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【正史】0‐19 大地は太陽への想いに気づかないふりをした



「あんたに話があって来た」


 ティエラが自室の扉を開けると、そこに立っていたのは護衛騎士のソルだった。

 てっきりルーナが来訪したのだと思っていたティエラは、思わぬ人物の登場に驚いてしまった。


「ソル、夜に来るなんて珍しいわね。今の時間だから、ルーナかと思ったわ……。どうぞ、中に入って」


 ソルの表情が硬くなる。ティエラは、彼の様子が気になりつつも、自室に招き入れた。

 ソルの定位置の寝椅子に座るか尋ねたが、断られる。


「寝る前だったか? 変な時間に訪ねて悪かった」


「いえ。ちょっと遅いけど、大丈夫よ。ちょうど貴方のことを考えていたの」


「俺の……?」


 ティエラにそう言われたソルは、面食らったようだった。そうして彼女の姿を見た彼は、ティエラの脇を抜けていった。彼女の寝台に近づいたかと思うと、彼は掛布を手にとった。そのままそれを持ってきて、ティエラに近づく。白く広い布を、彼女の体に巻き付けた。


「な、何……? 突然、掛布でぐるぐる巻かれるとは思わなかったわ……」


 ティエラが声を上げると、ソルが返答した。


「あんたが薄着で、目のやり場に困ったんだよ……」


「そうなの? 一応ショールは羽織ってたんだけど……」


 確かに肩口のないワンピースを着用していた。ただ、以前ルーナにも似たような話をされていたので、ちゃんとショールを羽織って出たのだが、まだ不味かったのだろうか。

 ひとまず納得しようとしたティエラに、ソルが問い掛けてきた。


「さっき、ルーナかと思ったって言ってたけど……。今の時間位に、あんな格好で、あの変態の対応してるのかよ?」


「ええ。どうして……?」


 ティエラはきょとんとした様子で返す。

 ソルは、いつもルーナのことを変態呼ばわりする。しかし、ティエラが思い返す限り、ソルとは違った意味で、ルーナは優しくて真面目な印象がある。やたらと彼には抱き寄せられるが、数年前からそうだし、自分が婚約者だからそうしているだけなのだろうと思う。


 ソルが溜め息をついた。


「俺がいない間のあんたのことが、無性に不安になってきた……。まあ、あの変態、ちょっと世間ズレしてるから大丈夫だとは思うけど……」


「え? なに、どういうことなの?」


 ぶつぶつ呟くように話すソルに対して、ティエラは意味が分からなくなってきた。

 彼は、彼女の顔を見た。


「変な時間に来た俺も悪かった。だが、婚約者だろうがなんだろうが、とにかく男の前で、むやみやたらと肌をさらすな。危ないと思ったら叫んで、騎士なりなんなりを呼べ。良いな?」


 ひとまず、ティエラはこくこくと頷いた。

 この話のために、彼はわざわざ来たのだろうか。いや、ソルはティエラを掛布でぐるぐるに巻きにしたくて、訪問したわけではないはずだ。

 彼女は、ソルを見上げる。


「話って、そのことなの?」


 彼女が問いかけると、ソルは気を取り直したようだった。

 彼女の金の瞳を真っ直ぐに見て、彼は話始めた。



「これから戦争だ」



 ソルの口から出た言葉で、ティエラの胸が重くなった。



 彼と離れるのが、不安で仕方ない。



 そう言ったら、ソルが困るかもしれないと思って直接言葉では伝えていない。先日泣きじゃくってしまったので、彼にはバレているのだろうが。

 ただでさえ戦地に向かうのが不安だと話すソルの、これ以上の負担になりたくなかった。


「この前、不安だって話したけど……」


 ソルがそう言って、話し始めた。


「俺は、戦地に行くことで、あんたに嫌われるのが怖い」


 意外な話だった。


「私が、ソルを嫌う? どうして……?」


 戸惑いながら、ティエラはソルに問い直した。彼の碧の瞳が揺らいでいる。真剣に彼が悩んでいるのだという事が、伝わってきた。


「あんたも知ってるだろうが、俺は、命がかかってない勝負事は好きだ。でも、命の取り合いは別だと思っている」


 ティエラも子どもの頃から知っているが、ソルはわりと誰かと戦ったりするのは好きな方だ。国王の御前試合などでも、嬉々として相手に挑む。

 ソルが、話を続けた。



「戦地に行けば、俺は、人を殺すことになる」



 ソルの言葉に、ティエラの心臓が一瞬止まったかと錯覚した。

 いつもと違い、彼の声の調子が低い。


 彼が、自分のそばにいなくなることばかりに囚われていたのだと気づく。


「で、でも、それは、戦争だから……」


「それでも、人殺しは人殺しだ」


 ソルの沈痛な面持ちに、どう声をかけていいか分からない。

 しばらく、どちらも口を開かなかった。

 

 先に口を開いたのは、ソルだった。


「変な話して悪かった。忘れてくれ」


 彼は踵を返した。

 ティエラに背を向け、扉に向かって歩き始める。

 徐々にソルが、自分から離れていく。

 このままにしていたら、彼が自分の元にもう二度と帰ってこない気がした。

 ティエラは纏っていた掛布を床に捨て去り、ソルを追う。

 そのまま、彼の背にしがみついた。

 彼が息を呑んだのが伝わる。



「ソル……! 貴方がどんなことになっても、私は貴方のことが――!」



 ティエラはそこまで言って、はっとする。

 今、自分は何を言いかけたのだろうか……。


 それ以上は、気づいてはいけない。

 そんな気がした。



 ぽつりと、ソルが呟いた。


「俺は、あんたのところに、帰ってきても良いんだろうか?」


 ティエラは、彼の背に懇願する。


「帰ってきて……! 絶対に、私のところに……! どんなことになっても、どんなことをしても……。ソルは、ソルよ」


 ソルの背にしがみついたまま、ティエラは泣いてしまった。

 最近は、彼のそばで泣いてばかりな気がする。


「あんたの頼みには、昔から弱いんだ」


 ソルが話を継いだ。


「……必ず、帰ってくるから」


 静かに、彼はティエラに告げた。

 彼女の涙は、それでも止まらなかった。

 ソルは黙って、そこに立っている。



(どんな事があっても、私は、この人のことが――)


 

 本当は離れたくない。

 ずっとそばに居てほしい。


 でもそれ以上は、ティエラは自分の気持ちに気づかないようにした。







お読みくださってありがとうございます。

次回、ソルを見送ったら、またルーナの話に戻ります。

話数が予想より増えて、作者も驚いています。

まだ3月中は続きそうな予感……。何日かをのぞけば、毎日投稿します。

もし良ければ、☆評価やブクマをしてくださると嬉しいです。

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