第11話 鏡の中での太陽との再会
6/3 文章の見直しとともに、エピソードを追加しました。
「ティエラ!」
燃えるような紅い髪に、新緑を思わせるような碧の眼をした青年が鏡の中に立っていた。
緑色の瞳は、獣のそれを髣髴とさせる。彼女に比べると、彼はいくつかだけ年上に見えた。
青年の引き締まった体の上には、白を基調とした膝丈まである騎士団のコートと白いズボンを身にまとっていた。
そして、ルーナも身長は高いが、紅髪の青年の方がより長身のようだった。
(騎士……?)
もしかして、この人が――?
「……ソル……?」
鏡に映る男性は怪訝な表情を浮かべる。
「ああ。なんかぼんやりして、あんたらしくないな。どこに行ってるんだって怒ってくるもんだと思ってたが……。まあ、でも、あんたが無事で本当に良かった。今の今まで、気が気じゃなかったよ」
紅い髪の男性の話し方には、粗野な印象はある。けれども、ティエラに話しかける調子には、彼女への労りが滲む。
(この人がソル……どうして、こんなに私に対して優しく話しかけてくるの――?)
自分の父親を殺した犯人かもしれないのに――。
けれども、彼のやや低い声音はティエラの耳に心地よく響いた。
いつも、ぼんやりとだけ彼女の頭に浮かんでいた青年の姿。
それが眼前で、はっきりと輪郭を帯びていく。
だが、またソルの姿は滲んでしまった。
鏡に異変があったわけではない。
気づいた時には、ティエラは涙を流していた。
(あれ? なんで――?)
なぜだか懐かしいような、そんな気持ちが、ティエラの胸に去来していた。
「ティエラ、あんた、本当にどうしたんだ――?」
ソルは心配げに、涙を流すティエラの様子をうかがっている。
彼が彼女を案じる姿には嘘が感じられず、ティエラの戸惑いは強くなる。
彼女が鏡の中を観察すると、ソルのそばに、男性と女性が一人ずつ控えているのが分かった。
そのうちの一人である女性の顔は、ヘンゼルによく似ていた。そのため、ティエラの視線は彼女に留まる。
ヘンゼルによく似た女性が前に乗りだし、ティエラに声をかけてくる。
「姫様がご無事で安心しましたよ~~! お城で監禁されたりはしていないようですね~~。グレーテルはほっといたしました~~」
女性は、グレーテルという名のようだ。ヘンゼルとは違い、間の抜けた話し方をしている。
少女の話口調よりも、ティエラが気になったことがある――。
(城で私が監禁……? それに、どうして父を殺した相手が、私の心配をしてくるの?)
剣の守護者であるソルが国王を裏切り殺害したと、ティエラはルーナから聞かされている。
それにも関わらず、暗殺者側から出てくるとは思えない言葉の数々が彼等の口から出てきている。しかも、ティエラを心配するような様子を見せてくる。
(優しくして、自分を騙そうとしているのかもしれない)
絆されかけていたティエラは、はっとなって身構えた。
目の前の集団に対する恐怖を押し隠すように、彼女は一気に捲し立てる。
「あなたがたは一体誰ですか? 父を殺したという剣の守護者とその仲間ですか? どうして私が、自分の城で監禁されないといけないのですか?」
ティエラの剣幕に、対する三人ともが驚いたような表情を浮かべた。
ソルと思しき青年の近くに控えていた、やたらと目の細い男性が声をあげる。
「ひょっとして、お姫様、記憶がないんじゃないですか――?」
「まさか……!?」
「そんな~~姫様~~! じゃあグレーテルのことも、お忘れなんですか?」
三者三様の反応が同時に返ってくる。鏡の奥の面々がざわついていた。
ソルが前に一歩出る。ティエラへと真っすぐに視線を向けながら、彼は話し始めた。
「ティエラ。俺は、あんたの護衛騎士で、国王陛下には忠誠を誓っている」
毅然とした口調でソルは彼女に告げた。
彼に対し、ティエラは疑問をぶつける。
「そのように忠誠を誓った貴方が、なぜ父を殺したというのですか?」
目の前に映るソルは、訝しげな表情を浮かべる。だが、彼はすぐに元の様子へと戻った。
そうして、ソルが口にした答え。
それは、ティエラが予想していないものだった。
「俺は、王を手にかけてはいない」
彼の答えに、ティエラは目を見開いた。
(どういうこと? ルーナから聞いていた話と違う)
彼女の頭の中は、非常に混乱し始めていた。
「国王を手にかけたのは――」
ソルが躊躇いながら言いかけた時――、
――鏡がまた、さざ波を立て始めた。
「宝玉の力が戻ってきたのか……?」
ソルが叫ぶ。
鏡の奥で「姫様~~!」と、グレーテルが呼ぶ声も聞こえた。
徐々にお互いの姿がぼやけていく。
「ティエラ! ――には気をつけろ!」
ソルの声も、次第に遠のいていく。
彼は、何に気を付ければ良いと言ったのだろうか――?
ソルが訴えた言葉を、ティエラは聞き取ることが出来なかった。
彼女は慌てて、両手で鏡に触れる。
(もっと話すことが出来れば……)
鏡がもうほとんど元の姿を取り戻したという時――。
――ティエラの左手がある場所に、ソルが鏡越しに右手を重ねる。
ティエラの頭の中に何かがひらめいた。
※※※
『俺はいつも、あんたから何かもらってばかりだな――』
辛そうに話す青年の手に、ティエラは指を絡める。
青年の顔は、逆光で見ることが出来なかった。
『いいえ。貴方はいつも私のそばにいて、私を護ってくれている。私は、そんな貴方が――』
※※※
「ティエラ!」
ソルがティエラを呼んでいる。
ぼんやりとしていた彼女は、はっとなった。
「俺は約束した通り、あんたのところに絶対に帰る! 言われた通り、必ず迎えに行く! 離れていても俺の心はあんたと共にある! 次の――」
ソルの言葉はそこで途切れた。
部屋に静寂が戻ってくる。
鏡は再び、ティエラの姿だけを映していた。




