬間――。
「ウムブラ! 貴方、何をやっているの!?」
扉から現れたのは、黒髪を頭の後ろで一本に結んだやや吊目を持った女性――ヘンゼルだった。
彼女は黒いワンピースに白いエプロンをつけた出で立ちをしている。彼女は両手に小刀を構えながら、ウムブラを睨み付けた。
「離れろ、ヘンゼル!」
ルーナがヘンゼルに向かって叫んだ。
彼女に向かって鋭い風が襲う。
ルーナの放つ雷が風を相殺した。
ヘンゼルの眼前で光が弾ける。
同時に窓硝子が割れる音が響き、室内に別の二人の人影が現れた――。
「姫様! お姉様! 大丈夫ですか?!」
バルコニーに現れたのは、ソルの付き人の二人――グレーテルとアルクダだった。
グレーテルは左右二ヶ所に分けて黒髪を結っており、黒い膝丈のワンピースに白いエプロンをつけている。彼女の後ろに立つアルクダは、ピンクの髪に糸目、外套を羽織った男である。
ティエラの鏡の神器がついたペンダントを、ウムブラは掌で弄びながら口を開いた。
「ああ、何て事をしてくれるんだ? せっかく面白い事を思い付いたから実行したのにさ」
「何が面白いことなの? どうしてウムブラさんに乗り移れたのかは知らないけど、私の神器を返しなさい、竜――」
ティエラは、ウムブラの身体にとりついた男に、いつもより低い声音で告げる。
明らかにいつもと口調の違うウムブラが、別の存在だと気づいたのだろう。
ルーナはティエラの身体を抱く力を強めた。なぜだか分からないが、胸騒ぎがして落ち着かない。
「いやいや、義母兄妹に縁を感じたんだ。兄が妹を殺す姿を見れば、私の気が晴れると思ったんだよ――穢れたお姫様」
「兄妹……?」
義母兄妹という単語に、ヘンゼルが目を開く。話の流れに着いていけずに、グレーテルは困惑した表情を浮かべていた。
「悪趣味だな……」
ソルがぽつりと呟いた。
そうして、ウムブラに憑いた竜は、ティエラに続けて話しかける。
「それに、お前が本当に返してほしいのは、神器じゃなくて――かつて愛した、いや今もまだ愛する男に貰った、このペンダントの方だろう?」
ウムブラの身体についた竜は嘲笑を浮かべながら、ソルを一瞥した。ソルの表情は微動だにしなかった。
竜と問答をするティエラの表情も先程までとさして変わりはない。
ただ、一方で――。
ティエラを支えるルーナの手からは、力が抜けていく。手先が氷のように冷たくなっていくように感じた。
「子どもがいるって薄々気付いてたんだろう? 聡い鏡の一族に産まれた女なんだからさ。別の男の子を孕んだんじゃ、戻りたくても戻れないよな……汚されて産まれた子なんて、不幸でしかないよ」
竜は自嘲気味に話した。
瞠目するルーナは、その場から動けずにいる。
(分かっていた……姫様が真に愛しているのは自分ではないと……私が自分の気持ちを――彼女を助けて幸せにたいという考えを優先してしまったがために、姫様をソルの元に帰れなくした――)
「愛していない、しかも穢れた男に抱かれるなんて嫌だっただろう? 何人もの貴族に慰み物にされただけじゃない」
竜は続ける。
「月の化身は、利用価値があればどんな女とだって寝る。貴族や義母だけじゃない。そこにいる黒髪の女に至っては、お前の代用品として扱われていた……」
ヘンゼルは恥じ入るように竜から視線をそらした。
竜の言葉に、ティエラは反応せずにいた。
だが、ルーナだけは竜が紡ぐ自身の話に、心が揺さぶられるようだった。全身を焦燥が襲う。
しかも、十年来の付き合いであるウムブラの口から伝えられるせいもあり、苦しさが増した。
(姫様は優しいから、子どもの父親だから私を選んだに過ぎない――)
ルーナの額を汗が流れていく。
「ルーナ、聞いてはダメよ」
ティエラがルーナに声をかけたが、彼には聴こえていないのか反応がない。
「姫を助けるためと、国王を、義兄を……一体どれだけ多くの罪なき民を殺した? まだ戦のために数多の兵を殺した狂戦士の方に大義名分がある分マシだ。全てを隠して女王の夫になる気だったのか?」
竜はルーナにさらに話を続けた。
「こんな自分勝手な男が父親だなんて、産まれてくる子の身にもなってみろよ?」
そう言って、竜は高笑いをする。
そんな中、ティエラが口を開く。
ウムブラに憑いた竜が手に持つ鏡の神器が光を放ち始めた――。
「何――!?」
竜が目を見開き、叫ぶ。
「一日や二日で、愛していた人を忘れるのは難しいわ。でも、それは――」
彼女が続けようとした時――。
扉側にまた新しい人物が現れた――。
「お姉ちゃん?」
そこに立っていたのは――。
「エガタくん、来ちゃ駄目!」
ティエラの声が上ずる。
――亜麻色の髪に榛色の瞳をした少年。
それを見て、ウムブラに憑いていた竜はニヤリと笑った。




