【正史】2-2 もう戻らない大地と太陽の日常
この話から数話は暗い話が続きます。
苦手な人は避けてください。
ティエラは、後からオルビス・クラシオン王国の被害の状況などを聞いた。
確かに犠牲になった騎士・兵士・魔術師らの数自体は少なくはあった。だけれど亡くなった者達がいるのは事実である。今回参戦出来なかった騎士団長イリョスを始めとした数名による、遺族への弔問などが行われていることを知った。
ソルもそれに着いて行くことがあった。家族への謝罪等をおこなった後の彼の沈鬱な面持ちを見ると、ティエラも悲しい気持ちになった。
それ以外にもティエラが心を痛めたのは、ウムブラの失われた左脚のことだった。どうもソルをかばった際に受けた傷が原因だそうだ。いつも飄々と振る舞う彼の面会に、しばらくティエラが行くことは許されなかった。
(ウムブラさんが、ソルをかばって、左脚を……)
ティエラは、ウムブラがよくソルをからかって遊んでいた光景を思い出した。本当に最近までよく見ていたはずなのに、随分昔の事のように感じてきていた。
※※※
戦勝祝いも城で開かれた。
様々な人々がソルを祝っていた。
色んな人々に取り囲まれる彼は表面的には笑っていた。
広間にピアノの演奏が聴こえる。
「ソル、一緒に踊らない?」
ティエラの問いに、彼は曖昧に笑い返した。
「すまない。そんな気分じゃないんだ」
ソルに断られて、少しだけティエラの胸が痛んだ。
彼女にはもちろん婚約者のルーナがいる。彼が一緒に踊ってくれたのだが、なんだかあまり彼女の気分は晴れなかった。
(ルーナにもなんとなく悪い気がする……)
踊るティエラとルーナ。
二人の姿を黙って見ているソルに、ティエラは気づいていた。
けれども、彼の表情からは何も感じられない。
ソルは祝いの間中、愛想笑いを浮かべ続けていた。
彼本人は手放しで勝利を祝っていないのだと、ティエラはぼんやりと考えた。
※※※
しばらくすると、また以前と同じように、ソルはティエラの護衛の人に戻った。
ようやく日常に戻って来た。
(これでやっと、ソルも元気に戻って行くかしら?)
ティエラは、覇気のない幼馴染の事がとても心配だった。
だけど、一過性のものだろう。
また日々を共に過ごせば、元の彼に戻るに違いない。
戦前に少しソルから距離をとられていた。
だがその日、昔のようにソルは、ティエラの自室で過ごしていた。
最近彼は、夜寝付けないと彼女に話していた。
定位置の寝椅子で眠っている彼に、ティエラはそっと近づく。
(良かった。寝ているみたい……)
ソルが寝息を立てていることに、彼女は安心した。
横たわる彼を見ていると、ティエラの心は温かくなる。
無性に彼に触れたくなった彼女は、ソルの頭にそっと手を伸ばした。
(どうして、こんなにも彼に――)
ちょっとだけ硬い彼の紅い髪。
彼女の手が、彼に届くか届かないかといった時――。
突然ソルが飛び起き、ティエラは腕を掴まれた。
咄嗟の出来事だったため、彼女の体が傾く。
ソルのもう片方の手が、ティエラの首に飛びついた。
苦しくなって、彼女の表情が歪む。
背筋に冷や汗が流れる。
(怖い――)
その瞬間、彼は、はっとしたような表情を浮かべた。
そして、彼女にやっと気づいたかのように声を出す。
「ティエラ……?」
いつも守ってくれて安心できる彼の思いがけない行動。
ティエラは咳き込んだ。
息苦しさと、彼への思いがけない感情。瞳から涙が出て来る。
彼は寝ぼけていたのだろうか。
ソル本人も、今の状況が分からないようで戸惑っていた。
呆然と彼女の名を呟く彼に、ティエラは声を掛ける。
「ソル、どうしたの……?」
少しだけ声が震えてしまった。
ソルはいたたまれない様子になって、彼女から視線をそらした。
「悪い。俺は、あんたに何を……。すまない、敵だと、勘違いして……」
彼も額から汗を流していたことに、ティエラは気づく。
ソルは、自分を責めるように俯き、さらに小さい声で彼女に告げた。
「しばらくは、あんたを護ることが出来ないかもしれない……」
ティエラは、その日思い知らされた。
彼の闘いが、まだ続いているのだということに――。




