表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/289

第142話 竜との決着


 銀色の肌に金の瞳をした竜は、ティエラ達三人の目前まで迫っていた。


 ルーナによる風の刃で、竜の肌は傷ついていく。

 しかし、竜に気にした様子はない。

 鋭い爪をティエラ達めがけて繰り出す。


 ソルが、ティエラを抱き寄せて避けた。


 先程まで、彼らが居た塔の床が隆起する。


 ソルは、ティエラを抱えて、ルーナの元へ走った。 


「やっとで近くに来たな。ルーナ、ティエラのことを頼んだ」


 そう言って、抱きかかえていたティエラをルーナの腕に降ろした。

 ルーナがティエラを抱え直す。


「言われなくても分かっている」


 ティエラをルーナに預けたソルは、竜の元に走り出した。

 そんな彼に、ティエラは心配そうな視線を送った。


「心配ですか、ソルが?」


 ティエラを抱えたまま、ルーナは彼女にそう問いかけた。

 竜に斬りかかっているソルの近くで、氷のつぶてが銀色の肌を襲っている。

 ルーナの術だろう。

 彼は詠唱をせずとも、誰かと多少会話をしながらでも魔術を使うことが出来る。

 初代守護者の月の化身の再来と言われるほどの強さを、ルーナは持っている。


「今は、前ほどは心配してはないわ」


 先ほどのルーナの問いが、ティエラが戦争に向かったソルを心配していた頃の記憶と重なった。


「そうですか……。姫様、申し訳ありません、少し時間をいただきます」


 ソルの方をちらりと見たルーナは、そう言うと詠唱に入った。


 怒り狂った竜が、ソルに向かって喚いている。



『剣! お前たちは、お前たちは優しいと信じていたのに!! どうして私を殺すための剣などを作ったりしたんだ!』


 神剣に切りつけられた竜の肌からは、血が溢れ出している。


「俺も、自分の先祖が何考えてたかなんて知らねえよ!」


 ソルは、律儀に竜に返答していた。

 ルーナの詠唱が終わると、氷の竜が、本当の竜に襲い掛かっていく。

 竜は苦しそうに呻いている。


 そんな竜を見ながら、ルーナも苦しそうな表情を浮かべた。左肩を抑えている。

 ティエラは、彼の異変に気づく。


「ルーナ、竜につけられた傷が痛むの?」


 その問いかけに、ルーナは「ええ」とだけ答えた。額に汗がにじんでいる。無理をしているのかもしれない。


「姫様、ご心配をおかけして申し訳ございません」


「無理はしないで、ルーナ」


 そう言われて、ルーナはティエラに微笑んだ。

 また竜の方に視線を移す。


「まだ、あと少しだけ、力が足りないな」


 ルーナがそう呟いた時。


「ルーナ様!」


 女性の声が聞こえる。

 声の主は、ヘンゼルだった。


「遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」


 そう言って、手にした包みから石を取り出し、ルーナに渡した。

 偽の神器だ。


「ルーナ、それは誰かの命を吸ったものでしょう?」


「ええ」


 ルーナがそう答えた。


「誰かの命を吸った石を、使ったりしないで」


 ティエラが、ルーナの顔をみて言う。

 それに、彼ではなく、ヘンゼルが反応した。


「姫様! これを使わないと、竜は!」


「ヘンゼル、やめろ」


 ルーナは、ヘンゼルの進言を遮る。


「貴女がなんと言おうと、こちらを使って、竜を捕えます。直接あなたを竜に近寄らせるのは危険です。この石の力で竜を捕えている間に、竜を浄化してください」


「他に方法はないの……?」


「私が思いつく限りでは、これが最善かと」


 ルーナは、ティエラに伝えた後、独り言のように呟いた。


「ただ、本来、あと一つ、いや二つ……」


 彼が何か言おうとした時、竜の絶叫が響き渡った。


 ティエラは、声の方を振り向いた。



「ソル様! 加勢に参りました!」



 グレーテルの投げた短刀が、竜の金の目玉に刺さったようだった。

 近くでアルクダが陣を展開して、竜の攻撃が彼女に当たらないようにしていた。


 のたうちまわる竜に追い打ちをかけるかのように、火の鳥が竜に襲い掛かる。

 

 火の鳥が飛んできた方には、セリニとウムブラが立っていた。


「間に合ったか」


 セリニがそう言うと、ウムブラも続けた。


「僕たちが居た方が、勝率があがるかと思いましてね~~」


「あの子どもは連れてこなかったのか?」


 ルーナがウムブラにそう尋ねると、代わりにセリニが答えた。


「ルーナ、お前も分かっているだろう? まだ子どものエガタでは、竜の器としては不十分だ」


「従兄弟殿も同じ考えなら、出来ないということでしょうね」


 ルーナとセリニの中で、話が完結したようだ。

 元々は、エガタを竜の意識を閉じ込めるために利用しようとしたのかもしれない。

 

 セリニは、詠唱を再開した。

 隣に立つウムブラが、ティエラに声をかける。


「あれ~~? 姫様、ルーナ様にあれだけ怯えられていたのに、近くにいて大丈夫なんですか~~?」


 そう言うウムブラに、ティエラは答えた。


「ええ、ルーナは、お父様を好きで殺したわけではないから」


 彼女の答えに、ウムブラが「おや? 記憶が戻られてるんですね」と反応した。


 

 ティエラは、闘いの最中だったが、父親が亡くなった日のことを思い出していた。

 



※※※




「ソル、また後から迎えに来てね」



 あの日、国王が亡くなった日の出来事だ。


 ソルと別れ、ルーナに肩を抱かれながら、国王の元に向かった。


 玉座に座る父は、以前よりもやせ細っていた。


 医者の見解では、もう長くないと言われている。父を見ると、やるせない気持ちになった。ソルとルーナとの事で悩んでいるのも、もちろん辛かったが、それ以上に父のことが辛かった。

 今の父は、かろうじて鏡の神器の癒しの力で生き延びているような状況だ。神器からの加護も、ティエラが継承してしまえば受けられなくなってしまう。自分が力を引き継いでしまえば死んでしまうのだと思うと、とても苦しかった。

 もうすぐ父と別れないといけないのかと思うと、最近では食事が喉を通らない。

 ティエラ自身も頬がこけてきている。

 ソルとルーナの二人だけでなく、周囲の人間達からも心配されていた。


「お父様、お話って?」


「ああ、ルーナ。ティエラを連れてきてくれたんだね」


 ティエラと同じ金の瞳は、柔らかく弧を描いた。


「すまない、ティエラ。竜に効果があるのか分からないけれど、君が成人する前にやっておきたいことがある。今から、私にある鏡の神器の力を全て、君に手渡す」


「何を言っているの? そんなことをしたら、お父様が死んでしまうわ!」


 ティエラは、悲痛な声を上げた。

 それを聞いて、国王は瞳を閉じた。


「ああ、だが、このままだと、君が竜に喰われてしまう」


(私が、竜に喰われる……?)


 ティエラは、父親から不穏な単語が聞こえたため、戸惑ってしまう。


「今やらないと、君の従兄弟に、鏡の神器の力が移ってしまう危険性があるんだ」


「従兄弟? プラティエス叔父様とフロース叔母様の間に、御子はいなかったはずよ」


 ティエラは混乱していた。


「ルーナ、後からこの子に説明してやってくれるか? ティエラと……ソルのことも頼んだよ」


「はい、心得ております」


 ティエラに国王が近づいた。

 

「待って、勝手に話を進めないで! ねえ、お父様、神器は別の場所に置いてあるわ! 本体がないと、力は移行できないんじゃない?」


 国王が首を振る。


「お父様! お父様が死ぬぐらいなら、私が竜に喰われるわ! ねえ!」


 そう叫ぶティエラの事を、国王は抱きしめた。


「私の寿命もいずれ尽きる。数月、早いかどうかだけだ。ティエラ、君が気にすることではないよ。お別れだ」



 国王はティエラから離れる。

 ティエラは、泣きながら父親にすがった。



「ルーナ、君には損な役回りを押し付けてしまってすまない。まだ私は、鏡の神器の使い手だ。剣か、玉の守護者かじゃないと、殺すのに時間がかかってしまう。申し訳ない」


 ルーナは、国王を見て、これまでの想いを伝えた。


「これまでありがとうございました、義父上様」


 そう言って、ルーナは腰に下げていた細剣を、鞘から抜いた。


 玉座の間に、ティエラの叫びが響いた。




※※※



  

 竜の声が風となり、グレーテルの身体が傾ぐ。それをアルクダが支える。


 ヘンゼルが、妹を見て駆け出した。そして、グレーテルの代わりに戦闘に加わる。


 セリニが詠唱を終える。女性の形になった風が、竜に襲い掛かっていく。


「もう少しですかね~~」


 偽の神器を受け取ったウムブラは、考え込むティエラとルーナを見ながら、自身も闇の魔術の詠唱をおこなっていた。闇が竜の周囲を覆った。


 ルーナも、時折顔を歪めながらも、上級魔術の準備を進めていた。


「あ、ルーナ様の得意技出ちゃいますか~~?」


 ウムブラは、こんな時でも飄々とした態度を崩さない。


 空に雲がかかる。周囲が暗闇に包まれ始めた。


(あの塔で戦った時の――)


 以前、ソルが助けに来てくれた時に、ルーナがソルに向かって放った雷の魔術だった。


 今、ルーナは、ソルではなく、竜に落とそうとしている。


 そろそろルーナの詠唱が終わる。



「ソル!!」


 

 ルーナが、竜の前にいるソルに向かって叫んだ。




「ああ! ルーナ!」


 

 ソルがルーナに応える。



 直後、竜に稲妻が落ちる。



 そしてソルが、神剣で竜の首を薙ぎ払った。


 神剣からも光が溢れる。


 

 周囲には竜の断末魔の叫びが響いた。




※※※




 竜は、皆の攻撃により、その場から動かなくなった。


 首は、ソルによって本体から切り離されている。




 ティエラは、竜の意識――霊魂ともいうべきか――を浄化するという役目を担っている。



「さあ、急ぎましょう」




 ルーナに言われ、一緒に竜に近づいていった。


 

 竜の首が落ちている前に、肩で息をしているソルが居た。



「なんとか首を落とせたな」



 ルーナが、ソルにそう声を掛けた。



「なんとかは余計だよ」


 そう言うと、ルーナは少しだけ笑んだ。


「褒めたつもりだったのだがな」


 そういうルーナの反応が珍しかったのか、ソルは驚いていた。


 ルーナは、ティエラに告げる。


「姫様、鏡の神器による浄化をお願いします」


「ルーナ、偽の神器は?」


 そう問いかけたが、ルーナは寂しげにティエラの方を向いて、答えてはくれなかった。


 ルーナの様子が少しおかしい気がした。


 ティエラが、彼の名を呼ぼうとした時――。



『月の化身!!』



 どこからか、子どもの声が聞こえた。



 突然、暴風がティエラ達の周囲を包む。


「なに――?」


 風に飛ばされそうになるティエラの身体を、ソルが支える。


 目も開けられないぐらいの強風だ。


 周囲の瓦礫も巻き上がっていく。


 しばらく風に耐えた後、ゆっくりと眼を開いた。




「許さない、赦さない、鏡の一族と月の化身だけは! 絶対に」




 その話し方は竜の口調だ。



 だが、聞こえてくるその声は――。



「嘘だろ?」



 ソルも目を見開いている。



「私は、お前だけは……! お前だけでも道連れにしてやる!」




 そう言って、竜が口を借りて話しているのは――。




 ――漆黒に髪が染まっているが、間違いない。





「そんな……ルーナ……!!」




 ルーナの身体を借りた竜が、ティエラとソルの前に立っていたのだった――。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ